03-2:丘地の野営
4頭引きの幌馬車の走行は早かった。
馬を降りた六人の騎士は、走って幌馬車を追走していた。
信じられないことに、女性のシェイも帯剣したまま走っている。
先導するエイベルがスピード調整をしていたけれど、
時には、自転車くらいの速度まで上げることさえあった。
セナは、心配で何度も振り返って、彼らの様子を確かめなければならなかった。
そして、太陽の光が随分と弱まる頃、ようやく丘地へと到着した。
追走していた騎士たちが座り、乱れた呼吸を整えている。
セナは、馬から降ろしてもらって、幌馬車から水が入った木製水筒とカップを掴み取る。それから、慌てて座り込んだ騎士たちに水を配って回った。
シェイに水を渡すと、他の騎士同様に一気にカップをあおった。
「ありがとうございます…。あー、生き返るぅ!」
まるで、ビールジョッキをあおった仕事終わりの人のようだ。
セナは、瀕死の人が居ないことに、心底ほっとした。
自分は馬で移動した僅かな罪悪感を持て余していると、叱責が飛んだ。
「おい、何をしている!ルフォス様に従者の真似をさせるなど…!」
水色ポエマー男のトリスタンが、優男の仮面を殴り捨てて、座っている騎士たちに目を吊り上げながら言った。
セナは驚いた。
男性の野太い叱責の声に免疫がない。
だじろぎながらも、怒鳴るトリスタンに向かい合う。
「……トリスタン殿。あの、私が勝手にしたことなんです」
「ルフォス様、これは使用人や騎士自らがやることです」
トリスタンは穏やかな表情と口調で、セナに言った。
まるで仮面が変わるみたいだ。
そして、彼はセナの手から木製水筒を優しく奪い取っていく。
(………気づいた、できる人間がやればいいんじゃないの…?)
セナは、背を向けたトリスタンを見ながら内心でボヤく。
トリスタンは、幌馬車の側で突っ立っていた使用人の若い女に大股で近づいている。
「マビ!君はあまり状況が見えていないようだ!」
木製水筒を使用人のマビに押し付けた。
ガミガミ怒鳴るトリスタンに、マビが頭を下げる。
それを見たセナの胸の内に、違和感と不愉快さが駆け巡った。
トリスタンを止めようと動く人間はいない。
怒鳴られたシェイや、他の騎士も気にもしていないようだ。
(………私が間違えてる? なんだろ。水色ポエマー男が偉そうにしてるのが、ムカつく…? そうなのかな? 違うような…)
セナは何とかしてくれそうなエイベルを探すが、
3人の騎士と相談か指示中だった。
「セナ、風呂ができたぞー!」
悶々としている間に、カリーナとペロが風呂の用意をしてくれたらしい。
セナは、言葉にできない違和感を抱えつつもさっさと風呂に向かった。
グズグズしていると後の人がゆっくり入れない。
幌馬車二台を壁にしてできたスペースで、木の樽と、洗面器代わりの木桶が置かれている。
セナは身体と髪を洗い、たっぷりと湯が張られている樽の風呂に入った。
温かな湯が、疲れた身体を解してくれるようだった。
「ふいー」
ペロもセナが洗面器代わりに使った小さな木桶に湯を張り、満足そうに息を吐く。
セナは、湯を両手で掬った。
手から溢れる湯は、柔らかくて温かい。
「これも、魔法」
異界に来てから、
風呂の湯に関してはアデラインやカリーナに世話になりっぱなしだった。
そして、ペロが魔法を使って髪を乾かしてくれている。
「なんだ、急に」
ペロが桶の縁に肘を立てた。
「……うん、魔法は素晴らしいと思って」
素晴らしくて、恐ろしい。
便利で、不便だ。
もし使えたとしても、あんな攻撃魔法をセナは使いたくなんてなかった。
カリーナの放った攻撃魔法を思い出しながら、セナは空を見上げた。
果たして、このマナ感知訓練は続けるべきなのだろうか。
