第二十八話
ぱちりとセデュイールが灯りをつける。カーテンの引かれたホテルの部屋はきちんと整頓されていて、彼の几帳面な性格が垣間見える。
「掛けてください。飲み物は…シャンパンでいいですか?」
「かまわないよ。やあ、いい部屋だねえ、落ち着いて思索に耽れそうだ」
セデュイールはにこりと微笑んで、用意されていたグラスにシャンパンを注ぎ入れる。
琥珀のような色の泡がシュワシュワとグラスのなかで弾け、期待に私は胸を高鳴らせる。
私の掛けたダマスク織のソファ前のテーブルにセデュイールはグラスを運び、面前の肘掛椅子に腰かける。すらりと長い脚を組み、屈みこむようにすると緩い襟元から胸元がちらりと覗く。しっかりと鍛えられて程よく筋肉もついている厚みのある胸元からは甘い香りが漂ってくるようだ。
「仕事の話ですが、」
「…君はいつも、そんなに…無防備なのかな」
「え?」
セデュイールが上目遣いに私を見上げる。悠然とした黄金色の瞳が、誘うような笑みを湛えている。
コホンと咳払いをして、私は仕事の話を始める。彼を広告塔に起用したいが、どうかという打診から。セデュイールは私の説明を真面目な顔で頷きながら聞いている。ざっくりと開いた胸元を、無防備に晒したままで。
説明が支離滅裂になっていくのを必死に抑えて、私は熱心に彼に語った。時折グラスに口を付けて、セデュイールも同様にシャンパンを呷って――
しばらくして、セデュイールの様子が変わったことに、私は気づく。
瞳がとろんと眠そうに潤んで、頬はチェリーのように可憐に赤く染まっている。ゆらゆらと身体を揺らして私の話に頷く、その胸元も同じように赤く染まって、汗がつうと流れていく。まるで行為の最中のようだ。
「セデュイール? どうしたね、具合でも…?」
「おきになさらず。つづけてください…あなたの声は心地良い…」
「……」
ことりと首を傾げて微笑む、しどけないその姿に私は耐えられなくなって、ガタリと立ち上がる。
「ベッドに運ぼう。君は具合が悪そうだ…」
「そうですか? 自分であるけます、おきづかいなく…」
セデュイールは何の疑問も持っていないかのように私に寄りかかり、性急な足取りで私は寝台を目指す。
隣の部屋にそれはあった。清潔なシーツが布かれた大きなベッドだ。部屋の中には長身のセデュイールの背丈よりも大きなクローゼットがあり、ベッドの脇にはランプの載った樅材のチェストがある。
ぼすん、とセデュイールの身体をベッドに投げ落とし、その上に乗り上げると、きょとんとした瞳が見上げてくる。その無防備さにまたむらむらとして、彼のジャケットに手を掛ける。
彼が正気に返る間にと焦りながらジャケットを剥ぎ、セーターに手を掛けると身体の下の彼が身じろぐ。
「なんですか? やめてください…」
藻掻く身体は酔いのせいか、まったく力が入っていない。おそらく彼は酒に弱いのだ。こんなにも魅力的で、色気に溢れているのに、こんなにも無防備で、隙だらけだとは…嗜虐心がムズムズと疼く。まるで男に嬲られるために設計されたかのようではないか。清楚で儚げなルーシュミネとはまた違う、艶やかで魅惑的な彼に、セデュイールに、いつしか私は夢中になっていた。
「わかっていたのだろう? わかっていて、私を部屋に上げたのだろう。君は悪い子だね…」
「仕事のはなしをしましょう。仕事のはなしをするために、わたしは…いやです、はなしてください…」
「いいんだよ、清純そうなふりはもういい、愉しもうよ、私はねえ、美しい男が好きなんだ。君のような…」
「やめてください、聞きたくない…」
セデュイールは横を向いて掌で口元を隠す。キスを拒んでいるのだ。そんな抵抗も、いじらしい。
「手をどかして。口づけをしてあげる。嫌かい? 君の舌を舐ってあげる。蕩かして、何も考えられなくしてあげよう…」
「いやだ、やめ…、っ、」
がばりとセーターを捲り上げるとその下には何も身に着けていない。露になった素肌を撫でさすり、胸の飾りを弄ると顰めた吐息が上方で上がる。
