02-19:王城密談
視点変更
本筋理解には必須ではないですが、世界観や裏側を知りたい人向け。苦手な方は、次へ
セナが、アデラインと『十二路』をしながら魔法講義を受けたり、ジェラルドから乗馬訓練を受けたり、フィアと王城を散歩したり。
それなりに出発までの異界生活を呑気に過ごす間、
ルミア王城や、その周辺の人間は、さまざまな思惑を持って大変忙しく動いていた。
時間は、来訪二日目の深夜に遡る。
セナとペロが、仲良く貴賓客室のふかふかベッドで眠りこけている頃、
階下の小書室では、第一王子イーサンがソファにかけて密談相手を待っていた。
しばらくして、音を立てずにドレスを捌く女がひっそりと近づき、イーサンと向き合う形に置かれたソファに座る。
服装や装飾で、その身分の高さを示しているが、ヴェールで顔を覆い、後ろの従者も顔を隠させていた。
「第一王女の動きは」
イーサンが、端的に女へ問う。
「フィブラリスを囲い込めるように人集めと懐柔に忙しくしています。
第二王子も同じでしょう」
「であろうな。俺は、イガル辺境侯国への出征へ向かわねばならぬ。いくらか勇者殿に精鋭を置いていきたいが…」
第一王女ハイディも第二王子ハワードも、イーサンにとっては血の分けた「きょうだい」であるが、両者とは家族とは最早言い難かった。
だが、眼前の女も同様だった。
イーサンは国王の長子であり、慣例に従えば王位継承者となる。
しかし、何度も弟妹らの姻戚や家臣に命を狙われ、煮え湯を飲まされてきた。
というのも、現在、ルミア王国は王位継承者が決まっていない。
マナ異常で土地が枯れ、魔物が闊歩し、人が変質して魔に堕ちる最中、早急に一丸となって事態を収めなければならないのに、人は人との争いに忙しかった。
主たる理由に、現王であるアントン・ヴェダ・ルミアが、のらりくらりと時に笑い、時に激怒して煙に巻き、明言を避けているせいでもある。
これを良いことに、野心と大望を抱く妃や臣下らは、王位を自らと血の近い王子や王女に継がせようと躍起になった。
結果、何度か血の雨が降り、今もなお継承レースという血の争いは続いている。
そんな時、なんの因果か古くから度々伝承に登場する預言者『星霊』が国に現れた。
更に、自称精霊ペロとゼラート最高位の導師らを伴い、
救世伝説の『フィブラリス』まで現れた。
王はすっかり信じ込んだ。
普段は冷静で無慈悲な宰相も、星霊の意見は全肯定だ。
救世主の真偽はともかく、これを抱き込んで、分かりやすい旗印として、王位継承権を盤石にしたい第一王女ハイディと第二王子ハワードは、客人を早々に囲おうと手を回している。
イーサンとしては、多少の疑いを持ちつつも、
マナ異常をどうにかできる策は自分になく、天上から遣わされたらしい若き女人に望みを託すことしかできない。
ゆえに、無私でフィブラリスにできうる限りを尽くしたいが、王位継承に敗れた先を考えると、無私とも言ってはいられない。
自分の命はともかく、イーサンを信じて支持する者たちまでも生命の危機となりえた。
せめて、伝説が弟妹の手に落ちることは妨害したかった。
「此度、フィブラリスの護衛兵の選出を命じられているのは、騎士団長ウェントワース。
もちろん、各隊の隊長からの推薦があるので、そこを抱き込まれる可能性はあります。
ですが、第一王女と第二王子にフィブラリスが取り込まれない限りは、少なくとも数名は確実に実力によって選抜されるはずです」
騎士団長ウェントワースは、国王の信任厚い壮年の男だ。
実力があり、下からの支持も厚い。
勤勉で真面目、公正公平であるが、戦地では抜け目がない人物でもある。
ただ、かなり率直なのだが、王はそこを気に入って今の地位をウェントワースに与えていた。
「数名精鋭を見繕い、ウェントワースに選出候補に入れるよう伝えよう」
「……出征の方がはるかに危険を伴います。配下の方々も殿下から離れて素直にフィブラリスの護衛につくと思えません。
ゆえに、私の方で、家は第一王女寄りでも本人は派閥に属さぬ者を呼び出しております。
第一王女は自らの手の者と勘違いし、彼らが護衛に侍ることを妨害せぬでしょう。……共にお会いになりますか」
既に手を打っているヴェールの女に、イーサンは息をついた。
「直属の配下というわけではない。多少の親交があり、能力が確かな者を推薦する。……ところで、その呼び出した者たちは素行に問題はないだろうな?」
昨日、イーサンが初めてその伝説の姿を見た時、精霊ペロは、「湯がないなら帰る」と言っていた。
つまり、フィブラリスはいつでも天上へ帰る事ができるのである。
この死に行く大地を見捨てて。
「……能力と実力を兼ね備え、フィブラリスの推定年齢と近く、情に厚いと評価される者たちです」
ヴェールの女は、軽く手を上げて従者に指示を出した。
ランタンの灯りが移動し、一人が室を静かに出て行く。
最低限の灯りが遠のき、小書室は、更に暗闇で覆われた。
「……『この地に縁なく、慈悲を持ってして遥か遠き天上より来たる』。
……伝えの通り、穏やかそうな方だった。お前も近くで見ただろう。
フィブラリスをどう見る?」
イーサンは、微笑むフィブラリスを思い出す。
今朝ともにした食事で見えた手は、苦労を知らぬ貴人のようであった。
髪も、王女たちの誰よりも艶やかで手入れが行き届いている。
「………なんとも。愛想は良い方で、会話に関しては、よく訓練されているように見えました」
女の声が、珍しく迷うような歯切れの悪さを含む。
「言うと?」
「……推測ですが、装うことに慣れていると。良し悪しはともかく」
要は、自分と同類のような気がするということか?
