02-8:石に記された言葉
セナの案内を任された二人のうちの一人、活発そうな王女がいそいそと席を立った。
長テーブルを回って、こちらにやってくるようだ。
セナはもう少しゆっくりしていたかったけれど、立ち上がる。
アデライン、ジェラルド、フィアもそれに続いた。
「ルミア王国第三王女のカーラでございます」
濃い青緑の髪に、オリーブ色の目。
雰囲気が国王にそっくりで、活発そうな王女が三角礼をする。
「第四王女、レジーヌがご挨拶申し上げます」
少し遅れて、同じように第四王女レジーヌが続く。
彼女の方は王と同じ紺色の髪だが、目が灰色だ。
こちらは清楚な、まさしく絵に描いたお姫様のような雰囲気が漂っていた。
セナもつられて軽く頭を下げた。
「第四王女」と言えば、昨夜、化粧品を届けてくれた人だ。
「あ…第四王女殿下。昨夜は化粧品をありがとうございました」
第四王女レジーヌは一瞬だけ驚いたような顔を見せたが、すぐに微笑んだ。
「お役に立てたようで光栄でございます」
「では、城内をご案内いたします!」
第三王女カーラが、張り切って言った。
ルミア王城の見学が始まった。
第三王女カーラが先頭に立ち、タペストリーや絵画で止まっては歴史的な説明をしていたけれど、異界歴史を知らないセナはあまり興味がもてなかった。
けれど退屈とは無縁だった。
歩いた床がギィッと鳴ったり、少し色の違う石が壁に組まれていたり。
何よりこの城には、掃除している使用人や扉を守る兵がいる!
「セナ、どうかして?」
衛兵の姿をガン見していたセナに、
隣を歩くアデラインが不思議そうに言った。
「アデライン。衛兵なんて珍しいから気になって」
展示物ではない、生きた城を見たのは初めてだった。
「私も他国の城を見るのは初めてね。けれど、うちの魔塔はもっと面白いわよ?」
「魔塔?」
アデラインの言葉にセナは目を見開いた。
「ゼラート魔導都市国家に建つ三つの塔のことだ、勇者殿。
中央塔、天塔、地塔がある」
背後を歩くジェラルドが補足する。
魔導都市国家。
とても不思議な響きだとセナは思った。
魔法士がいる塔だなんて、聞いているだけでもワクワクしてしまう。
「ふふ、うちの地塔にもぜひ来てほしいわ」
「地下壕の間違いだろ。改名しろよ」
アデラインが微笑むとペロが突っ込んだ。
「魔法士の塔は、それぞれ癖がありますから…。
特にルコント導師の地塔は、階段を上がっているかと思えば下がっていますし、歩いてるのに進まなかったり…」
斜め後ろを歩くフィアが苦笑しながら言った。
「挙句、ドアを開ける度に違う場所に出る上に、
草木がそこら中に生えて花が歌い、噂話で盛り上がる。煩くて敵わない」
そして、ジェラルドがトドメを刺す。
アデラインの口元がひくひくしているが、なんとか表情を取り繕おうとしているらしい。表情は笑顔だ。
「あらぁ…。魅力が伝わらなくて残念だわ。
無愛想な鎧が歩き回ったり、ちょっと時間を過ぎたり、マナの流れが乱れれば扉が開かなかったり?
歯車の音が煩いし、壁が突然に動き出して人を放り出す。
どっかの天塔より断然うちの地塔の方が良いと思うけれど?」
「我が天塔は来る者を選ぶ」
アデラインの反撃を、ジェラルドがピシャリと打ち返した。
アデラインの目元がピクピクしている。
「テーマパークのアトラクションみたい。すっごく楽しそうですね」
セナはクスクス笑った。
花が歌って噂話をする上に、鎧や壁が動くなんて!最高に楽しそうだ。
「んな可愛いもんじゃないぞ。魔法士の塔だぞ? 迷路に決まって――」
「我が塔の魅力が分かるなんて、流石、勇者様ね。間違いなく楽しめるわよ」
ペロが右手をパタパタと横に振ったが、
アデラインが言葉を遮り、満足そうに頷いた。
「勇者殿。貴女の気遣いは立派だが、魔法士に世辞は通じない。
答えに窮する場合は黙するに限る」
ジェラルドは心配そうに溜息をついて、セナを見下ろす。
セナはジェラルドの忠告に、またおかしくなってクスクス笑った。
それに、0.01%も思っていないことを口にするのは難しい。
「本心ですよ。花が歌って鎧が歩き回るなんて、最高ですね」
「…そう、か。では、我が天塔も勇者殿の興味があれば案内しよう」
ジェラルドが、ふと口元を軽く緩めて言った。
これまで表情筋一つ動かなかったので、セナは少し驚きつつも笑顔で頷く。
最初、ジェラルドは冷たくて良い印象はなかったけれど、悪い人ではなさそうだ。
話が落ち着いた頃、ちょうど広い廊下に出た。
セナは、その廊下の壁に何かが刻まれているのを見つける。
割れた石板を繋ぎ合わせて壁に埋め込んでいるようだ。
一瞬、その石板は知らない奇妙な模様が刻まれているように見えた。
でも、よく見ると日本語で書かれている。
ヒビが入った石板には、こう書かれている。
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北の同盟者は門を守る
我らは知恵を紡ぎて継承す
すべてが絶える、その時まで
この盟約は、違えてはならない
天が消え、地が崩れようとも
環の巡りが途絶えるその時まで
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セナは一度目を擦った。
すると、また奇妙な模様が現れて、ぼんやりと日本語に戻っていく。
とてつもなく奇妙だ!
「こちらは、このルミア王国の建国前からある千年石板です」
第四王女レジーヌが柔らかな愛らしい声で言った。
もしかしたら、セナが気になって見ていると思ったのかもしれない。
「あら、キロン暦以前からあるのですか?」
アデラインが興味深そうに振り返ると、
第四王女レジーヌは石板の話を続けようとした。
「勇者様、精霊様」
今度は前方から声がした。
男性の声だったけれど、聞き覚えのある声ではない。
セナが再び前に向くと、
カイゼル髭の黒い長衣を着た男が息を切らしていた。
「精霊様のご所望の品の準備が整いました」
「おお、ご苦労!んじゃ、庭に行くぞ! 鍋と竈も用意しろ!」
ペロが声を弾ませる。
鍋に竈。それに朝食の席では、銀や銅を宰相に要求していた。
一体、今度はなにをやらかすんだろう。
セナはまたペロに少しハラハラしなければならなかった。




