02-10:王城評議室
鳴り響いた警鐘から間を置かず、鎧を着た兵士の声が聞こえてきた。
「街に魔者が出たらしい!騎士団一部隊が既に出ている」
『魔者』
セナはその存在をペロから聞いていた。
マナ循環が滞り、世界のマナ異常に引きずられて、魔物へと変質してしまった人のことだ。
「またか…! 被害状況はどうだ?」
「第三部隊は応援に回るよう通達があった! 既に4人食ってるらしい」
セナの心臓がドキリと大きく跳ねる。
元々人だったものが、魔物になるだけでなく、人を食べる?
ぞっとして右手で左手首を押さえた。
指先がどんどん冷えてくる。
「精霊ペロ、用が済んだのなら室に戻る方がいいだろう」
ジェラルドが言った。
「ん? ……なんだ、セナ。
お前、ビビってんのか? 街から城までかなり離れてる。
コイツらは貯めてたマナがなくなっただけで、そこらの魔法士より断然強いぞ?」
ペロがセナの顔を見てから、呆れたように肩をすくめる。
セナは眉根を寄せた。
「そういう心配じゃないよ。ただ、人が…」
「魔物のようになってしまった」。
それをセナは口に出してはいけない気がした。
「……もうさほど珍しくないことよ」
アデラインの消えそうなほど小さな一言に、セナは何も返せなかった。
同時に、ペロが言っていたことを思い出す。
『オレの世界のヒト型生命体が、少なくとも4億8700万人!
お前が来てくれなきゃ、死ぬ生命個体数だな!』
これを聞いた時、ペロは深刻さを微塵も感じさせない口調だった。
その数字はセナの生活を天秤にかけた時、遠すぎて見ないフリができた。
それなのに、警鐘が鳴り響き、こんなにも近くで世界の空気を知ってしまった。
セナはもう、面倒だとか衣食住が気に入らないとかいう理由で、簡単に「帰る」と言えないような気がした。
身体がまるで鉛のように重く感じる。
そのままペロと共に室内に戻り、夜も更けて、夕食と入浴をすませる。
セナはベッドに入り、石と木で築かれた天井を見ながら、ペロに尋ねた。
「ねぇ、魔者になってしまった人はどうなるの?」
「そりゃ、討伐されるだろ」
ペロは当たり前のことのように言った。
セナは何故だか納得がいかなくて起き上がり、ペロの紫色の目を見つめる。
「……人間には戻せない? マナ異常を正常化したら戻らないの?」
「ムリだろ。既にマナが変質してるんだからな」
ペロは、まるで聞き分けのない子どもを見るような眼差しでセナを見てくる。
セナはやるせない気持ちになり、目を伏せて布団を頭まで被った。
翌朝、異界へ来て3日目を迎えた。
客室に朝食が運ばれ、セナはペロと微妙な気持ちで食事をとる。
それから少しして、フィアとアデラインがやって来た。
3人と1匹になると、なんだか話をしているうちに気楽になって来て、セナは食事を楽しむことができた。
誰も魔者の話をしなかったし、セナもそんな話をしようなんて思わなかった。
食事を終えたころに扉が叩かれる。
セナが返事をすると文官らしき男が入ってきた。
「皆様方。今後についてのお話をさせていただきたく、お寛ぎのところ申し訳ありませんが、王城評議室までご足労お願いいたします」
「おう、ようやくか!」
ペロがテーブルの上に立ち上がる。
いよいよマナ正常化についての話を聞けるようだ。
セナは、ふうと大きく息を吐きだした。
男の後をついて歩くと、最初に王城へやって来た時に通った分岐点のような美しいホールに出た。
そうして何回か通路を曲がり、階段を上がって、重くて黒い扉の前にやってくる。
衛兵によって扉が開かれると、そこには食堂のように長テーブルが置かれていた。
青い布がテーブルの上に敷かれ、国王が背もたれの長い椅子に座っている。
それから、眼光がヤバい第一王子イーサン、宰相ラッセル、それに何度か顔を合わせた四人が着席していた。
向かい側には、ジェラルドがすでに座っている。
国王以外が立ち上がった。
セナが朝食会と同じように王の向かいへ座ると、また全員が着席する。
「おはよう、勇者殿。本来ならば食事をしながら楽しい話をすべきだが、こんな退屈な場所に呼び立ててまった。あなたが気分を害していなければいいが」
国王だけはにこやかに挨拶をして来たが、
ルミア王国側の列の面々は、やや疲労感が漂っている。
「日々、多くの人々のために議論が交わされている場所とお見受けします。
とても光栄です」
セナは笑みを貼り付けた。
ルミア側で勤めていたら、コーヒーとチョコレートを差し入れて休憩を挟みたい空気だ。
こんな空気では、良い案も絶対出ない。
(第三、第四王女がいない…。実質のトップ会議? 雰囲気悪いな)
「陛下に代わり、このバートン・ラッセルより今後についてご説明させていただきたく。よろしいですか?」
ボルドーの髪に鷲鼻の宰相ラッセルが尋ねる。
目が合ったセナは、「はい」と返事をしたが、机の真ん中に置かれた地図が気になって一瞬だけ視線を落とした。
地図には、それなりの大きさの大陸が5つあった。
地球の地図とは全く違い、似ても似つかない。
「勇者殿には、マナ異常を正常化していただくにあたり、
商隊という形を取って大陸各地を巡っていただきたい」
「おい、オッサン。既にマナ正常化は承知だけど、商隊ってなんだ?
