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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第一章 異海の歌姫
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[閑話]イレナ・リミッタ


 私はイレナ・リミッタ。

 ハーヴァンレヘティ共和国の西にあるグーリュネンという小さな町で、お花屋さんをしています。

 こんな乾燥した土地で花屋だなんて、変わっていると思うでしょう?

 実際、この付近で花を育てるような農家はなく、売っている花はほとんどすべて、父と母が手をかけて育てたものばかりです。家の裏にある手作りの温室で、一年中いろんな花を育てているんです。

 東の生まれなのですが、この町へやってきたのはほんの十年ほど前です。ユハンヌス=ルース王国の財政が傾いて、治安が悪くなってきた頃に、幼かったあたしの手を引いて西に避難しました。

 そうして居を移した人は多かったと聞きます。クーデターが成功して共和国が成立するまで、東の治安は本当に悪かったのです。


 その影響が西になかったわけではありません。

 共和国の設立と共に領主様は領主様ではなくなってしまいました。

 私たちの町を納めてくださっていたのはカーライン様でしたが、もう領主様ではありません。今は、ここから少し離れた町で町議会の議員をしてらっしゃると聞きました。


 グーリュネンという町は、カーライン様のご先祖様が拓いてくださった土地です。毎年、カーライン様に感謝し、作物の実りを祈るお祭りが行われていました。

 そのお祭りも、共和国になってからは自粛していました。

 中央から派遣される国営ギルドの方々は、気にしなくてもいい、とおっしゃってくださったのですが、どこで悪く言われるか分かりません。

 共和国を設立したキルヴェス・タルヴェラ将軍は、凄まじい人気なので、王国時代のお祭りをしたというだけで、彼の信者から目を付けられかねなかったのです。


 しかし、共和国設立から3年が経ち、そろそろお祭りを復活させてもいいのではないか、と声が挙がりました。

 私も大好きなお祭りです。

 同じ商店街の、商工会青年団長を務めているスオラさんが中心となって、お祭りの準備を一生懸命に進めていました。



 そんなある日のこと、この時期には珍しく大雨が降り、崖崩れの多いグーリュネンの山体は、大きく削られてしまいました。

「あの程度で済んでよかった」

 スオラさんはグーリュネンの山を見上げながら言いました。

「怪我人もいない。祭りには影響はないだろう……こんな時だからこそ、成功させたいものだ」

「そうですね」

 スオラさんは、最近このグーリュネンにやってきたダン商会というお店が急激に拡大しているのを気にしています。

 東でもっとも大きな商会だというダン商会が、グーリュネンの商店街をつぶしてしまうのではないかと危惧されているのです。

「余所者にこの町を好きにさせてたまるか」

 私は、ダン商会のララアルノさんと知り合っているので、彼女がそんな事をするような人でないと知っているのですが、スオラさんにはどうしても信じられないようでした。

 この町で生まれたスオラさんは、グーリュネンをとても愛していらっしゃいます。

 私は、そんなスオラさんのことをとても好ましく思っていました。

 だからこうして、お祭りの準備を口実に彼と並んで町の様子を見られるのを密かに楽しみにしていたのです。


 夕刻になり、少しずつ暗くなっていく町並み。街灯係の子供が駆け回り、ランプに火を点します。

 そろそろ店に戻らなければなりません。

 名残惜しく思いながら、スオラさんに別れを告げようとしたときのことでした。

「何だ? あれは」

 スオラさんの目が、大きく見開かれました。

 その視線の先には、グーリュネンの山があります。

 私もその方向に目を向け、息を飲みました。

 なんと、先日の大雨で大きく削られた部分が、ぼんやりと発光していたのです!

 町は大騒ぎになりました。

 やはり祭りは早かったのではないか。神の怒りがあの山に宿ったのではないか、と。

 一時は祭りの中止が目前にまで迫りました。

 ですが、祭りの直前、国営ギルドから通達がありました。


――グーリュネンの山で、未知の鉱物が発見された、というニュースでした


 新しい鉱物は昼間、太陽の光を吸収して夜になるとその光を放出する、という珍しい性質を持つものだそうです。

 なんとも不思議な話でした。

 でも、そんな鉱物があると分かってしまう国営ギルドの人たちは、やっぱりすごいです。



 お祭りは無事、行われました。

 私はというと、お祭りの最初に行われた、ミス・グーリュネンを選ぶ大会に半ば強制的に参加させられ、共にお祭りの準備をした青年団の人たちの組織票により、おそれ多くも優勝してしまいました。

 偶然、町に歌姫様がいらしていたこともあり、お祭りは本当に盛り上がりました。

 私も歌姫様の歌を聴かせていただいたのですが、光素の心地よい波が全身を包み込み、とても幸せな気持ちになりました。

 それも、歌姫様はなんと、この土地に豊饒の祈りを捧げてくださったのです!

