第二話
――月末の新作発表コレクションに、セデュは出席できないらしい。
僕はそれを聞いてがっかりして、ぐたりとソファに凭れた。
「なんだよー。僕がこーんなに頑張ってるってのに。お仕事? ロケで遠くに行くとか?」
「…リヨンに行ってくる。家族会議だ…」
「ええ?」
聞きなれない単語に身を乗り出すと、隣に掛けたセデュは説明してくれた。
なんでも、今回のスキャンダルのことで、親戚一同に弁明をしなければならないという状況らしい。セデュのご実家というと、過去には貴族の称号を下賜されていた由緒ある家柄で、父親は貿易会社の経営者、ご親戚には銀行の頭取とか政治家とかもいるらしい。
そうした、錚々たるセデュのご親戚が一同に会してセデュを詰問する様を思い描くと背筋が凍る。ふつーに怖すぎだろそれ。なんとかエスケープできないもんなの?
「例のマフィア騒ぎのときに父の手を借りたのでな。負い目がある以上、避けられない。…お前の仕事に同行できないのは口惜しいことこの上ないが…」
セデュは奥歯を噛み締めつつ苦いものを食べたみたいな顰め面で呻る。親戚づきあいも如才なくこなしていそうなセデュでも苦手なものはあるんだなア、やっぱり…。
「ちなみに、負い目って、…あのヘリとか?」
「他に、我々に累が及ばぬよう警察にも手を回してもらったからな」
「そ、っかア…」
乾いた笑いしか出ない。セデュを追い詰めて窮地に立たせてるのは主に僕のせいだ。というか僕のせい以外、ない。ほんとに碌でもない。セデュは真面目な人生を歩んできた、真っ当なひとなのに…後ろ暗い思いを味わわせてるんだ、僕がいるせいで…。ハア、改めて突きつけられるとさすがに凹む。…別れないけどね。セデュが僕を見限らない限りはしがみ付いてやるけどね!
「…仕方がない、よね…ぼくも行くよ、仕事はキャンセルすればいいし…」
「お前はここに残れ」
「へっ?」
思いもかけないことを言われて僕はきょとんとセデュを見返す。セデュは少し眉を顰めて口籠ってから、きっぱりと理由を教えてくれた。
「ヴェネツィアで、妹に会ったのだろう。…何かお前を傷つけることを、妹は言ったそうだな。すまない」
「…え、あ、うん…でも、もう前の話だし…忘れちゃったよ、だからだいじょーぶ!」
「…親戚には妹よりもっと、…たちの悪い連中がいる。プライドばかり高く、他人を見下すような輩だ。私のいない隙に、お前を追い落とそうとする輩もいるだろう…」
「……」
「家族会議には一人で行く。お前はパリにいなさい。使用人は皆残していくから…」
「…それって、」
離れ離れになるってこと、か。再会してからいろいろあって、不可抗力で、離別させられたことはあった、けど、自分たちの意思で遠く離れるってのは、初めてだ。
…セデュとしばらく、離れ離れになるって考えると、胸の奥がキュッとなって、苦しくなる。
できれば一緒にいたい。セデュについて行きたい。どれだけ嫌な思いをしようと、悲しい思いをしようと、セデュが一緒なら、へっちゃらなんだ、僕は。泥水だって平気で飲める。嘲笑されても、石を投げつけられても、平気なんだよ。…
「…だめ、なの? 僕がいたら…」
セデュは悲しみを堪えるみたいな顔をして首を横に振って、僕を宥める。
「すぐに戻るよ。リヨンに着いたら、毎晩電話する。出てくれるだろう?」
「……うん」
「浮気はするなよ」
「そっちこそ。…わすれないでね、約束して…」
「ああ」
縋りつくみたいに伸ばした掌をぎゅっと握り締めて、セデュがそこに唇を付ける。
この唇の暖かさも、やわらかさも、しばらく味わえなくなるんだって思ったら、僕はまた胸が苦しくなって、隣に掛けたセデュにしがみ付いて、ぐりぐりと頭をセデュの肩に擦りつけた。
セデュは僕の背中を優しく撫でてから、ぎゅっと強く抱いてくれた。
僕はぼんやり立ち尽くしている。今日は衣装合わせの日で、オービットさんの事務所にはたくさんのモデルさんで混雑している。可愛らしいお針子さんたちが蝶のように彼女たちの間を飛び回って、衣装を着つけて回る。…男の人は僕とオービットさんだけで、後はみんな女性だ。新作発表のショーは、女性ものがメインらしい。ますます僕が指名されたわけがわからなくなる。だって、場違いも甚だしいじゃないか?