イーサンは、口に出さずにヴェールの女をチラリと見た。
しかし、教典に記されるフィブラリスと自称し、
世を欺こうと云った悪逆さはないからこそ、『良し悪しはともかく』なのだろう。
イーサンは、頷く。
「それに、贅沢や高級品をそうとも思わぬ身分であることは確かでしょう。
そう云った懐柔は――――」
女の言葉が止まる。
ギィっと小書室の扉が開かれ、数人の足音が耳に届いた。
騎士二人の顔が、僅かなランタンの灯りで露わになる。
若草色の髪を持つ青年は僅かな緊張が見え、隣の赤髪の若い女は、動揺が浮かんでいた。
夜更けに高位貴族しか入れぬ王城の書室へ呼び出されたのだから、当然の反応と言える。
女が軽く手を挙げると、背後に控える従者が、低い温度のない声を上げた。
「レンツ・ダ・ブライスならびに、シェイラ・アグロン。
そなたら二人にはまもなく、貴人護衛の命が下されることとなる」
イーサンは、アグロンについては知らないが、ブライス伯爵家の三男については、実力や人格ともに申し分ない事を聞き及んでいた。
「貴人については、しばらく公にされる予定はなく、その存在は秘匿されねばならぬ。その名が知れ渡る時、貴人を巡り争いが起こりえる。
…………いずれか、環典 第二十六段を?」
ルミア王国の国教である環神教の教典について尋ねる。
シェイラ・アグロンが首を傾げ、レンツ・ダ・ブライスが口を開いた。
「…『マナの流れが穢れ、滞る時、大地は腐敗し、空が赤く燃ゆ。
あらゆる生き物が死に絶え、善き人々による願いと祈りが天地に聞き届けられた。
環の道を通り、この地に縁なく、慈悲を持ってして遥か遠き天上より来たる』…フィブラリス顕現の章………」
編纂された教典のみならず、幼子の寝物語でも救世主の話は幾らかあった。
それなりの教育を受けた者であれば、『フィブラリス』という単語を一度くらい聞いたことがあるはずだ。
ブライスの教典を誦じる声が暗闇に解けて沈黙が落ちる。
ややして、イーサンの隣に座るヴェールの女が再び合図するように軽く手を上げた。
背後に控える従者が続ける。
「忠実なる騎士として侍ることを期待するとともに、
そなたらが貴人に心を許し、貴人が望むなれば、思うままに味方となり、
時に友のように無私で支え、兄弟の如く情を分け、道が分かれた時は潔く辞すことを忘れてはならない」
イーサンはその意味を理解した。
心の思うままに貴人に仕えよ、と云ったように聞こえるが、フィブラリスの関心を買い、籠絡しろと言っている。
政治に疎い彼らに伝わっているかは、イーサンも流石に読めない。
「以上、今宵聞いたことは口外してはならぬ」
若き二人の騎士は、神妙そうな顔つきのまま、
追い立てられるように退出して行った。
緊張した空気が飛散し、緩く静かな時が戻る。
「……陛下は、フィブラリスを留め置きたいようだったな」
隣に座っている女は、国王をよく思ってはいない。
そして、それはイーサンも同じだ。
今更、あの無気力な王への点数稼ぎとは思えないが、果たして、あの二人の騎士がフィブラリスを留めうる理由になるのか。
イーサンには到底そうは思えなかった。
「……騎士らに情が湧けば、我が国に留めおける。しかし、他国の物になり、野心のままに、我がルミア王国の害になるのであれば、その時は始末せねばなりません」
語気を強めて女が言った。
流石に聞き逃せぬ発言に、イーサンは眉を寄せる。
「……発言に気をつけぬか。ゼラートの賢者に我が国が滅ぼされる」
ゼラート魔導都市国家は、理を乱さぬ限り、如何なる攻撃をも仕掛けぬ不文律があった。
導師自ら護衛に侍るほどに、魔法士にとって「理」に近しいフィブラリスは尊い。
それを害するともなれば、戦に発展する可能性もあった。
「甘いこと」
ヴェールの女は溜息をついたあと、小書室の隅に話しかける。
「……全て聞いていたな?」
暗闇が僅かに動いた。
女の手の者の中には、暗殺や監視を得意とする者が二人いた。
気配は、そのうちの一人だろう。
「お前は、フィブラリスの言動を監視し、いざという時は始末せよ」
イーサンは、ヴェールの女の苛烈さに目を伏せる。
フィブラリス本人に刃を向ける必要があるだろうか。
だが、彼女がたとえ善良だとしても、その思考を傾け利用する者は確かにいる。
そして過ぎたる情が、誤った道を歩かせることもある。
ゆえに、本人の命を奪う前に、そちらを刈り取るのが先だ。
始末するのは、どうしようもなくなった時だろう。
「いいや。そのような結末になる前に、
フィブラリスに悪影響を及ぼす者は、いかなる者も殺せ」
イーサンが重ねて命じる。
「御意」
深く沈み込むような、小さな答えが返った。
僅かに闇が動き、ランタンが揺れる。
黒衣が灯りに影を落とし、闇が更に深くなった。