「感じているのかい? 可愛いね…」
「…うっ、…っく、ふ、ぅう…」
喘ぎ声を抑えようと彼は必死に堪えているようだ。私は汗で滑る手を彼のジッパーに掛ける。ずるりと引き摺り下ろすと、予想よりも大きい彼の局部が見えて、私はまたごくりと唾を呑む。これを縛って、絶頂に達せられないようにして、何度も奥をいじめたら、彼はどんな声で啼くのだろう。涎が口腔に満ちて、私は喉を鳴らす。
「足を開いてくれ、いれられない…慣らしもせずにしたら、君は叫んでしまうかな? 君のもっと大きな声が、聴きたいな…」
「い、やです、ぜったいに…っ」
ハアハアと息を荒げながら言う私を、彼の潤んだ瞳が睨みつける。彼もきっと望んでいるのだろうに、これはそういうプレイなのかな? まるで強姦されるかのようじゃないか。私が抱く子たちはみんなそういう反応をする。そうやって私を焦らしているんだな、愛らしい手管だ。
脱がせたスラックスを膝で抑えて、逃げられないようにして、尻を持ち上げようとして――そこで私はぴたりと動きを止めた。
「はい、そこまでっす、お疲れさん」
バタンとクローゼットの扉が開いて、銃口をこちらに向けた男が現れる。
190センチはあろうかという長身の、筋骨隆々たる男だ。まるでボクサーのようだ。
「な、な、なんだね、君、いきなり…その銃を下ろしたまえ、」
「それは聞けねえっすね。セデュイール、もーいいっすよ」
「…ん…」
「…あー駄目だなコイツ、本格的に酔ってやがる」
銃口を向けたままツカツカと近づいた男は躊躇いなく私の額にそれを押し付け、私は縺れるようにセデュイールから離れる。慌てていたのでベッドから転がり落ちる私を、男の銃口はずっと追っていた。
「あんたの悪事はバッチリ録音させてもらいました。タブロイド紙に売ったらいくらになるっすかねえ。次回の株主総会が愉しみっすねえ」
「な、脅迫を、するつもりなのか、このごろつきめが…」
私はわなわなと震えながら悠然とした男を睨みつける。片手に銃を、片手にテープレコーダーを持った男はにやりと笑って私を睥睨している。忌々しい男だ。
「いくらだ、いくら出せばいい。それが望みなのだろう」
金の力でもみ消してやる。今までもそうやってきた。第一、セデュイールにとっても不名誉なことであるはずだ。これが公になれば――男に襲われたことが公になれば、彼の芸能活動とて、無傷では済まないはずだ。
私は勝利を確信し、幾分冷静になってズボンを引き摺り上げる。こんな闖入者がいたのでは行為を愉しむどころではない。まったく、無粋な男がいたものだ。あるいは…この男はセデュイールの愛人で、私を嵌める機会を窺っていたということなのだろうか。しかし、セデュイールが、なんのために?
「示談には応じねえっすよ。あんたには償ってもらわにゃならねえんで。ほんとは昏倒するほどぶん殴りてえっすけど。…駄目か? セデュイール」
「…だめ、だ。裁判で不利になる…」
「裁判!? 公にしようというのかね、こんなことを…君は…」
よろよろと起き上がり、捲り上げられたセーターを直すセデュイールは私の方を見もせずに、無情に告げる。
「あなたには…報いを、受けてもらう。これまでの、罪の、償いを…」
ぐらりとセデュイールの身体が傾き、肩を貸した男は銃を私に向けたままでテープレコーダーをジーンズのポケットに捻じ込み、片手で軽々とセデュイールを抱え上げる。
「そーゆーわけなんで、ご愁傷様っす。とっとと帰った方がいいんじゃないっすか? 今後のW…製薬会社の運営のためにも」
鼻で嗤って告げられて、私は転がるようにその部屋を後にした。腹が煮えくり返るようだ。完全に嵌められた。奴らの芝居にまんまと騙されて、誘い込まれて…不利となる証拠を、いくつも残してしまった。
「Merde!」
この先に広がる、暗澹たる未来を思って、私はホテルの壁をドンと殴りつけた。