「ムッシュ・リーヴェ、こちらへ。衣装を合わせます」
ブロンドのお針子さんに呼ばれて僕はそちらに向かう。150センチくらいの小柄のお針子さんが抱えたパンツスーツを僕の身体にあてて様子を見てから、僕に脱ぐよう指示を出す。
女の子ばっかりの場所で下着姿になるのは正直抵抗がなくもない、んだけども、周りのモデルさんたちはスリットやコルセット姿でバタバタお着替えをしていて、全然周りに注意とかは払っていない感じで、…まあ仕事なんだから当然か、と僕は覚悟を決めてシャツを脱ぎ捨て情けない下着姿になってパンツスーツを試着する。
全身白の身体にぴったりしたパンツスーツは女性ものらしく、脇のところにファスナーがついて締め付けるようになっている。ウエストもぴったりだ。男物の市販のスラックスだと大抵ウエストがぶかぶかなので、ベルトかサスペンダーが必須になるんだけど…僕のスタイルに合わせて作成されただけはある。肩幅もぴったりで、きつくも緩くもない。
へええ、と感心しているとお針子さんは次々新しい衣装を持ってきてまた僕を脱がせる。…今度は白のオーガンジーのドレスだ。裾が広がってるようなやつ。僕は思わず「うげっ」と潰れた蛙の声を上げた。
「女装アリなの? こういうのはさ、女の人が着た方がいいんじゃないの…」
「ムッシュ・オービットがムッシュ・リーヴェのために作成されたドレスなのですよ。他のモデルでは着こなせません」
「確かにデカめの女の人用ドレスだとは思うけども…」
きょろきょろ見回すと、モデルさんたちのスタイルは一様に瘦せ型で凹凸のない身体つきで、身長も高めだ。180ちかいモデルさんもいる。骨格も、女性的というより若干がっしりしている人が、多いような。
「今期のドレスは、高身長の女性がターゲットなのです。そしてムッシュ・リーヴェの体形は、まさにムッシュ・オービットの理想そのものと言って良いでしょう」
「とかなんとか言って…僕を煽ててその気にさせようってハラだな…」
ぶつぶつ言いながらドレスを睨みつける僕である。ぴたりと動きを止めた僕の隣にいたモデルさんがちらとこちらを見て、鼻を鳴らした。
「だから素人を呼ぶべきじゃないって言ったのよ。プロ意識の欠片もないんだから」
「ムッシュ・オービットに見出されたからって、調子に乗っているんじゃない? まったく困るのよね、これだから新人は…」
くすくすと周りのモデルさんたちから忍び笑いが漏れる。あーやばい、またプロの人たちを敵に回しちゃったぞ。やりにくいなア、女の子たち相手にムキになるのもなんだし…。プロ意識のない自覚がある僕はそれからは口を噤んで、着替えを始めた。
白のドレスの次はラベンダー色の透ける布のドレス、こいつは乳首がまるみえだ。ちょっとエロい。それで次は紺色の脚まであるドレス。肩がぱっくり空いていて鎖骨がまるみえ。つづいて白のホットパンツにジャケット、中にシャツは着ない。うーん、芸術ってなんなんだろう。僕が舞台に出て行ったら、珍妙な、見世物小屋みたいにならないかなア??




