02-17:金と兵と馬車
朝食を食べたはずなのに、まったく食べた気にならなかった。
おまけに、今日からセナは『七瀬セナ』ではなく、セナ・ルフォスになってしまった!
セナは、羊皮紙や半円の通行証を持って食堂を後にし、宮廷長官について歩く。
こうして人の後ろをついて行くばかりだから、ルミア王城の内部を一つも覚えられない。
しばらく歩くと、ペロがスマートホルダーを作成していた外庭に出る。
幌馬車が3台並んでいて、5人ほどの使用人が忙しそうに積荷だろう木箱を詰め込んでいた。
「…形だけの商隊なのに本格的だね」
「そりゃ、本格的じゃないと疑われるだろ。5台くらいが妥当だが、3台か…。
没落貴族のご令嬢が適当にやってる体だな」
セナはペロと荷物がどんどん詰め込まれる様子を眺めて、感想を口にし合う。
(……商売もあるのか。専門家がいるから出番はないだろうけど…)
セナは幌馬車を見つめた。
旅が始まる不安8割、面倒くささ2割で自然と顔つきが厳しくなっていく。
「勇者様」
外庭まで案内をしてくれた宮廷長官が、音もなくセナに歩み寄り頭を下げた。
いつの間にやって来たのか、思わずビクッと肩が跳ねる。
全く気配がなかった。
「2台に交易品と旅装関連品。1台に生活用品と予備物資を積んでおります。
こちらが目録です。お確かめください」
巻かれた羊皮紙をスッと差し出されて受け取る。
「あ、ありがとうございます」
「交易品に関しても、お好きにお使いください。金銭の支給は、大陸交易同盟を通してお送りします。最初の支給はこちらになります」
宮廷長官は、茶色い皮袋を背後に控える従者から受け取り、セナに差し出した。
羊皮紙を脇に抱え、皮袋を両手で受け取ると、ずっしりと重い。
「……ありがとうございます」
ひとまず受け取ったはいいが、セナはどうしていいか戸惑った。
確実なのは、中身が札束ではなく硬貨の類だろうということだけだ。
そして手にして初めて、通貨単位も物価も知らないことに気付かされる。
「セナー!来いよ!」
思考の海に落ちかけるセナを引き上げるように、
ペロが3つ目の幌馬車のすぐ後ろから声をかけて来た。
そちらへ向かうべく、老年の宮廷長官に軽く頭を下げる。
すると宮廷長官は指を組み、手で三角を作って深々とセナに一礼した。
後ろの従者までもが、それに続く。
途端に空気が重くなった。
左右に視線をやっても助けてくれる人は誰もいない。
セナはもう一度会釈して、ペロの待つ幌馬車の方向へ逃げるように走った。
皮袋が、更に重たくなったような気がした。
3台目の幌馬車の中に入ってみると、前方に予備物資や日用品が積まれていた。
その奥は青いカーテンで仕切られている。
カーテンを開けると、簡易寝台とテーブルがあった。
テーブルの下には、宝箱のような鍵付きの青い箱がある。
「おお、VIPルームだ!眠り心地は最悪だな!」
完全に一人用である。
保健室ならぬ保健スペース用になりそうだった。
「勇者殿、こちらか?」
幌馬車の外から声がかかった。
セナはペロと顔を見合わせる。
皮袋と通行証など大切な書類を鍵付きの宝箱に仕舞い(しかも、この宝箱には更に金貨が詰め込まれていた!)、表に出る。
そこには、軍務長官アクロイドと後ろにズラリと十数人の甲冑の塊が並んでいた。
セナは、慌てて幌馬車から降りる。
「彼らが勇者殿を護衛する騎士です。四日後、出発の時よりお守りいたしますぞ」
「は、い」
眼前に甲冑と帯剣している騎士が十数人もいる。
圧迫と威圧感があって、普通に怖い。
縮こまりそうな身体を叱咤して、セナは背筋を伸ばして笑顔を貼り付ける。
口を開いて、第一声「七瀬」と名乗りそうになった。
もう、しばらく苗字は使えない。
「……セナ・ルフォスです。よろしくお願いします」
「私は、第五騎士隊の副隊長エイベル・ウォードと申します。
身命を賭して、御身をお守りするとお誓いいたします」
右端に立つ男が、一歩前に出て来た。
短い金髪に濃紺の目。全体的に骨張っていてシャープな顔立ちだ。
切れ長の目は落ち着いていて、堅実そうな雰囲気があった。
ただ、柔らかさは一切ない。無表情で、淡々とした喋り方だ。
おそらく愛想というものは、彼の辞書にはなさそうだ。
エイベル・ウォードの外套だけは、鮮やかな青ではなく、やや暗い濃紺色だった。
おそらく、彼が護衛騎士のトップとなのかもしれない。
セナにとって、エイベル・ウォードのような堅物は少々苦手な部類だった。
でもできれば、この異界にいる間は上手く関係を構築したかった。
「勇者殿。しかし、本当にこの者たちでよろしいのですか?」
ヒソヒソと軍務長官アクロイドが身を寄せて囁いて来た。
どういうことなのかと見上げれば、真剣な表情で語り始める。
「もっと貴族社会に明るく、機微に聡い者がおります。
その者を側に置けば、勇者殿の旅も楽になることでしょう」
まさか、この期に及んで人員配置を変更しようと言ってきたことに、セナは驚いて目を見開いた。
今更追い返すなんて失礼極まりない!
セナが騎士側なら、絶対に機嫌を損ねるし、嫌悪感を抱くこと間違いなしだ。
「…もう決めたことですから」
なるべく波風立てずにお断りしたい。
苦笑とともに、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「ハハ、変えることなど容易ですぞ。まだ出立前ですからな!」
どこが面白いのか、ハハハと笑う軍務長官アクロイドに、セナは笑みを貼り付けたまま固まる。
そもそも目前にいる彼らは、騎士団長ウェントワースが、「優秀な騎士を、ただの村人小娘につけるなんて意味不明(セナの短縮意訳)」と嫌味を言ってきたほどだ。
実力は間違いないはず。
しかし変更を勧めてくるあたり、何か軍務長官アクロイドから薄い企みを感じた。
おかしな企みなんて仕掛けてくるから、妻に邸を追い出されたのかもしれない。
「そんなことより、奥さんと仲直りできた?」と言いたくなるのを我慢して、にっこりと微笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。決定した際にも、宰相様がいらっしゃいました。
変更をお願いしたくなったら宰相様にご相談しますね」
困った時は、虎の威を借りるに限る。
そして大事なことは、それが真実だということだ。
案の定、軍務長官アクロイドは「いや、それは…」と、モゴモゴと口籠る。
後ろ暗いことはしないに限る。
セナは、改めてエイベル・ウォードらに向き直った。




