第八話
ショーは午後から。ランチを済ませたくらいの時間からお客様が集まり始めて、テイラー氏の別荘にはまた車の列ができていた。
窓から外を窺うと有名な舞台女優さんとか、歌手とか、見知った顔がちらほら見える。
みんなドレスアップしていて、きらきらしたスパンコール付きの背中がぱっくり開いたドレスとか、鍔広の帽子とかを被っている。男性陣の姿もある。いかにもお高そうなスーツやタキシードを纏った壮年の紳士や、女優のツバメ? の若者とか。みんな一様に高揚した感じで、知り合いに出会うたびに立ち止まって握手したり談笑したりしている。
今日のショーはセレブの社交場でもあるみたいだ。
僕はすぐに呼び出されて窓辺から離れる。メイクが終わったモデルさんたちがばたばたと着替える合間を縫って鏡台に座る。控室は大入り満員、それでなくても場所を取るドレスの着替えにモデルさんたちは大わらわだ。着替えを手伝うお針子さんがちょこちょことモデルさんの間を通り抜ける。専門家にメイクしてもらった僕は、濃いアイメイクや口紅を引かれて、なんだか宇宙人みたいな顔をしていた。
午後3時、ショーが開始する。ボサノバのレコードに合わせてウォーキング。詰めかけたセレブ達はみんなお行儀よく座して、歩く僕たちを興味深そうに眺めている。
時折歓声やため息が漏れるのは、ドレスの出来に対する賞賛だろうか。それともモデルさんへの? 乳首丸見えのドレスをお針子さんに着付けてもらいながら僕はふうと息を吐く。言われた通りに僕は歩けばいい、まっすぐよそ見せずに歩いて、お客様の前でくるりとターンして、それでまた控室に戻ってくればいい。
なんのパフォーマンスもする必要ないってのは楽でいいけど、ただの鑑賞物として振舞うのはお人形さんになったみたいで居心地は悪い。
ああ会場にピアノがあったらなア! BGMとか、全然僕が演奏してあげるんだけど!
そうこうするうち出番がきて、僕は長い廊下をモデルさんたちとすれ違いながら会場に向かう。窓辺から鮮やかな陽光が差す中を、僕は背筋を正して歩く。なんだか眩しくて、お客さんの姿は碌に目に入らない。ヒールのある靴のおかげでモデルさんのうちでは一番ってくらいデカい女装男のウォーキングだ。失笑の嵐になるかなって思ってたけどそんなこともなくて、拍子抜けした僕はくるりとターンして控室に戻った。
オービットさんの衣装のおかげか、メイクのおかげか、僕は特に異分子として嘲笑されることもなく何度も舞台に上がって、そのたびに少しほっとして、数十分後、無事に務めを終えられた。
ショーの後、モデルさんには1時間の休憩があって、それからまたドレスアップして広間のパーティーに参加する。
この際の衣装もオービットさんの手作りみたいで、ショーの後で僕の部屋に届けられた。
白の燕尾服っぽい仕立てで、背中にリボンがついているフェミニンな印象のものだ。シャツの上には腰を覆うような白のコルセットがセットでついている。
下に着るシャツとかチョーカー(いずれも白)とか、あとは靴とかも準備されていて、至れり尽くせりだ。
セデュにもらった黒の燕尾服を一応持ってきてはいたけど、オービットさんへの感謝も込めて、今日はこっちの衣装にしようと決めて、僕ががばりとバスローブを脱ぎ捨てる。誰も見ていないもんだから、ショーの後シャワーを浴びてからずっとバスローブ一枚でいたのだ。セデュがいたらだらしないって叱られるところだけど、今日はあいつはいないもんね。
ショーが終わった直後に高揚状態のままセデュのホテルに電話したけど、やっぱりあいつは出なかった。
家族会議がよっぱど長引いちゃってるのかもしれない。
「リーヴェさん! こっちこっち!」
オレンジのロングドレスを着たリアがむき出しの腕をぶんぶん振る。元・ショーガールらしい敏捷な身ごなしだ。マチウと連れ立って階上に来た僕は彼に断ってからリアの元に向かう。
琥珀色のシャンパンを煽ったリアはウエイターの盆に空のグラスを置いてから両手でふたつのグラスを取り、ひとつを僕に渡した。
「さっきから、セレブの連中のつまんない自慢話ばっかり聞いてウンザリしてたんすよお。リ―ヴェさん、アタシと飲み比べ対決とかしません?」
「えーどうしようかな、僕お酒は好きだけど、勝負できるほど強くはないんだよね…」
「アタシもっすよ! じゃあおあいこじゃないっすか!」
リアは大声でけたけた笑い、周囲のセレブたちから白い目で見られる。
元ショーガールであり元娼婦のリアは、今までもこうやってご立派なお歴々に見下されてきたんだろう。なんだか親近感が湧いてきて、僕はグラスに口を付ける。
よく冷えたシャンパンは月の浮かんだ湖みたいにすっきりとして甘やかだった。
シャンデリアの煌めきに女優さんやモデルさんのドレスのスパンコールがきらきら反射する。会場は煌々としているけれど、窓の外には夜の闇が忍び込み始めている。もう何時間くらい経ったのだろう。ドレスアップした歌手が歌っている。イタリア語だ。ドラマチックで未練たらしい、失恋した男の歌――
会場の隅の、マントルピースの隣、港を描いた風景画の傍でぼんやり杯を傾けていると、マチウが僕に近づいてくる。
「ムッシュ・リーヴェ、そのあたりにしておかれては…」
「ん、そおだねえ…」
「えー! まあだまあだ飲み足りないっすよー! 飲みましょうよお、リーヴェさあん」
すっかり出来上がったリアが僕の隣で絶叫する、顔だけでなくノースリーブからむき出しになった腕まで真っ赤だ。そろそろホントにヤバいかもしれない。この辺でやめとかないと、僕もリアも、記憶をなくして潰れる寸前ってやつかもだ。
もぞもぞ手袋を外すと手の甲も真っ赤になっていて、僕はそれを自分の頬にあてた。
あったかい。
「ムッシュ・テイラーとオービット氏にご挨拶して部屋に引き上げましょう。歩けますか?」
「んん。だいじょーぶ」
「リーヴェさん負けを認めるんすか!? どんなに高い壁でもお、立ち向かわないと駄目じゃないっすか! アタシはまだまだいけますよお!」
「リアもさ、そろそろろれつがあやしくなってきてるよ…」
「えー? んなこと…」
上機嫌で杯を煽ったリアがぴたりと静止する。マチウと僕が見つめる中でみるみる青褪めたリアはばっと口元を抑えて、呻いた。
「ぎもぢわるいっす」
「え、だめだよ、ここで吐いたら! トイレ行こトイレ!」
「ずまねえっす…」
「わわ、私は水をもらってきますねえ!」
ばたばたとマチウが駆け去り、僕はセレブの軽蔑の眼差しに耐えつつリアを抱えて広間を出た。
トイレは廊下のつきあたりだ。燭台のオレンジの灯りで照らされた長い廊下を僕はリアの背を撫でながら進む。いくつも扉があるのは、滞在客用の部屋なのだろうか。資本家の豪邸なだけあって、部屋の数は数えきれないくらいだ。…まあでも、セデュのお屋敷も似たようなもんか。すっかり住み慣れたから、何がどこにあるとか把握できてるってだけで…。
「ごめんなさい、リーヴェさん」
「え?」
ぽつりとリアが零したと思ったら、僕はどんと背を押されていた。




