02-11:マナ異常を正す方法
ペロが得意気に恐竜の名を並び立てている間、
国王は、「どれもこれも良い!」と楽しそうにしている。
セナがチラリと呑気な2人を見ていたけれど、
宰相ラッセルは、もう2人のことなんて眼中にないらしい。
布製の地図の現在地を指で示した。
「まずは、勇者殿には商隊とともにこのルミア王国から北上いただきたい。
……星霊、北上するだけでよろしいのですね?」
「はい。私が受けた託宣は、北上して内に進む、と」
宰相ラッセルが、フィアに尋ねた。
セナは思わず左隣に座るフィアに目を向けると、フィアは、いつもと変わらず穏やかに微笑んでいる。
「……託宣…?」
神のお告げなんて、あまりに非科学的だ。
驚きのあまり聞き返すと、フィアはゆっくりと頷く。
長い黒髪が肩からサラサラと流れ落ちた。
「これより400年ほど前、星から託宣を受けたのです。
『北王、落涙し願う時、門への道が開かれん。
門をくぐりて辿りし者、北上して内に進み、是を知り得て、知り得ざる』と」
不信感でいっぱいになったセナは、宰相ラッセルに向き直る。
彼は神妙な顔をしていて、全面的にフィアを信頼しているようだった。
ペロは国王のところから戻って来て、思い出したように声を上げる。
「星霊は、ただの預言者や占い師じゃないぞ。
コイツらは、アカシックレコードを詠めるからな」
「……未来視ができるってこと?」
セナは眉根を寄せた。
すると、フィアは困ったように眉を下げる。
「……セナ様、私は未来視など…。精霊ペロ、大袈裟に言ってはなりません。
我々星霊は、大きな流れの岐路に立つ時に託宣が降るのみ」
「大袈裟ではないだろう、星霊。あなたの忠告がなければ、40年前にこの王都は火の海となっていたと、亡き父や、私に近しい者は皆知っていることではないか」
国王は鷹揚に笑うが、フィアの表情は変わらなかった。
「気まぐれに話す星の囁きは、近い内に定まったことや過去の出来事です。
アクロイド軍務長官殿が、奥方から邸を追い出されてしまうこと。
ルコント導師がこっそりセナ様の旅について行こうとして、ラトリッジ導師とドルシ嬢に見つかり、怒られてしまうこと…」
青い髪に白いものが混ざった男が、軍務長官アクロイドだろうか。
あまり背は高くないが、大柄で目が小さい。顔がどうも嫌味っぽい男だった。
フィアがその男の方へ視線を向けると、視線の先の軍務長官アクロイドは、あんぐりと目と口を開けた。
「ほ、星霊、そ、それは誠ですか!?」
「烈火の如くお怒りのようです」
フィアが目を伏せて、まるでどうしようもないと言いた気にトドメを刺すと、軍務長官は目を白黒させて、ソワソワし始めた。
何か心当たりがあるのだろうか。
おかげで見ているセナまで、つられてソワソワしてしまう。
「おい、そのような事を考えていたのか」
一方のゼラート側では、ジェラルドがアデラインを詰めていた。
アデラインの方は明後日を向いて、どこ吹く風と聞き流している。
ジェラルドは呆れたように息をつく。
けれど、セナはアデラインが来てくれることは大賛成で大歓迎だった。
もっとも、そんなことを今言えるような雰囲気ではないのが残念だけど。
フィアが続ける。
「些細なやり取りから天災に至るまで、
星が気まぐれに語る過去未来を聴く事はできます。
ですが、これらがいつ、どこで起こるのか、正確に分かることは少ないのです。
それに星の託宣は、囁きとは全く異なるもの。
託宣は、確定しえぬ不安定な未来。
託宣を成しえぬ限り、天地が滅びに向かうと云う、星からの最後の助言……」
憂い顔のフィアの声は、とても小さかったにも関わらず、よく室内に響いた。
セナはとても信じられそうになかった。
けれど、評議室には神妙な空気が漂っている。
セナ以外の人たちは、フィアを信じているようだった。
それにフィアの爆弾発言で、アクロイド軍務長官の額には汗が浮かび、一筋頬を流れていった。
彼の方は、もうこの話を聞いていないのかもしれない。
一体何をやらかしたのだろうか。
セナには予想がつかないけど、偉い人でも奥さんに家を追い出されるらしい。
「それにしても、星霊。あまりに曖昧では?
