第五話
母は私室でいつものように大仰に私を迎え、私が妻を娶る気のないこと――ひいては、世継ぎを作る気のないこと――を責めてから話題をルーのことに移す。
「あの子は、連れてこなかったのね。良い判断ですわ。レヴォネ家の土を、汚らわしい出自の子に踏んでほしくはないものね」
「何度も言っていますが、ルーは男娼ではありません。私の伴侶です」
「親戚一同に堂々と紹介もできないようなあの子が? セディー、一度冷静になってご覧なさいな。このまま世継ぎも作らず、貴方はレヴォネの家をどうやって存続させていく気なの? 当主の嫡子である貴方がそんなことでどうするの。貴方には責任があるのですからね、由緒あるレヴォネの家を繫栄させる責任が――」
「次期当主の座は従兄弟殿にでも譲ってくださって結構です。私に妻は要りません。子供を作る気もありません」
「強情な子ね。お父様に似たのかしら? 情熱的なところもそっくり。…ああ、貴方へのお見合いのお話は今でも、引きも切らず寄せられているのよ。すべてお父様がお断りになっているけれど…お父様もどうして貴方の我儘をお許しになっているのかしら。一時の感情が、家の存続よりも大切だとでもいうの? わからないわ…」
「明日の会議には時間通りに出席いたします。それでは失礼します」
母の嘆きに取り合わず、私は家を出る。…やはりルーを同行しなかったことは正解だった。レヴォネ家の人間たちはルーを認めず、あいつを侮辱し、迫害するだけだろう。あいつが無駄に傷つくことはない。無知蒙昧な人間たちの罵詈雑言など耳にする価値もない。
会議が終わったらすぐにルーの元へ駆けつけよう。あいつの新しい仕事を見届けたい。たとえ音楽に関わりのないことでも、あいつの自信に繋がるのならそれは喜ばしいことだ。
ベルクール広場付近のホテル付属のレストランで夕食を摂り、部屋に戻ってからルーに電話する。数時間ぶりに聞くルーの声は、少し、疲れているようだった。
「…具合が悪いのか。熱は測ったか?」
『んーん。だいじょうぶだよ、音楽室にいたんだ。ずっとピアノ弾いてた…』
「それは、ぜひ聴きたかったな」
『じゃあ、音楽室にも電話引いてよ。そしたら離れてても、聞こえるでしょう…』
電話越しのルーの声は普段よりあどけなく、甘えるように響く。耳がこそばゆくなりながら私は受話器を持ち直す。
「そうだな。…お前は、変わりないか」
『つい5時間前に離れたばっかりだろ。心配性だなア』
「心配だよ。お前と離れていると、不安なんだ、いつでも…」
『ぼくがバカなことをしでかすんじゃないかって?」
「お前が悪いことに巻き込まれるかもしれないから」
『……。だいじょうぶ、安心していいよ。みんなもいるし』
「ひとりにはなるなよ。それから、夜は腹を出して寝るな。朝晩冷え込むようになってきたから、きちんと風呂に入って、温まってから寝るように。それから――」
『わーかってるって。きみはぼくの母さんなのかい?』
「……」
『あ、母さんはぼくにえっちなことしないかー。ぼくの母さんはそんなどすけべじゃないもんなー』
「……ルー、」
『怒った? へへーん、電話越しならカミナリ落とされてもこわくないぞー。叱られたってへっちゃらだぞう』
「愛してるよ」
『……。……ちょっと、反則じゃない? いきなりそれは…』
「おまえは?」
『あー、うー、うん。まあ、その、なに? …知ってるだろ?』
「おまえの声で聞きたい」
ヒュウと息を吸い込む音のあと、ゆっくりと息を吐き出す音がする。
『…あい、してるよ。ぼくも…』
「うん」
『もー電話で何やってんだろ! バカップルじゃないかーもー!』
「そうだな」
『もっとさあ、テレホンセックス? みたいなさ、えっちなこととかしようと思ってたのになア!』
「……。それは、」
『まーいっか。それは明日以降のお愉しみってことで』
「…やるのか…」
『やらない?』
「……いや、」
『えっへへ、やっぱりどすけべだなアーセデュは! あ、明後日はぼくもノルマンディーに発つから、こっちから連絡するね。モデル仕事なんて初めてだから、緊張するー』
「おまえなら大丈夫だよ」
『…ん。ありがと。だいすきだよ、セデュ』
電話口にキスする音がして、照れたようなルーの笑い声がつづく。
こちらもキスを返して、再び愛を囁く。
私たちはとりとめのない話ばかりしながら、ティーンのように、何時間も受話器を置くことができなかった。
シャツに袖を通し、ボタンを留める。銀鼠色のネクタイを締めると気持ちも引き締まる。ストライプのある鈍色のスーツを羽織り、前のボタンを留めて靴を履き替える。手首にコロンを軽く吹き掛けてから腕時計をして、部屋の鍵と財布をポケットに入れる。
ホテル付レストランで軽い朝食を摂ってから車を呼び郊外にある屋敷へ向かう。
広大な庭をぐるりと迂回して車止めに向かえば、既に幾台もの車がそこには停まり、主を吐き出しているところだった。
叔父とその息子たち、前当主であった祖父の弟にあたる人たちも来ている。いずれも厳格で旧弊で保守的で、私の仕事に反対してきた者たちだ。
話し合いは穏やかには進まないだろう。憂鬱な予感に胸を曇らせながら、私は車を降りた。




