02-18:出発までのカウントダウン
「改めて、よろしくお願いします」
軍務長官アクロイドの茶々入れを、流石に一番近いエイベル・ウォードは耳にしたかもしれない。
変更は一切しないと、セナは口に出さずに頭を下げて示す。
すると、エイベル・ウォードは無表情のまま、巻かれた羊皮紙をセナに両手で差し出した。
「…恐縮です。……こちらが随行人名簿になります」
声も平坦で、感情が分かりにくい。
どことなく、嫌味な騎士団長ウェントワースを思い出させる。
けれど此処にいる人間は、納得して自分の意思で来ているはずだ。
セナは無言の圧力を感じつつも、紐で留められた羊皮紙を解く。
記載されている15人の名前。
セナにもどこまで続くか分からない道のりを、共にする人たちの名前だった。
「…みなさんの時間が許せば、確認と挨拶をしたいのですが…。
都合が悪ければ、四日後でもかまいません」
一応の礼儀として一人一人に声をかけたほうがいいかもしれない。
セナの提案が正しいかどうかも分からないが、少し緊張して控えめにエイベル・ウォードを見上げる。
半分断られる心持ちでいたけれど、短い肯定が返ってきた。
「いえ、では順に…ユーイン」
エイベル・ウォードの下に記載された名が呼ばれる。
名を呼ぶエイベル・ウォードの声は厳しく、セナに喋っている時よりも数段鋭さが増すせいで、セナまで背筋が伸びた。
しかし、全員慣れっこなようで、セナのようにビビる素振りは微塵もない。
一歩前に出て来たセミロングの薄紫色の髪に茶色の目を持つ青年が軽く頭を下げた。
「…ユーイン・ダ・オルセンと申します」
「よろしくお願いします」
それから次々と名が呼ばれた。
大柄の厳つい騎士や、筋肉ゴリラな騎士、目元がクールな女性騎士が続く。
女性騎士がいて内心安堵が広がったセナだったが、次に前に出て来た赤茶髪のポニーテイルに見覚えがあった。
昨日、訓練施設で目が合った女性騎士だ。
「シェイラ・アグロンです。お会いできて光栄です、勇者様。シェイと呼んでください!」
高いとも低いとも言えない明るい声。
少しだけ場が和むような心地がする。
髪と同じ色のアーモンドアイは生気に満ちて、どうしてだか、セナを少し安心させてくれるようだった。
シェイのような赤茶の派手な髪色の友人なんていない。
でも、初めて行く場所に、似たような人を見つけた安心感のような。
クラス替えで席が前後になった、話しかけやすそうな同性のような雰囲気がシェイにはあった。
「よろしくお願いします」
他の人と態度が変わらないように、なるべくセナは小さく笑む。
するとシェイは嬉しそうに微笑んで大きく頷いた。
「……アグロン、戻れ」
エイベル・ウォードの融通の利かない叱責のような声が飛ぶと、シェイは小さく首を竦めて列に戻った。
吹き出しそうになったセナは、なんとか唇を結んで耐える。
それから、何人か同様の挨拶を交わさし、次の名が響く。
「ブライス」
前に進み出るのは、またもや見覚えがあった人物だった。
シェイと剣で打ち合っていた若草色の髪を持つ青年である。
爽やかな、どことなく育ちの良さが印象に残る。
焦げ茶の目は優しそうだが、それだけではないようにセナには感じられた。
「レンツ・ダ・ブライスと申します」
同じく短い応酬後にレンツが列に戻って行く。
そして、最後の一人の紹介が終わるころには、
セナの脳みそは、またもカタカナ人物名でパンクしそうだった。
脳内で忙しく15人の特徴を復唱するセナの横に、
まだいたらしいアクロイド軍務長官が、まるで犬を払うようにシッシと手を動かすと、エイベル・ウォードが一礼した。
「それでは、本日はこれにて失礼いたします」
「はい。わざわざ、ありがとうございました」
エイベル・ウォードとセナの完全なる儀礼的な社交辞令が交わされると、騎士らが足並みを揃えて去って行く。
途中、シェイが振り返ってニコリと笑った。
セナも笑みを返すと、シェイは可哀想なことに隣の騎士に頭を叩かれていた。
彼女の馴れ馴れしいとまではいかない気やすさが、セナにはとても嬉しかった。
騎士らの背中を見送っていると、
ペロが首を摩りながら、名簿を覗き込む。
「にしても、ダを持つ貴族もいれば、平民もいたな」
「ダを持つ貴族?」
セナは首を傾けつつ名簿を見直した。
確かに家名と名前の間に、『ダ』がある人が4人いる。
ゴホンと軍務長官アクロイドが咳払いした。
「貴族称号のことです、勇者殿。王家は、『ヴェダ』。公爵家が『ヴェ』、侯爵伯爵家が『ダ』を名乗ることができるのです」
「んで、子爵男爵は家名を名乗れる。家名というか領地名か。平民にはその家名もないから、基本は名だけだってことか」
ペロが更に補足した。
ドイツ語圏の『フォン』に似た指標だが、当然セナに馴染みはない。
名簿には、家名がない3人の平民の記載がある。
庶民同士、気が合いそうだ。
勝手に彼らへ仲間意識を芽生えさせたセナに、何を思ったのか、アクロイド軍務長官は嘆いて見せた。
「勇者殿の家名については、第一王女殿下が、せめて伯爵以上の家柄にすべきだと仰っていたのですぞ」
全く不要な気遣いだ。
「…そんな。お気遣い恐れ入ります。
十分だと第一王女殿下にも感謝とともにお伝えください」
アクロイドには、この「十分です」という言葉に、「要らないことをするな」という意味があることなんて伝わらないかもしれない。
だが、セナには直接伝える勇気もなかった。
話は終わったはずなのに、軍務長官アクロイドはチラチラとセナを見てくる。
「ところで勇者殿。星霊にお会いしたいのだが」
どうやら軍務長官アクロイドは、
未だに彼の妻から邸を追い出されているらしい。
「今日はまだ見ていませんけど…」
「お会いしたいと伝えていただきたい!
或いは、いつ妻は私を許すのか聞いていただきたいのだ、勇者殿!」
必死の形相で頼まれ、此処から逃げる道は頷く以外になさそうだった。
「お前、んなくだらん事を星霊に聞くなよ。
謝罪すりゃあいいだろ、心を込めて」
精霊らしいペロが、もっともな事を言い放つ。
「とっくにやっている!妻の機嫌を取るのは、魔物に立ち向かうも同じだ!」
軍務長官アクロイドが嘆く。
(……異界も夫婦関係って大変なんだな…)
魔物の姿形、生態を知らないセナは、その嘆きをただただ聞き流した。
この異界の広い世界を、セナはまだ何一つ知らない。
出発がもう目前に迫っていた。




