第二十七話
私は苛立っていた。二度ならず、三度までも邪魔が入ったのだ。あの可憐なルーシュミネとの逢瀬、私と彼の目くるめくような夜には、無粋な見物人が障害となって思いを達することができなかった。できたのは、眠るルーシュミネの無防備な口に咥えさせて顔に掛けたことと、玩具を体内に侵入させたことだけだ。これだけではとても、念願が叶ったとは言い難い。オービットがルーシュミネをモデルに起用したのは運命だったのだと、私は確信していたというのに。
再会した彼は11年前と変わらず――いや、11年前よりも色気が増して、美しく、儚げで、蠱惑的だった。ああ、あの男を狂わす緑の瞳、プラチナに近い、色の薄い見事なブロンド、ニンフのような華奢な体つき、抱いたら折れそうなほど細い腰、女のように細く長い首――思い出すだけで身体が疼く。私は彼を手に入れる。次こそは、今度こそは、彼をモノにして、私に夢中にしてみせる。彼の怯えた瞳、泣きそうに歪んだ顔、すべて愛おしい。次は銃を持って行こう。蟀谷に拳銃を突きつけて足を開くよう命ずれば、ルーシュミネはどんな顔で、どんな声で、私を愉しませてくれるだろう。
その日はつきあいで、銀行の頭取であるオットー・レヴォネ氏との会合があった。
前期の融資の際、便宜を図ってもらったことに対する謝意を籠めての会食だ。旧貴族の由緒ある家柄であるレヴォネ家の、現当主の弟にあたるオットー氏は黒髪に黒い目の、堂々とした物腰の紳士だ。家柄を鼻に掛けたようなプライドの高さは感じるが、概ね人当たりの良い紳士である。年の頃は私とそう変わらない。
レヴォネ家は美形の一族で、オットー氏の甥、現当主の嫡子であるセデュイール・レヴォネは映画スターだ。僅かに癖のある艶やかな黒髪と、悠然とした光を湛えた黄金色の瞳の、目の覚めるような美男子である。
私は以前より彼を、セデュイールを紹介してくれるようオットー氏に掛け合っていた。私は美しい男が好きだ。精神的にも、肉体的にも。妻や子供はいるが、もう夫婦の関係はなく、家庭は冷え切っている。そして浮気相手には、妊娠の危険性のある女性ではなく、美しい男たちとのアバンチュールが最適なのだ。
ルーシュミネを取り逃がした悔しさを紛らわせるように私は彼をも狙っていた。おそらくはプライドが高く、男に犯されたなどとは口外できないような弱みを持っているであろうセデュイールを。
そしてその時は案外早く訪れた。
ルーシュミネを取り逃がし、その後行方をくらませた彼を探して苛々していた最中である。
――オットー氏とのホテルのレストランでの会食に、セデュイール・レヴォネが同席したのだ。
「こちらは私の甥のセデュイールです。映画俳優なんぞの職について、フラフラしている不肖の甥ですよ。まあ最近ではハリウッドにも進出して、映画賞などにもノミネートされているようですが。レヴォネの血筋を考えれば当然のことですな」
オットー氏に紹介されたセデュイールは艶やかな花のようににこりと微笑んで手を差し出す。
「初めまして。お噂はかねがね、叔父より聞いております」
「やあ、初めまして。先日、君の出ている映画を観たよ。『危険な関係』だったかな。君の演技は素晴らしかった。実にセクシーだったよ」
「ありがとうございます」
セデュイールは折り目正しくそう言って、彼の手を握ってぶんぶんとシェイクする私に軽く触れる。長く整った綺麗な指先ですいと触れてすぐに離れていく。驚いて彼の目を見ると、どこか誘惑的な流し目が私を捕らえ、すぐに逸らされる。
黒のジャケットの下にざっくりと胸元の空いたセーターを着たセデュイールは、綺麗な鎖骨やその首筋をむき出しにしていて、とてつもない色気を放っている。
思わずごくりと唾を呑みこむ私に気付かず、オットー氏は豪快に笑って我々をテーブルに掛けさせた。
私とオットー氏が話す間、セデュイールは微笑みを湛えたまま貴婦人のような気品ある所作でナイフとフォークを操り、時折頷いて同意を示す。握手の際に見た流し目は幻であったかのように、慎ましくかと言って意見を求められれば堂々と応じる気骨もあって、その美しさは艶やかな赤いバラの花のようで、私は彼に見惚れながらオットー氏の軽口に応じていた。
会食はやがて恙なく終わり、この後の予定が詰まっているというオットー氏は一番に席を立って行った。
オットー氏が去った後、ワインを口に含みながらセデュイールの予定を尋ねる。セデュイールは現在このホテルに滞在しており、今日は終日オフだという。
「時折こうして、家を離れて一人になりたくなるのです。世間の雑音から離れて、心を休めて…」
「わかるよ。特に君は有名人だからね。気の休まる暇もないだろう。気づいていたかい? 先ほどのウエイターの少年、君に見つめられて、頬を染めていたよ…」
「そうでしたか?」
「君は男性に興味はないのかな…?」
探りを入れる。会食の前の流し目が、どうしても私には気に掛かっていた。
もし彼が男性経験があるならよし、ないならないで――誘い込む手管はいくつも知っている。彼の穏やかな物腰を見ていると、役者仕事に必要な経験だと丸め込むことも、容易そうに感じる。
初めて会ったセデュイールはとても感じが良く、オットー氏の甥とは思えぬくらい謙虚で、しかし卑屈になりすぎることもなく堂々とした、礼儀正しい青年だった。
「誘われたことはありますね。何度か…こんな商売ですから、」
「芸能界には多いと聞くね。あっちの趣味の人間が」
「ええ」
「けれど、すべて断った?」
「それは…」
ふいと視線を上げたセデュイールが謎めいた微笑みを口元に浮かべる。誘うように、その唇がゆっくりと開く。
「ご想像にお任せします」
煽るような彼の色気にくらくらとなりながら、私はワイングラスを傾ける。なんとかして、彼の部屋に通してもらえないものだろうか。そうだ、今度市場に流通させる新薬の、広告塔として彼に立ってもらうというのはどうだろう。彼ほどの清潔感ある美貌の持ち主ならば、こちらとしては申し分ない。共に仕事をしていくなら、今よりもっと、距離を縮めることも容易だろう。
仕事をちらつかせて、関係を強要することだって――
「…君と仕事の話をしたい。部屋に上げてもらえないかな? まだ内密の話だから…」
堪らず口にした私に、セデュイールはあっさりと応諾を与えた。もしかしたら彼もそれを、望んでいたのかもしれない。




