七十七話 過去
「わぁ…………」
目の前でガラスにべったりと張り付いて夕焼けに照らされる光景を眺めている小鳥遊さん。私もそれを真似て、ガラスは近づいてみます。
「綺麗ですね……」
「ね……」
「でも……」
「ね…………」
「高いですね…………」
「す、座ろっか……」
別に怖いわけではないものの、下を見ると心臓が強く脈打つので、それを避けるために一度座ります。
…………あれ?話題がない…………
「あ、えっと……」
沈黙。私たちは二人とも苦笑いしたまま動けなくなってしまいました。
「えっと…………」
「ねぇ」
そこへ、一つの爆弾が投下されました。
「白撫さんってさ」
「は、はい」
ずいっと、彼女は私の方へ近づいてきます。
「りょーくんの、なに?どういう関係なの?」
「…………はえ?」
はっ、いけない、よくわからない言葉が出てしまいました。
「ここ一週間学校で見てたんだけどさ、妙に仲良いなーって思って」
「あ、ああ、そういうことですか。色々あって、私は一ノ瀬君に勉強を教えているんです」
「あ、言ってたねそんなこと」
ここから先は、言っても良いものでしょうか……まあ、いいのかな……
「えっと、これは秘密にしておいて欲しいんですけど」
「任せて」
「私の父が会社を営んでいるんですが」
「わーいきなりだね!」
「そこから問題が発生しまして」
「うんうん」
「…………その、なんと言いますか」
「なーに?」
勢いで言うのは恥ずかしくないのですが、こう、改めて、それも関係のあまり無い人に言うとなると恥ずかしくなってしまいますね…………
「えっと、私が一ノ瀬君に想いを寄せていまして……」
「うんなんかすっごい話が飛んだね!」
「…………すみません、私情がありまして、これ以上はちょっと……」
なるほどなるほど、そう言いながら小鳥遊さんは少しの間何かを考えていました。
「つまり…………恋敵?」
「……ふえ?」
「ライバル?三角関係?」
「あっ、えっと……」
ど、どういうことでしょう?えっと、つまり?
「…………理解が追いついてないね?」
「は、はい」
「…………私、小さい頃にりょーくんと愛を囁き合ってたんだよね」
彼女は身をくねらせながらいきなり言いました。
「もう、あの時のりょーくんと言ったら……」
「あ、あの時!?あなた、一ノ瀬君とどんなことを!?というかどんな出会いをしたんですか!?」
「知りたい?」
私は動揺しすぎて次の声が出せず、小鳥遊さんの肩をガタガタと揺すりました。
「わ、わかったわかった落ち着いて」
「あっ……す、すみません」
そろそろ、観覧車が頂点に着く頃でした。
「私、小さい頃にりょーくんに助けられてるんだよね……白撫さんと同じなのかはわかんないけど」
「…………そうなんですね」
私だけではなかった。その事実に、少し残念な気持ちが芽生えました。
「私、小さい頃は全く違う名前でお芝居をしてたの」
小鳥遊さんは、ぽつぽつと語り出します。
「私のお父さんは有名な人で娘にも同じものを求めたんだろうね、お父さんは私が大きくなったら有名人っていうか、芸能人みたいな、そういう人間にさせようとしてたみたいで。3、4歳の頃だったかな……それくらいの時に、演劇をさせようって話になったらしくて」
彼女は視線を外に移して、続けました。
「私にそんな才能なんかないのに、無理やり事務所に入れられてさ、演技の練習だったり、体力作りとかもさせられてさ。もーあれはキツかったよ!だって、できなかったら殴られたりするんだよ?あんなことは二度と体験したくないなー!」
今度は怒りをあらわにして。
「で、始めて三年か四年経った時にさ。限界が来ちゃったんだよね」
ふと、泣きそうになって。
「精神的にも肉体的にも限界でさ。一度逃げ出したの」
光景を懐かしむように。
「まるでスパイ映画みたいに外に出て、近くが海だったから、そこまで走って行ったの。あの時も、こんな夕方くらいだったなぁ…………そこで私、ずっと泣いてた」
悲しむように。
「そしたら、一人の男の子が隣に座ったの」
「それって……」
「そ、りょーくん。やー、イケメンだったね……わんわん泣く私をギュって抱きしめてくれて、「大丈夫、大丈夫」って。帰ったら怒られるから帰りたくないって言ったら、りょーくんはお母さんを連れてきてくれたの。それで、あったこと全部話して……」
頬を赤く染めた。
「また「大丈夫、大丈夫」って、抱きしめてくれて。幼いながらに初恋なんてしちゃったよね。それで、一緒に家まで行ってくれて。それからはあんまり泣かなくなったけど、辛い時はあったの。その度に、慰めてくれてさ」
それで、と小鳥遊さんは続けました。
「私たちは仲良くなっていって、何故か親同士もお友達になったの。それで、やっぱり「結婚するー!」なーんて言っちゃって」
今度は、また泣きそうな、悲しそうな表情を浮かべて。
「でも、それから少し経ったら、いつのまにかりょーくんはいなくなってた。それでも、私はその言葉をこの前まで本気にしててさ」
だんだん、地面が近づいてきました。
「ただ、やっぱりって言うか、りょーくんは私のことなんて忘れてたの。だから、寂しくなっちゃったよ。でもさ、欲しいものは欲しいんだよね、私」
彼女は、まっすぐ私の方を見ました。
「白撫さん、りょーくんと仲良いよね。でも、私の方が好きなんだから」
小鳥遊さんは、私の顔を両手で包み、にこりと微笑みます。
「奪っちゃう」
今度はどこか執念を感じさせる笑みで、そう言いました。
どんどんプロットと違う方に……




