第三話
ひとしきり着替えを終えて、オービットさんのオーケーが出て、やっと僕は私服に戻る。
なんだか無駄に疲れた気がする。今日はこのまま直帰しよう。はやくセデュに会いたいや…。
肩を落としてシャツのボタンを留めている僕に、ひょっこり近づく影がひとつ。モデルの女の子だ。オレンジ色のボブカットに、赤い縁の眼鏡をかけている。白い肌にソバカスが目立つ。身長は、170くらい。飄々とした雰囲気の女の子である。
「お疲れ様っしたア。タイヘンだったんじゃありません? モデルはみーんなプライド高いからア。新人さんっすよね?」
「…君も、お疲れ様。えーと…」
「アタシ、リアって言います。リア・モンテスっす。よろしく」
「ルーシュミネ・リーヴェだよ。初めまして。君はモデル歴は長いの?」
「それがア、アタシもあんたと同じ口ってゆーか。ここだけの話っすけど、アタシ、ムーランルージュのショーに出てたんすよ。裏で客とったりなんかもしててエ。そいでオービットさんのパトロン? に見出されたんすよねエ」
「へ、へえー…」
ぺらぺらとかなり踏み込んだ話を惜しげもなく開陳するリアに若干戸惑いつつ、相槌をうつ。リアは元ショーガールで、娼婦の真似事もしていて、それで僕と同じ、新人さんらしい。「僕と同じ」ってのが、娼婦の方にかかってる可能性もあるけど、そこはひとまずスルーする。客をとろうとしたことがあるだけで、実際とったことはないからな、僕は。…とろうとしたってこと自体が問題ではあるから、男娼呼ばわりされても、これまで否定しないで来たわけだけど。初対面の子にそこまで情報開示することもないしな。
「オービットさんのパトロンって? 僕この業界のことは全然詳しくなくてさ…」
「ウイリアム・テイラーって、知りません? 有名な製薬会社のCEOっす。今度のショーも、テイラー氏のノルマンディーの別荘を使ってやるって話らしいっすよ」
帰宅したときから、ルーは青褪めた、思いつめたような顔をしていた。
しかし何かあったかと尋ねても、「何もない」の一点張りだ。私に話したくないことなのか、秘めておきたいことなのか――ルーを追い詰めるのが本意ではないので、それ以上踏み込んでよいものか躊躇う。何もかも曝け出してほしい思いもあるが、それは私の栓ない我儘だろう。
「今日は、どうだった。オービット氏の事務所に、衣装合わせに行ったのだろう」
「うん。友達ができたよ。リアって言うの。背の高い可愛い女の子で、ちょっと不思議な雰囲気の子だったな…」
「そうか。…お前の好みの子だったのか?」
「僕の好みとは、ちょっと違うかな…。…え、もしかして、ヤキモチ焼いてる? セデュってば、意外とヤキモチ焼きだからなアー」
「……。お前の好みは、どんな子なんだ」
「そこ詳しく聞く? えーとね、可愛くてー、優しくてー、抱擁力があってー、僕を甘やかしてくれてー、時々叱ってくれてー、思いやりがあってー、顔と声がよくて、おっぱいの大きい子!」
「………。ダイアナか…」
「いや違うから! なんでそうなるの!? むしろあの子、僕には激怖だからね!?」
他愛ない会話から、ルーが明るさを取り戻したのを感じ、安堵する。しかし、ルーが元気になったのは喜ばしいのだが、ひとつ不安の種を蒔かれる結果にはなった。…改めて、ルーは異性愛者であるということを突きつけられ、鬱屈が心の隅に蟠る。
「お前は本当に、私でいいのか…?」
「急に自信なくすなよう! もおお手がかかるなア! よわよわだなア! 可愛いぞちくしょう!」
ガバリとルーが抱きついてくる。誤魔化されたような気になりつつも、冷え切ったその身体をあたためられるように、私はルーを強く抱きしめ返す。
たとえ恋敵が現れようと、自らこの手を離すことは、もうしない。
ルーに拒絶される日がくるまでは、私はお前を離すつもりはないのだ。
セデュの旅立ちの日がやってきた。僕のショーの行われる日の、2日前だ。スーツケースひとつと黒のコートにハットを被り、3人のハウスメイドに見送られ、セラノの車に乗り込む前に僕らに挨拶する。
「行ってくるよ。お前の仕事が上手く行くよう、旅の空に祈っている」
「ありがとう。気を付けてね。無理、しないでね」
「ああ」
へらりと笑って手を振れば、セデュは少し悩まし気に眉を顰めて、僕の顎を持ち上げる。
キスされるのかな、ハウスメイドの見ている前で? しかもお外で?
躊躇いつつ目を閉じる僕の頬に触れるだけのキスをして、ぎゅっと僕を抱き寄せて、セデュは耳元で囁く。
「お前も、無理だけはしないでくれ。何かあったら駆けつける。すぐに連絡をしなさい」
「……」
僕は唇を噛み締める。セデュに話していないことがある。まだ自分の中でも、傷口が塞がらなくて膿みたいになっている部分があるってこと。それはセデュには関係のない、僕自身が乗り越えなくちゃいけない問題で。
――それが今度の仕事に、関係があるってこと。
「行ってらっしゃい。頑張ってね」
誤魔化すように笑って僕は身体を離す。セデュは名残惜しいように僕の指先にもキスをして、それから車に乗り込んだ。




