02-7:持ち札は惜しみなく
幾つかの角を曲がって階段を降りると、大きな両開き扉の前にやってきた。
控えていた使用人が、木製の装飾扉を開く。
セナは少しドキドキしながら、扉の向こうを見つめた。
なにせ、国王と食事なんて初めてだ。
食堂と思わしき部屋の長テーブルには、
昨夜、謁見の間にいた全員が勢揃いして座っていた。
セナが部屋に入ると、ガタガタと椅子が引く音が響き、
国王と、黒髪少女フィア以外の全員が立ち上がる。
セナはギョッとした。
侍従と思わしき男が座れと言うように、右列の真ん中の椅子を引く。
フィアと貧弱サンタなウォルター老の間だ。
その席の向かいには国王がいて、
昨夜と同じ並びで王子と王女たち、それから3人の重臣がいる。
「飯だ!」
ペロが席に飛んで行き、テーブルの上に遠慮なくペタンと座った。
セナはまるで、重役会議に一番下っ端が遅れてくるような気まずさを感じる羽目になった。
だけど、謙虚さは考えろと言われたばかりだ。
セナは背筋をピンと伸ばした。
気後れを顔に出さずに国王の向かいに堂々と座る。
きっと本物の『勇者』ならば、そうする。
立っていた全員が、再び椅子をガタガタ音を鳴らして着席した。
余裕のある『勇者』になりきりたいのに、目の前に並ぶ料理の匂いを感じる余裕すら、今のセナにはないかもしれない。
音が落ち着いたところで、国王が朗らかに笑う。
「勇者殿。昨夜はよく眠れたか?」
接待だ。
セナは目に力を入れて、国王の濃い赤みがかかった黄色の目を見つめて微笑む。
「はい。素晴らしい部屋をありがとうございました」
「そうか! では、勇者殿の部屋として永劫空けておこう。
伝説のフィブラリスが賞賛した部屋だと箔がつく」
ハッハッハと気分よく笑っている国王に、
セナも、にこにこと嬉しそうに見える笑みを張り付ける。
愛嬌は、自分よりも強いものを斃す柔らかい武器だと、漱石先生は言っていた。
セナはこの武器をわりとよく抜く。
「ありがとうございます、国王陛下。
素晴らしい部屋を空室にするなど、もったいないことです。
滞在中、お心遣いに感謝してお借りします」
よく寝たおかげか、戦闘服のおかげか、絶好調に舌が回る。
丁寧さをコーティングしたが、言ってる事は「やめて。でも、部屋を使わせてくれて超ありがとう」だ。
「なぁ、腹減った。食っていいか?」
ペロが炙った薄切り肉に手を伸ばして言った。
どうやらこの白いモフモフもお腹が減るらしい。
「ああ、確かにそうだ、精霊ペロ。…環の巡りに。みなも楽しんでくれ」
「「「「環の巡りに」」」」
国王が言い終わり、全員が唱和すると食事が始まった。
「いただきます」のようなものだろうか。
セナも小声で、「カンの巡りに」と呟き、内心で故郷の挨拶を済ませる。
長テーブルには白いテーブルクロスが敷かれ、燭台が飾られている。
朝食は白パンに、野菜スープ、ゆで卵と炙り肉。
チーズ、それからフルーツらしきものが並んでいた。
「口に合うか、勇者殿」
国王が興味津々と言った眼差しで尋ねてくる。
セナは白パンを飲み込みながら頷く。
「はい、パンがとくに。しっとりした口当たりでとても美味しいです」
甘みはなく、ベーカリーで売っているハード系のパンだった。
スープは大豆と根菜が多く、素材そのものの味が口に広がる。
とっても身体に良さそうで、満腹感が得られる食事だ。
ペロが手元のパンを食べ終えると、思い出したように顔を上げた。
王の右隣に座る宰相に向かって声を上げる。
「オッサン! マナ石2つと銀、銅、鉄、木板、石英をくれ!」
ボルドーの髪に鷲鼻の宰相は、怪訝な顔をした。
セナも突然のペロの要求に戸惑いつつも、
口を挟んでいいか分からず、ゆで卵の殻を剥き続ける。
「マナ石を2つも? それは何に使用するのかお聞きしても?」
宰相の問いに、ペロが得意げに言い放つ。
「ンー、魔道具だ! お前らに言っても分からんだろ」
「……すぐにご用意しよう」
宰相が諦めた様子で頷くと、
国王がセナに再び話しかけて来た。
「ところで勇者殿。あなたは天からの道を通って、地に降り立ったのだろう?
