第二十九話
ジャアジャアと水が流れていく。洗面所の床にへたりこんだセデュイールはぐったりしている。慣れねえ酒を飲んで一芝居ぶちかましたためだ。退院してから日も浅い。だが今日が絶好のチャンスだったんだ。セデュイールの親父さんの弟が、あの憎ったらしい製薬会社のCEOと会食するってんで、なんとか都合をつけてもらって、俺たち二人で準備したのだ。
そんで、計画は上手くいき、セデュイールは飲んだ酒を全部吐いてグロッキーになってるってわけだ。酒に弱すぎるのも憐れなもんだ。
「飲んだ振りはできなかったのか? 芝居は得意だろうがよ」
「…酔ったほうが…効果があがる…」
「なんの?」
「……」
「あー誘惑の?」
「私ももう、32だ…靡かれない可能性もあったから…」
「まーお前オッサン受けいいからな、あんまし心配してなかったけどな、俺は」
「…無様なところを見せた。忘れてくれ…」
「今更だろうがよ、それはよ。まー俺はクローゼットん中で笑い堪えるのが大変だったが」
軽口に紛らせ言ってやると、セデュイールは不機嫌そうに眉を顰める。
「ルーには絶対に言うな」
「……」
「言うなよ?」
「……」
「おいこらバロット」
「へっへっへ」
「気色の悪い笑いをやめろ」
力の入っていない手でセデュイールに小突かれ、俺もやつの脱力した身体を小突き返す。ともかく計画は上手くいった。後のことはセデュイールに任せよう。細々した交渉仕事は俺の得意分野じゃねえ。ボディガードとして、荒事の得意じゃねえコイツを守ることはしてやるが。
ルーシュミネさんに今度のことを話したら、きっとあの人は自責の念を感じてまた落ち込んじまうだろうから、するつもりはねえ。
けどまあ、セデュイールを揶揄うのは面白いので、俺は思わせぶりな態度をするのだった。
タブロイド紙によってテイラー氏の悪行が暴かれたのは、僕がセデュのところに帰ってから、2週間後だった。芸能界の不祥事に続いて政財界の不祥事だって言うので、世間は大いに賑わった。俳優S氏の告発というていで記事は進み、他にも被害に遭った男の子たちの証言も載せられ、被害者たちは団体を作って彼を訴えるつもりらしい。
W…製薬会社はCEOの身分をテイラー氏から剥奪し、今や世間の怒号は彼に向けられている。
オービットさんは、テイラー氏とはもう切れたらしい。
「新しいパトロンを探さなくっちゃ。もっとマトモな、良識のあるいい男をね!」
というのは、彼の談だ。
そうして、僕はまたセデュと暮らしている。性懲りもなく、彼の好意に甘えている。
彼の妹さんには酷く嫌われてしまったけれど、彼のお母さんにも、認められてはいないけど、僕はセデュといる。
千切れそうな赤い糸を何度も繋ぎ合わせて、それに縋って生きている。
いつかほんとに、千切れてしまうその時まで。




