02-14:勇者の価値
王城まで馬で駆ければ、あっという間だった。
セナの体感としては、自転車レベルの速度だ。ぜんぜん恐怖はなかった。
ここ数日の緊張やら気遣いで疲弊した心が、一気に晴れたような気がした。
城門をくぐり、ジェラルドが先に降りてセナに手を伸ばしたので、
セナはその手を借りて地面に降りる。
「ありがとうございます、ジェラルド様。すごく楽しかったです」
「敬称も敬語も不要だ、勇者殿。旅では、馬に触れる機会も多くなるだろう」
ジェラルドが手綱を馬丁に渡す。
セナは随分と年上で、アデラインとは違う気質のジェラルドの呼び方に大変困った。
けれど後者は喜ばしいことだったので、頷きつつ、馬の横から正面に移動する。
近づいても嫌がる様子を見せない黒鹿毛の馬を撫でる。
「乗せてくれて、ありがとね」
真っ黒な目がセナを見たけれど、
馬はすぐに頭を下げて、ブルルと鼻を鳴らした。
(……嫌がられたのかな?)
セナは、馬の動作に疎い。
ゆっくり馬との距離を取るために後退りして、馬丁に引かれる馬の後ろ姿を見送った。
すると、ちょうど入れ違いのように入って来た兵の一人が、
一緒に城へ帰ってきた騎士団長へ耳打ちしている。
彼は短い返事の後、セナの元へやって来た。
「勇者殿、確認が取れましたのでお部屋へご案内いたします。
ただ、簡易とはいえ軍についての記録。私が同席の元、勇者殿お一人でご覧いただくことをお願いしたい」
「分かりました。お気遣い感謝します」
冷たい眼差しで見下ろされ、トゲがあるような喋り方をする壮年の騎士団長ウェントワースは威圧感があった。
その態度のせいで、右頬の傷も余計恐い。
セナは、お礼を言いつつも、
恐怖心と同じくらいに疑問や苛立ちを感じていた。
(……自分たちが決めてくれないから、私が選ぶ羽目になったんだけど…)
決定権を渡された。
関連資料を要求するのは、おかしな事ではないはずだ。
(……いいけど。あんまりよくないけど…)
まだ我慢ゲージに余裕があるセナは、内心で文句をこぼすだけに留めた。
再び王城に戻ってきた。
セナは騎士団長ウェントワースに簡素な椅子と机が置いてある小部屋に通された。
机上には、羊皮紙の束が置かれている。
「どうぞ、お座りください」
騎士団長に促され、セナは座って黄味がかっている厚い羊皮紙に触れる。
見たこともない字を見た瞬間にギョッとしたが、
すぐに、「エイベル・ウォード」とカタカナになった。
「何か?」
騎士団長ウェントワースが片眉を上げた。
「いえ…」
セナは騒ぎ立てたかったが、ペロも居ないので何でもないふりをする。
訳が分からないまま、最初の1枚目の記録を見つめた。
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エイベル・ウォード
ウォード子爵家
第五騎士隊 副隊長
出征
カロンガ領防衛
イガル辺境侯国救援
イナリエ西山賊討伐
オルフェド自治区領救援
東ミネス街道賊徒掃討
・
・
・
魔物討伐 出征回数
xxxxxxxxxxxxxxxxxxxx(以下略)
規律違反等
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最近は魔物討伐が多いのか、ばつ印が行内に書けなくなって略されている。
違反はないのか、空欄だった。
次の一枚をめくると、出征回数がエイベル・ウォードよりも少ない。
既に出征回数や魔物の討伐回数が多い順に羊皮紙が並べられているようだ。
セナは規律違反の欄をよく読むことにした。
遅刻常習に、暴行、重大な命令違反…。
記録として残されている以上、やはり軽い注意では済まなかったもののようだ。
セナは内容を確認して、違反が一つでもある者は弾くことに決めた。
30枚ある中から規律違反者を除いて、実績上位から順番に15人を選ぶ。
残り10枚は、もう見ることもしなかった。
セナが見ても分からないからだ。
「……ウォードは優秀な男です。子爵家ゆえに副隊長の座に甘んじておりますが、隊長位も間違いなくこなすことができるでしょう」
突然、騎士団長ウェントワースが羊皮紙の束に目線を向けて淡々とした口調で言った。
セナに返せる言葉は多くない。
出征記録に書かれている戦いの規模も何もかも知らないし、あまり知りたいとも思わなかった。
「そうなんですね」と、セナが返すのを待たず、騎士団長ウェントワースは続ける。
「…この国は、ただでさえ危機にある。多くの兵が必要だ。
それなのに、あなたの元にウォードを置く価値は――」
セナは羊皮紙から顔を上げた。
窓際に立つウェントワースを思わず見上げる。
「は?」と言うほど子どもではないが、油断すれば口から突いて出そうだった。
騎士団長の言い分も、セナは分からないでもなかった。
そのへんの村人風情を連れて来て、勇者と祭り上げているように見えるのだろう。
重要とも思えない村人を守るなんて、実務を実際にやる方からしたら、「ふざけるな」と言いたくなるのかもしれない。
だがしかし、それはルミア王国内で発言すべきであり、セナに直接言うことではないはずだ。
(……うっざ。ありえない。国の決定不満を部外者にぶつけてくる?
私が喜んで祭り上げられてるとでも? ……このクソ野郎)
騎士団長ウェントワースの右頬の傷が、セナには途端に目立って見えた。
慣れぬ人々への気遣いや緊張、先行きへの不安。
理不尽をぶつけられ、抱えていたストレスが一気に怒りへと変わっていく。
セナはどう言い返そうか考えながら、唇を固く結んだ。
相手を刺すような数々の言葉が、頭に次から次へと流れていく。
けれど、怒りのままに言葉を直接浴びせようとは思わなかった。
ただ、上品な切れ味鋭い皮肉を即座に言えるほど、セナは話術を鍛えていない。
それに、人を故意に傷つけることも慣れていなかった。
怒りだけが身体を焼くように渦巻く。