天とは如何なるところだろうか?」
見るからにワクワクと期待に目を輝かせる国王に、
セナは口の中の卵を飲み込んだ。
これは否定しない方がいいのだろうか?
「…住んでいたところは、高い建築物が多く、夜でも光に溢れた場所です」
おお!と、王だけでなく、フィアやウォルター老からも驚きと好奇の声が上がった。
あとは想像にお任せしたい。
セナは、もう質問されたくなくてパンを口に突っ込む。
けれど、王は空気なんて読まないのか、どんどんセナに質問してきた。
普段は何してるか、何を食べてるか、好きなことは?
三問目からは同様の質問を王に返し、それからはセナのターンだった。
今、王は自身の事を喋り続けている。
「あの時、私の矢が見事にその鹿に命中したのだ!」
「えぇ!? その足の速い鹿にですか?」
「ああ!奴は、弟にも仕留められなかった!角が私の部屋に飾ってある」
セナは目を見開き、少しオーバー気味に反応する。
「それで、それで!?」と笑顔でウンウン話を聞いている方が食事は進むし、相手は機嫌がとても良くなる。
「陛下、そろそろお時間です」
国王の「狩猟武勇伝」がひと段落すると、宰相が言った。
「もうか? 時が経つのは早いものだな」
惜しむような声で言うが、国王の顔は満足げだ。
おかげでセナは、張り付けた笑顔が数秒もすれば剥がれ落ちてしまいそうだった。
愛嬌は何度でも気軽に使えるが、使用後は心が削られる。
「勇者殿、今後については準備のため、今しばらく時間をいただきたい」
宰相が、ボルドーの髪に白いものが混ざる頭を軽く下げて言った。
急に緩んだ場が締まる。
有無を言わせぬ圧に、セナは頷いた。
「あ、ハイ」
鷲鼻に、吊り上がった眉。
宰相の目は、『眼光がヤバい』第一王子イーサンとはまた違った鋭さがあった。
よくペロは、オッサン呼びができたものだ。
けれど確かに、その銀装飾を剥ぎ取って普通の洋服を着せれば、「ただのオジサン」に見えるかもしれない。
そういえば、ぜんぜんペロが喋っていない。
横目で見ると、ペロは肉にかぶりついてガツガツと夢中で食べていた。
「しかし、ラッセルよ。大事な客人だ。
勇者殿と星霊は、王である私自ら城の案内をすべきだろう」
胸を張る国王に、その左隣に座る第一王子イーサンが言う。
「陛下、第三王女と第四王女に城の案内をさせては?」
「王女らにか? しかし」
「陛下、協議事項が多ございます」
宰相が畳みかけた。
手間のかかるお気楽王に、世話役の王子、お目付役の宰相といった関係だろうか。
王が何か言いた気にチラリとセナに目線を向けたので、
セナは仕方なく再びニコニコと笑顔を張り付けた。
「国王陛下。このような席を設けていただき、ありがとうございました。
お忙しく、万民の父たる陛下と貴重なお時間をご一緒できて大変光栄でした」
尊敬!という文字を目に込めて、「ありがと~、さようなら~。お仕事ファイト、王様!」という言葉を飾り立てる。
ぶっちゃけ、国王の相手をするのは面倒だった。
「うむ。残念だが仕方あるまい。
カーラ、レジーヌ。お前たちが案内してさしあげよ」
世辞なんて聞き慣れているはずなのに、
伝説らしき存在のおべっかに王は気を良くしたらしい。あっさりと意見を変えた。
「承りました」
「はい、お父様!」
右端に座った清楚な王女と、隣の活発そうな王女がそれぞれ返事をし、
次々と王族と重臣がセナに軽く一礼して席を立っていく。
「勇者殿、私もゼラートに戻ります」
次の声主は、ウォルター老であった。
セナが驚いて目を開くと、サンタ老爺は「ふぉふぉふぉ」と笑う。
メリークリスマス!と今にも続きそうだが、掠りもしなかった。
「我が弟子を旅に随行させますので、呼びに戻らねば。
それに導師すべてが国を空けるのも、そろそろ大事になりそうですからなぁ」
「……そう、ですか」
セナは頷く。
アデラインも帰ってしまうのかと思うと、少しだけ心細く感じた。
「ふぉふぉ。ジェラルドとアデラインは弟子が到着するまで御身の護衛で残ります。ご安心くだされ」
セナの内心など見透かすようにウォルター老が優しく言い、
セナは少しだけ恥ずかしくなった。




