六十六話 どっちがいいと言えない本心
「……………………ぁ」
そう、目の前で小さな声を零したのは、白撫さんだった。
「あ、いや、これは……」
すぐさま起き上がろうとするも、頭を小鳥遊さんに優しく押さえつけられた。
「ダメだよりょーくん。まだ気分悪そうだから、横になってて?」
「いや………………」
それでも、これは気まずすぎるだろうよ。
「ごめん、トイレ行ってくる…………」
白撫さんの隣にいた春原君は僕同様ジェットコースターに酔ったのだろう、顔色を悪くしフラフラしながらトイレに向かった。ただ、今もマスクと帽子を外していなかったので、そこら辺は徹底していると言える。それはともかく。
「えっと……」
今はこの状況をどうにかしなければいけない。どうしたらいい?気持ちが悪いのは確かだから無理には動けないけど、このままってわけにもいかない。もういっそ白撫さんにも膝枕してもらおうかよしそれで行こう!
「し……」
「……あの!」
いや待てよ、そうなんとか踏みとどまったところで、白撫さんが声を上げた。
「えっと、その……」
「なにー?」
もじもじする白撫さんに、小鳥遊さんはニコニコ笑いながら返す。白撫さんのことだから、不健全だとか言うんだろうか。
「…………代わってください!」
うんうんそりゃそう言われるにって待て待て!
「なに言ってんの白撫さん!?」
僕は思わず飛び起き、つっこんだ。
そんな僕を気にも留めず、彼女は小鳥遊さんに迫った。
「代わって、ください」
小鳥遊さんは、んー……と少し考えるそぶりを見せたあと、再びニコッと笑って言い放った。
「やだっ!」
「っ…………」
白撫さんは拳を固く握りしめ、悲しげな瞳で僕の方を見た。
「一ノ瀬君は…………私か小鳥遊さん、どっちの方がいいですか……?」
「そ、そう言われても……」
「私の方がいいもんねー?」
小鳥遊さんは僕の左腕にギュッとしがみつき、肩あたりに頬ずりした。
「ちょっ、小鳥遊さん……」
「そう、ですか……」
「え……?」
その光景を見たからか、白撫さんはくるりと踵を返した。すると、ちょうどそのタイミングで未だ少し顔色が悪い春原君が口を抑えながらトイレからゆっくりと歩いてきていた。
「ごめん白撫さん、待たせた」
「いえ」
白撫さんを見つけた彼は背筋を伸ばし、苦しそうな表情をやめた。
「行きましょう、春原君!」
「え?…………ああ」
白撫さんは春原君の手首を引っ張って歩いて行った。
「あ…………」
僕は立ち上がって追いかけそうになるも、笑っている白撫さんの横顔を、二人一緒に歩いている様子を見て、何故だか追いかけるのを諦めた。
「りょーくん、お昼食べにいこっ!」
そんな僕を知ってか知らずか、小鳥遊さんもまた僕の手を取って歩き出した。
「………………うん」




