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02-6:初めての異界の朝



 ゆっくりと意識が浮上し、セナは目を覚ました。―――何時だろう。

つい習慣で、右手でスマホを探してしまう。


けれど、ここが自分の部屋ではないことに気づいて身体を起こした。



小さな窓からは僅かに光が差し込んでいて、一日の始まりを告げていた。

セナは立ち上がって靴を履き、波打つガラス窓の前に向かう。



ガラスのサイズは、A4くらいかもしれない。

大小の気泡や筋があって、外を見ると少し揺らいで見えた。



下には、城下町が広がり、小さな家の屋根がひしめいている。

空を見上げれば、灰色がかった薄い青紫のような色が広がっていた。

弱く光を放つ太陽は高い位置にあり、その隣には月が見えた。



 (……太陽も月も昨日と位置が変わってない…?)



 セナは目を凝らした。

変わっているのは明るさだけかもしれない。


しばらく空に浮かぶ二つの並んだ球を見ていると、

何か青く長い尻尾のようなものが雲間から一瞬見えた気がした。


次の瞬間には、もう青い尻尾はなく白い雲がただ流れているだけだ。

セナの見間違いかもしれない。


それからすぐに四羽の緑色の小鳥が一列になって、飛んでいくのが見えた。



セナは窓から離れて振り返る。

話をしたかったけれど、ペロはまだ眠っている。

掛け布団の上で大の字になり、気持ちよさそうにスピスピ鼻息を立てていた。



 (……顔を洗って着替えたいけど…)



 まるで友達の家に来たみたいだ。

セナは扉を開けて少しだけ顔を出した。




 「おはようございます」

 突然に声が降ってきたせいで、肩がビクッと飛び跳ねる。



恐る恐る顔を声の方に向けると、

昨夜、化粧品を持って来てくれた女性が立っていた。


その後ろに2人、それぞれ桶と服を持った女性が並んでいる。

城の女官なのかもしれない。



 「おはようございます」

 セナも軽く頭を下げて挨拶を返す。



 「身支度の準備が整いましたので、お持ちいたしました」

 「……ありがとうございます」



 すまし顔の女性らが静かにテキバキと部屋に入ってきて、

水を張った桶をテーブルに置いた。

洗顔用だろうか?


セナは、人に見られながら洗顔するのは初めてだった。

水飛沫が飛ばないよう、セナは慎重に顔を洗う羽目になる。



 「では、お召し物を」

 手を差し出されて、セナは微笑んで一歩後退る。



 「ありがとうございます。あとは自分で」

 「かしこまりました。何かありましたら、お呼びください」



 一礼して部屋を出て、彼女たちは衣服を何枚か椅子に置いて出て行った。

扉が閉まるのを見てから、セナは長い息を吐き出す。




 置かれた衣服は、白く丈の長い長袖シャツ1枚。

足首まで隠れるほど長いワンピース風のもの3枚(どれも華やかな刺繍がある!)。

それから装飾ベルトのようなものだった。



セナは長袖シャツを着て、ピンク、黄色、緑色の中から、

緑色のワンピース風ドレスを選んで頭から被る。



 「……悪くはない、かも?」


 少し重いが、柔らかな素材で着心地は良い。

しかも金糸で細かい草花のような刺繍がされていて、貴人の衣装のようだ。


セナは身体を左右にひねり、スカートが広がるのを少しだけ楽しむ。




 「ふぁああ、よく寝た…。なんだ、もう起きたのか?

休みの日は昼近くまで寝てんだろ」



 ペロが起きたようだ。欠伸をしながらベッドに立って言った。

セナは身体をひねるのをピタリとやめる。



 「この状況で、のんびり寝られると思う?」


 夢を見ることもなく爆睡したわけだが、

セナはそれを棚に上げて眉を寄せてペロの方に視線を向けた。



ペロは宙に浮き、こちらへ飛んで来ると、

セナの周りを一周してケラケラ笑う。



 「馬子にも衣裳だな!」

 「ホント。汚さないか心配よ」



 セナはスカートの裾に目を落とすと、

ペロが椅子にかけてある装飾ベルトを手にとって渡してくれた。



 「ほれ」


 「ありがと。…そういや、ペロ。昨日から聞きたかったんだけど、

みんな『フィブラリス』って呼んでくるの、あれ何なの?」



 セナが金の装飾ベルトを腰の位置で調整しながら、ペロに問うた。

ペロは顎に手を置き、首を傾げる。



 「ンー…、確か古い石碑や教典やらに、マナ異常から世を救う者として書かれてたかもな? 神の使いみたいに扱ってるとこも多いぞ」


 セナは顔を引き攣らせた。



 「そんなの困る!」


 マナ異常を直すやり方も知らないどころか、

なんの力もないセナに対してハードルを上げすぎだ。



 「何がだよ? そういや、セナ。

お前、謙遜したり、名前で呼ぶようにアデラインに言ってたな。

ゼラート魔導都市国家のアイツらは弁えてるからいいが、今後は考えて言うんだぞ」



 急に語気を強めるペロに、セナは首を傾げる。



 「どういう意味よ」


 「ここは、お前の故郷じゃない。

地球の法やモラルは身を守らないし、平等なんて概念はないに等しい。

『フィブラリス』という呼称は伝説級に強すぎて危険な面もあるが、『マナの正常化ができる救世の勇者』は、権力も武力も通用しない、お前を守る最強のカードだ」



 ペロの薄紫色の目は、珍しく真剣だった。

話は続く。



「けど、お前が否定すりゃ、おバカどもが侮ったり、利用しようとする。

持ち上げられるのは気味悪いだろうが、平等精神や謙虚さを見せる相手は選べってことだ!」



 「……それは、分かる。ただ、その…。彼らのために来たわけじゃないけど、

期待されて、無能だって分かってガッカリされたくない」



 期待外れになるなんて嫌だ。

セナが肩を竦めると、ペロがケラケラ明るく笑った。



 「安心しろよ!そうなりゃアイツらがガッカリする前に、元の世界に帰還だ!」


 「……というか、二人でコッソリ行けないの?」



 セナは最も良いアイディアを思いつく。

それなのに、ペロはやれやれと呆れた顔で首を横に振った。



 「お前、魔物の相手はどうすんだ?

それに無銭飲食と宿泊。……強盗でもする気かよ。

ん…? 強盗勇者!? やるか!? 新たな歴史が生まれそうだな!」



 目をキラキラさせて『強盗勇者』を描くペロに、

セナは眉根を寄せて顔を歪ませた。

まったくもって、そういうことじゃない!



 「却下!」

 「なんだと? 登場BGMも思いついたのに!」



 言って、ペロがフンフンまた鼻歌を歌い始めた。

ものすごく明るくポップな曲調だった。

むしろ魔法少女が出てきそうで、強盗は回れ右したくなるに違いない。



セナは、たまに音が外れるペロの鼻歌を聞きながら、

二人行動を諦めて部屋の扉を開く。


すると、扉の横で控えていた女官が、セナの方へ向き、軽く頭を下げた。




 「勇者様。国王陛下が朝食の席をご一緒したいとお待ちです」




セナは「げーっ!」と言う内心はおくびにも出さず、ニコニコして礼を言う。

朝からお偉いさんと会食なんて、面倒以外のなにものでもない。












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