「マナ感知ができねぇと、風呂もドライヤーも夢のまた夢だぞ」
「確かに!」
セナは声を上げて笑う。
湯を出す魔法も、風で髪を乾かす魔法も、攻撃ではない。
そういった魔法だけを習得するなら問題ないに違いない。
戦いは、よくないことだ。
セナは、そうやって教わって生きてきた。
だから出した答えは、とても甘くて崩れやすい砂糖の家のようなものだった。
風呂から上がったセナとペロは、焚き火の近くに座った。
野営する丘地では、焚き火の音と、騎士たちの話し声が僅かに聞こえてくる。
「お嬢様、精霊様、どうぞ」
使用人であるマビが、大豆の煮込みスープとパンをセナに差し出した。
先ほど、トリスタンに怒鳴られていた使用人だ。
マビは、オレンジがかった茶髪を三つ編みにしていて、
そばかすが特徴的な女性だった。
「……ありがとうございます」
未だに「お嬢様」という呼び方には慣れなくて、
セナの返事が一拍遅れてしまう。
「……いえ、あの、先程はすみません。私が気づかないからお嬢様に…」
弱々しく目を伏せて言うマビに、セナは慌てて首を横に振った。
「いえ、私こそ、ごめんなさい」
セナの行動がきっかけで、トリスタンがマビに嫌味を言ったのは事実だ。
けれど、追走した騎士たちを労わるセナが悪かったのだろうか?
またも胸にモヤモヤとしたものが蠢く。
「セナ様!ご飯足りてますか?」
シェイが同じくスープとパンを持って、セナの右隣へ座った。
その声は、すっかり暗くなった辺りを照らすように明るい。
「はい、たくさんいただいてます」
セナは一度モヤモヤを引っ込めて、シェイに微笑む。
するとマビは、慌てたように頭を下げて去って行ってしまった。
「ええ、これだけ?」
シェイがセナのスープ皿を覗き込んだ。
少食ぶるつもりはないけれど、大豆スープはとても満腹になる。
「お前らと一緒にすんな。オレたちは繊細なんだ!それに、米に限る!!」
ペロが齧っていたパンを、ビシィッと首を傾げたシェイに向ける。
「コメ?」
シェイが更に首を傾げた。
「ペロ、やめてよ。今後そのワード禁止ね」
聞くと無性に食べたくなってくる。
セナが軽くペロを睨む。
だけど、もう頭の中にツヤツヤの米粒たちが浮かんできてしまった。
連想ゲームのように次から次へと刺客が湧いて出てきた。
ネタが輝く新鮮な寿司、ごろごろ野菜のカレー、ふわっふわのオムライス…。
「その禁じられた言葉ですが、
確か、別大陸のカフィで採れるものですね」
カリーナがパンとスープ皿を持って、ペロの隣に腰かける。
セナのせいで、米が禁じられた言葉になってしまった。
「お嬢様。師なら南部商人にツテもあるはずです。入手できるかもしれません」
カリーナの目が得意げな色を乗せてセナに向いた。
引退したサンタのようなウォルター老に食べ物を願うなんて、子どものようだ。
「い、いいよ。そんな…。大豆スープもパンも美味しいから。
気遣いをありがとう、カリーナ」
そもそも初日にセナだけ豪勢な食事が出て、頼み込んでやめてもらった。
これ以上の特別扱いは、居心地が悪かった。
「ですが、何か欲しいものがあれば、今後は商いで得られるかもしれませんね」
カリーナから少し離れた先に腰を下ろしたレンツが言った。
「商いで? それは楽しみですね。
いつか、みなさんのオススメのものを食べてみたいです」
アデラインがくれた金平糖のような形のティリアの実も美味しかった。
他には、どんな食べ物があるのだろう?
そう思ったところで、セナは大事なことを思い出した。
「そういえば、商いについての話を聞かせていただきたいのですが…」
気がかりだったことが話に出たので、ちょうどいい。
セナは焚火を囲んでいる商い担当の2人に目を向けた。