北上と言っても、我が国から北上するルートはいくつもある。向かう場所も分からないようであれば、勇者殿が進む道も困る。他に手がかりはないのだろうか」
眼光がヤバい第一王子イーサンが低い声で地図を見た。
セナは、ようやくマトモなことを質問してくれた第一王子イーサンに感謝の念を送った。
ついでに、どうすればマナ異常を直せるのかも聞いてほしかった。
異界3日目のセナに、こんな重役会議で質問することはハードすぎる。
「イーサン第一王子殿下…。私が受けたものは、これが全てなのです。
託宣に手を加えることは、理を歪める大罪に同じ。
既に星は不確定ではあるものの、未来を告げたのです」
「……そうか…」
フィアが申し訳なさそうに目を伏せ、第一王子イーサンも目を閉じた。
数秒の沈黙が流れる。
まるで会議の終わりを予感させる無言に、セナは焦燥でどうにかなりそうだった。
きっと、軍務長官アクロイドの流れる汗くらい、セナの心も冷や汗をかいている。
もう我慢ができそうにない。セナは口を開いた。
「あの…、念のために確認させていただきたいのですが、
マナの異常を正す方法は、どういったものなのでしょうか」
質問するなり、セナの向かいに座る国王が快活に笑った。
「何を言ってるのだ、勇者殿。今、星霊が示したではないか。
北上して内に進めばいいと!そうすれば、我々はマナ異常から救われる!」
「……おそらく、あなたが内に進んだ時に何かを知るのだろう。
星霊の託宣を当事者以外があれこれ言うものではない」
ジェラルドが静かに言うと、国王のハハハという笑い声が小さくなった。
すると今度は、ペロの明るい声が響く。
「そうだぞ!既に星霊が詠んでんだ!
テキトーにコイツが北上してたら、なんとかなる! 旅費をケチんなよ!」
北上したらなんとかなる?
ペロは確かに、『お前は立ってるだけが仕事だ!多分!』などと異界に来る時に言っていたけど、まさか本当に北に向かって進むだけ?
セナは冷静でいることは難しかった。
まさか、こんな託宣だか預言だかなんて、曖昧なもので話が進んでいくなんて思ってもいなかった。
フィアを信じるとしてもだ。
北上はともかく、内に進むという意味が分からない。
それに、何かを知り、何かは知れない?
かなり不吉だ。
セナが実はその『フィブラリス』ではなくて、マナ異常を直す方法が知れない未来だったら、誰が責任を取るのだろう!
責めを負うのは絶対に嫌だ。
ふと、セナは奥さんに追い出される未来が待っているらしい軍務長官アクロイドに目を向けた。
彼は、未だに汗を滝のように流し、落ち着きなく視線をあちこちにやっていた。
セナもああなっているかもしれない。
額に手を当てたが、汗はちっともかいてなかった。
(やっぱ無理そうなら、すぐ帰ろ…)
昨日、簡単に帰れないと思ったけれど、セナはあっさりと意見を変えた。
「勇者殿の北上も承諾を得られたわね。
ならば早く15人の護衛騎士を選ぶべきでは?」
これまで一切の発言がなかった、
サイドの髪を縦ロールにして垂らしている王女が、宰相ラッセルを横目で鋭く睨んだ。
苛立っているのか、顎を上げて腕を組んでトントンと指でリズムを取っている。
水色の髪に、吊り上がった黄土色の目は、とてつもなく意地悪そうだった。
セナとしては、あまりお近づきになりたくない雰囲気だ。
「第一王女殿下、先ほどまでで21人まで絞りました。
ですが、最終候補を絞れておりません」
重臣の一人だろう。
一番左端に座っている、くすんだ青緑の髪をした壮年の男が無表情で告げる。
「ええ、そうね。兄上とハワードが随分と渋るせいでね」
第一王女が、嫌味ったらしく目をギョロギョロさせながら言った。
「姉上の推挙する騎士が多いせいだろ。それも格好ばかりで、大した実力もない」
今度は第一王女と同じ、水色の髪に黄土色の目を持つ王子が鼻で笑う。
姉弟なのだろうか、人を見下すような雰囲気がそっくりだ。
ただ、こっちの王子の方は衣服や態度から、チャラチャラした雰囲気の方が強い。
「自分のことを言っているのね、ハワード。
筋肉ばかりで、頭が足りない騎士など勇者殿の道を邪魔するも同じでは?」
「二人ともやめないか。客人の前だぞ、みっともない」
眼光がヤバい第一王子イーサンが嗜めると、王子ハワードが憎々しげに舌打ちをし、第一王女が顔を背けた。
普通の家庭や家族だとしても、兄にするような態度ではない。
でも、誰も嗜める者はいなかった。
(…うわ、険悪…)
「お父様、このままでは平行線。
勇者殿のお気に召す者を決めていただくことが良いのでは?」
第一王女の提案に、急に名前が出てきたセナは身体を硬直させた。
そして、評議室に入ってきた時の空気の正体を察する。
推薦する騎士で揉めていたのかもしれない。
歴史上の王族貴族は、大抵、親と子、兄弟姉妹、親族で争い合ってる話が多い。
彼らの推薦する騎士を入れると、派閥争いになりそうだ。
北上することさえ支障が出るのではないかとセナは危惧した。
(……最悪…。いや、自分で決めれるだけマシ?
それとも、やっぱりペロと二人旅で、強盗勇者した方がマシかも…)
セナは先行きが不安でいっぱいになり、軽く天井を見上げた。