まさか、コイツに自分で生活費を稼げと言ってんのか?」
テーブル上に座っていたペロは立ち上がり、可愛いモフモフの手で拳を作った。
攻撃準備開始と言わんばかりに、ぐるぐると短い腕を回しながら言う。
それを見た宰相ラッセルは、若干後ろに椅子を引きながら言った。
「精霊ペロ。このアルセリア大陸だけで、23の諸国。
我が国と友好関係ばかりとは言い難い。ルミア王国の者が他国を堂々と歩いていては、要らぬ争いを招きかねない。
勇者殿の御身を考えたとき、最も安全に各地へ入れるのが商隊に扮することなのです」
セナはもう一度地図を見つめる。
地球の歴史の中で、商人は他国の内情を探る諜報役や、国同士の交渉窓口を務めることもあった。
確かに宰相ラッセルの言う通り、各地を巡るなら商人という肩書きは都合がいいのかもしれない。
コホンと咳払いして、宰相ラッセルが続けた。
「勇者殿を商隊の主として、大陸交易同盟へ届け出る手はずは整いました。
人員として、王国騎士を15人、商隊運営ができる者2人。使用人を4人つけます。
毎月定額の金銭をお渡しし、金銭や人員の補充も、希望があればできうる限り取り計らうつもりです」
金も人員も出すので、商隊のお飾りになって、各地を巡ってマナの正常化をしてほしいと言ったところか。
責任がないなんて最高だ。
セナは、お飾りであれば特に問題ないような気がした。
「ゼラートからは、魔法士1人か2人を随行させたい」
今度は、セナの右隣に座るジェラルドが口を開いた。
「読み書き計算は当然、護衛も荷運びもできるわ。
もちろん湯も用意できるわよ。都合よく使ってちょうだい」
その向こうに座るアデラインが、セナにウインクする。
「……ウォルター導師の人選に間違いなどないだろうが、
人格面に問題があれば、ゼラートも代わりを送ろう。
遠慮なく申し出て、叩き出してほしい」
ジェラルドが目を伏せて、若干声を固くした。
「えっと、人格…?」
セナは、ルミア側の提案がすっかり飛んでしまいそうだった。
ジェラルドとアデラインをまじまじと見つめる。
すると、ペロがセナに向き直った。
「魔法士は変人が多いからな。大陸じゃあ、常識だ。
国によっては、魔法士は蛇蝎の如く嫌われてるしな!
コミュ障っぽい奴が多いけど、コイツらじゃなく爺さんのとこの中央塔なら、割合マトモなのが来るだろ」
「そ、そう。……ヘビもサソリも嫌いじゃないけど…」
明け透けなペロの説明に、セナはなんとかフォローを入れようとした。
だが、まったくフォローにならない言葉が口から突いて出る。
「……うちの塔に悪い子はいないんだけど、
こう、つい言葉より先に魔法が出るのよねぇ」
アデラインが不満そうに言う。
ペロがアデラインに友達がいないと言った時と、年齢が100歳越えだと言った時に魔法を放っていたが、セナは都合よく忘れることにした。
「お前が言うモガッ」
余計な一言を言うペロに、セナはさっさと手で蓋をする。
ジェラルドが無言で、アデラインの方に向いた。
「類は友を呼ぶ」は、恐ろしいことに異界でも通用するのかもしれない。
「いかがでしょうか、勇者殿」
話が脱線しかけたところで、宰相ラッセルが再び口を開く。
更に国王がにこやかに言った。
「マナ異常が収まれば、報奨として爵位と領地も与えよう」
そんな持ち帰れない上に面倒そうなものは、セナに必要はない。
報奨を断ろうと口を開く前に、ペロが大口を開く。
「オレのでっかい像も建てろよ!
偉大なる大精霊にして最強神ティラノサウルスって彫るんだぞ!」
「ティラノサウルス? 精霊ペロよ、それはなんだ?」
国王が、いらんとこに食いつく。
「古代のロマンだ!何かというと…」と、ペロが説明しながらテーブルの上を歩いて王の側に行く。
セナはもう二人を放置して、宰相ラッセルの方へ目を向けて尋ねた。
「分かりました。……ただ、人数は適正でしょうか?
少し多くはありませんか」
セナとしては、6人ぐらいの少人数が理想だ。
国境を通るのであれば、尚のこと人数は減らした方がいいに違いない。
「何を言うのだ、勇者殿」
しかし、ジェラルドが目を見開き、宰相ラッセルが緩く首を振る。
「叶うならば、護衛兵は倍つけても良いくらいです。
勇者殿、御身だけが、このマナ異常を正常化できることをご自覚ください」
納得はいかない。
だが、状況がわからないセナが下手にアレコレ言えるわけもなかった。
セナは大人しく了承するしかない。
そんな中、ペロと話していた国王の興奮した声が評議室内に響く。
「なんと!かような生き物がか? 我が孫らの名にしたいものだ!」
「プテラノドンもいいぞ! ちなみにオレの希望は、ミフネリュウかミラガイアか…」
今まさに、キラキラネームが異界にも爆誕しようとしていたが、セナは止める術も義理もなかった。




