第六話
話し合いは客間で行われる。正面に座った父を中心にしてぐるりと配置されたソファ、肘掛け椅子に祖父の弟たち、つづいて叔父たち、その息子たちが掛ける。
彼らは嘲笑を口元に浮かべて、扉の前に立つ私をじろじろと睨み回している。
「まず君の弁明を聞こうじゃないか。今度のスキャンダルのことだ。随分なことを書かれていたようだが、どこまでが真実だったのかな?」
執事が一同にワインを注いで回った後、父が口を開く。
下戸である父の前のグラスには透明な水が揺れている。
私はその水を睨みながら声を発する。…
「ハリウッド女優との熱愛に関しては、全くのでたらめです。妻がいる間から不倫関係にあったというのも、事実無根です。おそらくは話題作りのために捏造されたのでしょう」
「そう思われるような隙が君にあったということではないのかね。まったく、俳優なんて下賤な仕事をやっているからこんな目に遭うのだ。だから私は反対したのだ。レヴォネの名を汚すような仕事に従事するなど…」
祖父の弟が苦言を呈し、同調するような笑いが叔父たちの口元に浮かぶ。
「オスカーも息子を自由にさせすぎではないか。放任主義はいいが、我々に累が及ぶようなことは御免被る」
「レヴォネの名に相応しくない仕事など金輪際やめさせてはどうか。このままその仕事をつづけていればまた同じようなことが起こるのではないか」
「次期当主にはどう考えても相応しくないよねえ、結婚しない、子供もいないじゃ、レヴォネの家を断絶しようとでもしてるみたいだ」
叔父たちにつづいて、従兄弟のミシェル――28歳にして、既に3児の父である――が口を出す。がやがやと紛糾する会議を収めるように父が言う。
「どうか静粛に。跡継ぎの問題は、今日の本題ではないよ。それで、セディー、ハリウッド女優との件はわかったが、例の赤毛のハウスメイドとの間はどうなっているのかな?」
「メイドに手を出すなど当たり前のことだろう、わざわざ話題にする価値もない」
「メイド相手に本気になっていたなら、そうも言っていられませんよ、父さん。もしかしたらそのメイドがレヴォネ家の後継ぎを産むことになるかも」
「端女が当主の妻になるなど、前代未聞だ。下賤の血をレヴォネに入れてはならない!」
叔父、従兄弟、祖父の弟がそれぞれ勝手なことを喚いて私を注視する。
父と交わした言葉が私の脳裏に蘇る。ルーの話題をここで出しても、彼らには理解されない。親族としての縁が切れるなら私としては願ったりだが、狭量な彼らがルーに対して攻撃を仕掛けないとも限らない。同性愛は精神疾患だとまで、彼らは考えているだろう。
…秘めておくしかないのだ。ルーを守るためには。私たちの関係を、続けるためには。…
「私は、ハウスメイドを愛したことはありません。妻に迎える気もありません」
父の目を見て告げる。父は満足そうに、組み合わせた指の向こうで微笑んでいた。
「オービットさんのパトロンの、テイラーさんの、ことなんだけど…」
ノルマンディーにあるテイラー氏の別荘に向かう車中、僕はマチウに伝えることにする。もちろん詳細は省いて、過去にちょっと厄介な関係にあったっていうことだけ。
マチウは難しい顔で僕を見て、「なるほど」と呟いた。
「では貴方は、テイラー氏とは以前に関わりがあったと」
「ほんの一瞬だけだけどね。それで、僕が彼を怒らせちゃって…」
「しかし今回の件で、テイラー氏から苦情などはありませんでしたし…水に流してもらえたということでは?」
「そうかなあ…そうだといいけど…」
「不安なら、貴方は一人にならない方が良いでしょうね。私も目を光らせておきますが…舞台裏までは、なかなか目の届かないこともございますし」
「…うん。わかった。…それは、大丈夫だと思う。友達もできたし…」
「それはなにより」
マチウは頷いて前を見る。セラノの運転する車は褪せた緑のオリーブ畑の脇をがたがた揺れながら走っていた。
ノルマンディー地方の、ルーアン郊外にあるテイラー氏の別荘は、壮麗なバロック様式のファサードのある、宮殿風の建物だった。セラノと別れ、マチウと共に屋敷に入るとお仕着せを着た執事が迎え入れる。
玄関ホール正面にばかでかい肖像画があって、それはテイラー氏本人が勲章付けた軍服を着こんだもので、足元には真っ白なピレネー犬が控えている。
屋敷の主人のナルシシズムに若干引いていると当の主人とともにオービットさんが僕らを迎える。
「ようこそ、リーヴェちゃん。貴方のお部屋も準備してありますからね、当然マネージャーさんのお部屋もね。ご案内するわ、こっちよ…」
「まだ私の挨拶が終わっていないよ。まったく君はせっかちで困るね。…初めまして、ムッシュ・リーヴェ。噂はオービットから聞いていたよ。お会いできて光栄だ」
「…あ、は、はじめ、まして…」
大きな掌を差しだされ、おずおずとそれを握るともう片方の手でポンポンと宥めるように叩かれる。
…どうやら昔のことは、彼は忘れているみたいだ。
ポマードで撫でつけられた黒髪と口髭、煙草とスパイスみたいな香水の匂い。11年前に僕を抱き寄せた掌はあの時と同じように少し汗ばんでいて、それに引っかかるものを覚えつつ、僕はにこりと愛想笑いする。
忘れているなら好都合。僕も知らないふりをつづければいい。仕事をする上では、そのほうがずっとやりやすい。
「よろしく、お願いします。モデル仕事は初めてなので、迷惑かけるかもしれないけど…」
「先刻承知の上さ。そんなことは君は気にしないでいい。君らしく、快活に、奔放に、舞台に立ちたまえ。皆それを望んでいる」
握手をやっと解かれたと思ったら、テイラー氏の掌は僕の背を撫でるように触れる。
悪寒が背筋を駆け抜けるけど僕は引き攣った笑顔を貼り付けたままでお礼を言って、オービットさんに伴われて自分に宛がわれた部屋に向かった。
僕の後には、テイラー氏に完全に無視されたみたいな形になったマチウがつづく。
「…テイラー氏は、貴方のことを覚えておられないようでしたね」
顰めた声で囁かれ、僕は頷く。
「よかった、のかな。これで憂いなく、仕事に専念できそう、だし」
「なになに? 内緒話? ずるいわあ、私も混ぜて!」
陽気なオービットさんに突つかれて僕は今度こそ、解放されたみたいに、声を上げて笑った。




