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≪第十部≫ウンディーネは宵闇に惑う ーモデル編ー  作者: 咲佐きさ


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エピローグ

 ツグミの声に目を上げる。僕の隣にはセデュが寝ている。裸の胸を晒して、長い睫毛を伏せて、すやすやと穏やかな寝息を立てている。

 僕はガバリと起き上がって時計を見る。もう8時を過ぎている。いつものセデュなら、とっくにお出かけしている時間だ。昨夜はちょっと、盛り上がりすぎちゃって、寝付いたのは日が昇った後だったのだけど、そんなときでもセデュは折り目正しく7時前に起きて、朝食を摂って、でかけていくのに。

「セデュ、セデュ、起きて。お仕事いいの? もう8時だよ…」

「ん、…」

 セデュの眠そうな瞳が開かれる。茫洋とした月色の瞳が僕を探して、見つけて、ふわりと花が綻ぶように微笑む。

「おはよう、ルー。私の可愛いウンディーネ…」

「うん、おはよう。ね、もう8時なんだって、…わっ」

 寝ころんだままの腕が伸ばされて抱き寄せられる。裸の胸に頬っぺたがくっついて、トクトクと心音が耳元でしている。一瞬呆けてしまってから、僕は熱い頬を誤魔化すように大声を上げた。

「もー! 起きなくていいの? お仕事は?」

「今日はオフだ。明日も…」

「えっ? それって、大丈夫なの、今日は祝日とかじゃ、ないけど…」

 撮影に、打ち合わせに、取材にといつも忙しいはずのセデュの言葉に僕は若干、青褪める。スキャンダルの影響が響いてきて、仕事が減っているとか? そうだったらどうしよう。僕がモリモリ仕事して、セデュを養えるかな? …

「お前といたいから、休みを捥ぎ取った。今日はデートをしよう、どこに行きたい?」

「えっ…」

「したいことはあるか?」

「……」

 僕は考え込む。したいこと、セデュとしたいこと。一杯ありすぎて、どれかひとつに絞れない…。

「…きみと…連弾したいな、また…」

「いいよ。それから?」

「えっと。ランチはお外でして、手を繋いでお散歩したいな。テュイルリー公園とか…植物園とか…」

「そうだな。ほかには?」

「えっと、あとはね…」

 途切れがちな僕の提案をセデュはふんふんと聞いてくれて、全部肯定してくれる。甘やかされてんなア、って思う。僕がどん底に落ち込まないように、また不安定にならないように、気を遣ってくれてるんだろう。

「変装用のコート、買いに行きたいな。ブティックで…もうちょっと、女の子っぽく見えるようなやつ、とか…」

「今日は、変装しないで外出しないか」

「え?」

 セデュの思いがけない提案に、僕はきょとんと彼を見返す。セデュは真剣そのもののような表情だ。さっきまで微笑んで僕に頷いていた彼とは、また違った雰囲気だ。

「でもそれじゃ、指輪は、外さなきゃ…」

「指輪もそのままで。ありのままのお前と、デートがしたい」

 幾分か強情に、セデュは彼にしては珍しい、我儘を言う。

 僕はぽかんとして、それからじわじわ嬉しさが込み上げて、我慢できずに、彼に飛びついた。

「…ありがとう。そう思ってくれてるって、わかって、うれしい…」

「…ん」

「ぼくもね、ほんとは…ウイッグつけないで、伊達眼鏡もしないで、きみと歩きたい…」

「それなら、」

「でもそれは、だめ、だよ」

 胸元から顔を離して僕は囁く。変装は面倒だけど、変装しなきゃ歩けない日陰の身なのは苦しいけれど、…セデュを追い詰めるくらいなら、そんなの、すっぱり、我慢できる。

「ずっと一緒にいるんでしょ? だったら、きちんと身を守らなくちゃ」

「ルー、」

「誰に見られても、おかしくないようなふたりでいなくちゃ。ぼくはもう平気だよ、きみを困らせたりしない」

「世間の声などどうでもいいと、私が言っても?」

 セデュの優しい手が僕の髪を梳き、救い上げたブロンドに愛おし気に口づける。

 僕は頷いて彼を見た。優しくて、甘やかな、溶けそうなその瞳を見た。

「ありがとう。きみがそう思ってくれてるってだけで、ぼくは十分、しあわせだよ」

 にっこり微笑むとセデュの手が頬に触れる。親指が唇をなぞって、遊ぶように耳朶を摘まむ。手触りを楽しむように擦り合わせられる指先に、僕は肩を竦めて笑った。

「変装してたら、お外でキスもできるんだ。そのほうがぼくには、最高だ。指輪も外さない。もうずっと、嵌めたままでいる」

「…うん」

「ふたりきりになったら、変装はやめよう。内緒の関係みたいで、刺激的じゃない? 誰もぼくらを知らないんだ、だから、誰もぼくらの邪魔はできない…」

「…そうだな」

「明日もオフなら、今日はホテルに泊まっちゃおうか。それで、一日中セックスするの。ふふ、どお? このプラン」

「…ゴムが大量に必要そうだ」

「アダルトショップに寄ればいいよ。首輪とかも買っちゃう?」

「首輪をつけると、犬みたいだな」

「ぼく、きみの犬になるよ。どこでも舐めてあげる…」

「それならわたしが犬になるよ。お前の舌は、汚せない…」

「きみの舌はいいの?」

「おまえの身体は、どこも綺麗だから…」

「ええ? もう…バカだなあ、きみは…」

「男はみんなバカになるんだ、愛するひとの前では…」 

ベッドの上で僕たちは囁き合って、互いの身体に触れて、くすくすと笑う。

 セデュの背に回した手が、僕が昨夜に付けてしまったひっかき傷に触れて、慌てて手を離す。行き場なく彷徨う手はすぐにセデュに捕まって、指を絡ませられる。

 きつくしがみつくみたいな掌に僕はまた笑って、そこにキスをした。

「離れないからね、ずーっと一緒だよ、…」

 セデュの手首の傷は、もうただの赤い痕になっている。そこにもキスして、頬擦りする僕をセデュは抱きしめて、また、安心させてくれた。

 包み込むような体温と、胸が苦しくなるような、その甘い香りで。


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― 新着の感想 ―
今回も色々あって、ありすぎたけど、無事ハッピーエンドで終わってよかった!一時はどうなることかと……。とても面白かったです。咲佐きさ先生、ありがとうございます!
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