 空に打ち上がり、降り注いだ光の粒を、広場にいた人だけでなく、町の皆が見たと思います。

 この日のことはきっと、一生忘れないでしょう。

 慈悲深き歌姫様がグーリュネンを祝福してくださった日のことを。


 さあ、午後からはお店番です。

 お祭りなので、たくさんのお客さんがいらっしゃいます。

 一人一人に笑顔で応対し、ようやく途切れた頃でした。

 あまりおみかけしたことのない方がいらっしゃいました。

 白い髪に、赤茶の瞳。切れ長の目が寡黙そうな印象を与えるその方は、私を呼び止めました。

「ミス・グーリュネンに選ばれたイレナさん?」

「はい、そうです。何かご用ですか?」

 首を傾げると、その方は肩に掛けた鞄から、キラキラと光るペンダントを取り出しました。

 その紋章をみて、私は目を疑いました。

「オレは中央監査のクォント・ベイと言います。グーリュネンのために、イレナさんに頼みたいことがあるんだ」

 取っつきにくそうな見た目と裏腹に、のんびりとした口調で、クォントさんは私に事の次第を説明しました。

 グーリュネン山で発見された新しい鉱山を巡って、スオラさんがダン商会に喧嘩を売ったこと。

 収拾がつかなくなったので、青年団とダン商会が大走駒で勝負し、決着をつけることになったこと。

 それを聞いて私はびっくりしました。

 スオラさんは、商工会の青年団長でもありますが、このグーリュネンを本拠地とする走駒チーム〈ウー・グーリュネン〉の主将でもあります。

 何を隠そう、私も〈ウー・グーリュネン〉のファンです。

 そのスオラさんが、走駒で勝負。

 大変なことになるに違いありません。

「私は、スオラさんを止めたらいいのですか?」

 そう問うと、表情少ななクォントさんは首を横にふりました。

「イレナさんには、走駒の〈宝〉になって欲しいんだ」


 クォントさんに言われるがまま、私は走駒の盤上で宝となりました。

 守ってくださるのは言わずとしれた〈ウー・グーリュネン〉のフルメンバーです。スオラさんを中心にして、いかにして私を攻撃から守るかを話し合っているのですが、私は全く普通の人間なので、とても光術師の中には入れません。

「大丈夫だ。全員で、イレナを守るぞ!」

 スオラさんの声で気合を入れたメンバーに、私は恐縮しきりでした。

 何しろ、向こうの〈宝〉は、歌姫さまなのです! 先ほど、広場で豊穣の祈りを捧げてくださったばかりの恩人です。

 私は、ただ茫然と立っている事しかできませんでした。

 こんなにも近くで〈ウー・グーリュネン〉の試合を見られるというのに、全く楽しめませんでした。

 向こうの炎駒である凛々しい女性に手を引かれ、マスを出てから、ようやく引き分けたことに気付いたのでした。

 自分の無力さに涙が出そうでした。おろおろとするばかりで、何もできなかったことがとても悔しかったのです。

 スオラさんは、どうやら試合に巻き込まれた事が怖かったと思ったのか、私を家まで送ってくださいました。

 引き分けになった勝負の結果、ダン商会の補助で地元の商工会が主導して鉱山開発を行う事になったので、これからスオラさんの仕事は増えます。それに、夏が終われば走駒のシーズンも始まるので、さらに忙しくなるでしょう。

 試合では無力だった私ですた、そんなスオラさんを少しでも支えられないでしょうか。

 そう言いたかったのですが、照れくさく恥ずかしく、身の程知らずなそんな言葉を告げることはできませんでした。

 そんな引っ込み思案なところも、少しずつ直していきたいものです。



 さて、いろんな事があったお祭りですが、皆様のご協力もあり、無事に終えることが出来ました。

 無力を感じ、もっと自分を磨きたいと思うことが出来たことは、私にとって大きな収穫です。

 さらに、私はお祭りの後、新しいお友達を手に入れました。

「イレナちゃんっ」

 店先の掃除をしていると、声をかけてくれたのはとても珍しい、黒髪の女の子です。

 私と同い年の女の子。異海から来たという、歌姫様。

「おはようございます、りーちゃん」

 笑い返すと、朗らかな彼女は嬉しそうに笑ってくれます。

「今日もグーリュネンの山にいらっしゃるのですか?」

「ううん、今日はね、クーちゃんと一緒に、新しいケープの受け取りに行くの」

 クーちゃん、というのは、私を走駒に借り出した中央監査のクォントさんの事です。

 何でも、クォントさんはりーちゃんの弟なのだとか。

 どう見ても20歳前後のクォントさんが、私と同じ16歳のりーちゃんの弟であるはずがないのですが、彼女はそう言い張ります。

 ぷんぷんと怒るりーちゃんは、とっても可愛いのです。

 歌姫さまだという事実を差し引いても、商店街のアイドルになっている事を知らないのは彼女だけです。

 と、りーちゃんはそこではっとしました。

「あ、早く行かないとリーダーに怒られちゃう。リーダーってばすぐにぷんぷん怒るんだもん!」

 くるくる変わる表情が愛らしい歌姫様は、ばいばい、と手を振って行ってしまいました。

 そうそう、リーダーというのはルース・コトカというダン商会の企画部の人で、クォントさんとりーちゃんのとても大切な友人なんだそうです。

 彼も非常に整った容姿をしていて、町の評判になっています。その事を知らないのも、彼自身だけだと思います。

 りーちゃんの話は、いつもルースさんかクォントさんの事ばかりです。とても仲がいいのだと思います。

 彼らが来てから、何となく街の雰囲気が変わった気がします。

 気のせいかもしれませんが、活気づいていく空気があるのです。


 私は、自分も負けないように頑張ろう、と決意し、町の向こうにある山を見上げるのです。

 新しい鉱山の発見された私たちの山、グーリュネン。


 大地を私たちに与えてくださった六晶系の神々が、どうか私たちと共にありますように。


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