第二十二話
オービット・ランディ氏が秘書も連れず、ひとりで事務所に来たのはムッシュ・レヴォネ入院してから5日目のことだった。
事務所の応接で迎える私に対面するなりムッシュ・ランディは半泣きで駆け寄り、私の両手を握りしめる。細身とはいえ大柄なムッシュ・ランディに迫られるのはそれなりに圧迫感と迫力があり、私は二、三歩後退る。
「どうされましたか、ムッシュ・ランディ…あの、この間のショーの件でしょうか…?」
「マドモワゼルと呼んで! マチウ君、リーヴェちゃんはどこ!? アタシあの子に謝らなくちゃ! アタシの我儘につき合わせたおかげで、とんだ目に遭わせちゃって! ああ、あの子が可哀想…」
「とんだ目、とは…?」
おそるおそる尋ねる私にぎょっとした目を向けたムッシュ…マドモワゼル・ランディは考え込むように顎に手を当てる。
「貴方は聞いていないのね。じゃあ話していいのかしら…リーヴェちゃんは嫌がるかしら…」
「わわ、私はムッシュ・リーヴェのマネージャーですので! あの方の立場をよく理解しておく必要がありますので! どうぞお話しください、はい!!」
「……」
マドモワゼル・ランディは暫し黙り込み、少し考えてから「ええ、もう言っちゃう!」と呟いて話し始めた。
それはムッシュ・リーヴェが行方不明になった、あの不可解な夜の話だった。
「…それでね、リアが…これはうちのモデルの子なんだけど、リーヴェちゃんを広間から連れ出すのをジェルメーヌとシーラが見ていてね。あ、このふたりもうちのモデルね。5年前から一緒に仕事してるけど、プロ意識の高い子たちで…」
「それで、ムッシュ・リーヴェのお話ですが…」
「そうそう、それでね、リアの不品行を知っているあの子たちは、後をつけたんですって。それでリアがリーヴェちゃんを、ウイリアムの寝室に閉じ込めるのを見て…ああ、もう、あの人、なんであんなことしたのかしら。信じられないわ。アタシの大事なモデルのリーヴェちゃんに!」
「ムッシュ・テイラー氏の、寝室にですか…?」
私は愕然としてマドモワゼル・ランディの話を聞く。ムッシュ・リーヴェはそんなことは一言も話してくれなかった。…おそらくは話せなかったのだろう。ムッシュ・リーヴェに落ち度はひとつもないとはいえ、これは彼の名誉にかかわる問題だ。そして私は、まだムッシュ・リーヴェに胸襟を開いて語ってもらえるほどの信頼を、得られていないということなのだろう。マネージャーとして忸怩たる思いである。
「ジェルメーヌとシーラはすぐにピンと来たんですって。あの人は手癖の悪いところがあるから…それに男の子が好きな人だから、きっとリーヴェちゃんに手を出すつもりなんだって。それでね、ウエイターの力も借りてウイリアムの寝室をこじ開けて、中に侵入したの。リーヴェちゃんはベッドで意識を失っていて、今にもウイリアムのバカが、…ああ、未遂だったとは言え、リーヴェちゃんの味わった恐怖と屈辱を考えると、いたたまれないわ。アタシ、ウイリアムに言ってやったの。今度うちのモデルの子たちに手を出したら、ただじゃおかないわよって。ちょん切ってやるからって…」
「それで、その後は…おふたりが、侵入した後ですが…」
「ああ、それはね、二人とも酔ったふりしてウイリアムに絡んで、広間に連れ出したんですって。その後は朝まで離さなかったそうよ。プロ意識の高い子たちだから、仲間が傷つけられるのを見過ごせなかったのね…」
「はあ…」
私は心の中でジェルメーヌ嬢とシーラ嬢に感謝を捧げる。いまいちどんな顔をしていた女性たちなのかは把握できていないのであるが。
「だからね、リーヴェちゃんにこうして直々に謝ろうと思って…ウイリアムの分まで…ウイリアムにはもう、あの子は会いたくないでしょうからね…」
「そうでしたか、それはわざわざどうも…」
「お礼なんてやめてやめて! もとはアタシの、監督不行き届きのせいなんだし…」
頭を下げる私にマドモワゼル・ランディは恐縮する。私はムッシュ・リーヴェに必ず彼の…彼女の言葉を伝えると約して、その日はそのまま帰ってもらった。
ちょうどムッシュ・リーヴェからも、ムッシュ・レヴォネの容態を伝えてほしいと乞われていたのだ。ムッシュ・レヴォネは順調に回復しつつある。入院から2日後、見舞いに行ったはずの彼がなぜそれ以降ぴたりとムッシュ・レヴォネを訪れなくなっていたのかは不明だが、もしかしたら、先ほどの――マドモワゼル・ランディが話してくれたことが尾を引いているのかもしれない、
ならば早く伝えなければ。ムッシュ・リーヴェを安心させてあげたい。貴方の危惧するようなことは何もなかったのだと。それは、あの夜、彼から目を離してしまった自分に対する贖罪でもあった。




