宝石泥棒(1)
「宝石泥棒?」
「はい、そうなんです」
ため息と共にそう告げたのは、小さな町の国営ギルドの責任者だ。クーラーまで完備されていたグーリュネンとは大違い。町の端っこに建てられた木造のギルドに、職員は3人だけ。人口の少ないといえど、自警団の手を借りても人手が不足気味らしい。
飛び込みでやってきた中央所属のリーダーとクーちゃんは、あっという間に捕まった。
「昨日と、一昨日に1件ずつです。町の宝石屋は3件ですから、おそらく今晩、最後の盗みに現れると思うのですが……私たちでは対処できそうにないのです」
「どういう事です?」
「我々より泥棒の方が、強いのです。最初の宝石屋では、たまたま通りかかった自警団員が2人、重傷を負いました。2件目は、見張りにでていたギルド職員の光術師が。ギルド職員もそれなりの使い手だったのですが、どうやら犯人はそれを上回る技量の持ち主です」
そして、ため息。
「分かりました。俺とクォントで3件目の宝石屋に張っておきましょう」
リーダーはそう言って、町の地図を要求した。
「2件襲って、残り1件。どう考えても待ち伏せされてる事くらい分かるだろうに、来る奴なんているのか?」
国営ギルドを出たリーダーは眉間に皺を寄せた。
確かにそうだ。
宝石屋が3件あって、一晩ずつ2件襲ったら、今晩は3件目。当たり前のことだから、それなりに対策を立ててくると思うのが普通だろう。
それでも飛び込んでくるのは、よほど自分の腕に自信があるか、何も考えていないかの二択しかない。
「分かんないよ。昨日の光術師を倒したことで、調子に乗ってるかもしれないし」
「……それで調子に乗るような馬鹿が犯人ならいいんだがな」
リーダーはため息をついて地図をクーちゃんに渡した。
とりあえず行ってみようよ、と先導してクーちゃんが歩き出し、リーダーがそれに続く。
ところが、歩き始めて数歩で足を止めた。
「おい、リーネット。何でお前はついてくる気でいるんだよ」
「え? だって宝石屋さんに行くんでしょう? あたしも行きたいよ!」
リーダーにとって宝石は光術の道具かもしれないが、あたしにとっては石だ。鉱物だ。地面のことを知る手がかりだ。
この場所でどんな石がとれるかは、宝石屋に行けばだいたい分かってしまう。
あたしは宝石屋さんが大好きです! だから、新しい町に着たら宝石屋さんに行きたいのです。
「阿呆か、仕事だ、仕事。それこそ、犯人と鉢合わせしたらどうすんだ。がきんちょは宿に戻ってろ」
リーダーは、虫にするようにしっし、とあたしを追い払った。
その様子を見て、クーちゃんは笑う。揺れる肩に合わせて、あたしとお揃いで仕立ててもらったセピア色のフードケープがゆらゆらと振れた。
「オレもだけど、ルースも大概、過保護だよね。特に、りー姉が怪我してからは」
「うるせーですよ」
いいから宿に戻っておけ、じっとしてろ、勝手に出歩くな、知らない人間について行くな……と、子供に言い聞かせるような言葉をさんざんあたしに浴びせたリーダーは、クーちゃんと一緒に道の向こうへ去って行ってしまった。
その後ろ姿を見送ると、何となく寂しくなる。
あたしは中央監査じゃないから、二人と一緒に行くことは出来ない。それは分かっている。戦闘力もないからおそらく足手まといになるだろうし。
あたしには何もできない。その事実が、ちくりと胸を刺す。
「でもさ、あたし一人になる方が危ないかもしんないじゃん」
前髪を止めたヘアピンを指でなぞった。
リーダーがくれたこのお守りは、あたしが〈遊技人〉に襲われてから強化された。
これまでは、敵意のない人間や物理攻撃はそれなりに透過するようになっていたのだけれど、今は全く通さないらしい。
その代わり、発動するときは周囲に気をつけなさい、と厳重注意を受けた。まるで防犯ブザーを渡された小学生だ。いたずらに使っちゃいけないよ、って。
分かってるよ! よけいなお世話だよ!
……試しにちょっと使ってみたいと思ったのはほんとだけどさ。
うずうずする気持ちを抑えて、あたしは言いつけ通り宿への道を歩いていった。
グーリュネンの山を調査したときのデータがまだまとめきれていない。その作業だけでも、一日や二日では終わらないだろう。だから、宿に引っこんでいる理由もあるし、退屈はしない。データまとめは、普段なら雨の日に行う作業だが、今日は二人とも帰ってこなさそうだから、集中してやってしまおう。
リーダーによって〈四次元バッグ〉へと改造されたサイドポーチをぽんぽん、と叩いて、あたしはにんまりした。
「……そろそろ、偏光顕微鏡とか欲しいよねえ」
二人におねだりする次の地質調査用具を頭の中で列挙しながら。
宿へ戻ろうとのんびり歩いている途中、何故か唐突に背中がむずがゆくなった。
なんだろう、この感覚。
背中を触ってみたけれど、特になにもない。
物理的な感覚と言うよりは、光素関係の何かのような気がする。
思い切って振り向くと、自然と一点に視線が吸い寄せられた。
立ち並ぶ家の陰、隠れ切れていない人影があたしの様子を伺っていたのだ。
向こうも、あたしが見ている事に気づいたようで、さっと身を隠した。
うーん。危険はなさそうだと思う――勘だけど。光素を意識して感じるようになってから、あたしは危険な場所をそれなりに感知するようになっていた。
その油断が危ない、なんて分かり切っていたのに。
あたしはとその人影に歩み寄った。
静かに近づいて、ぱっと路地をのぞき込むと。
「あっ! 神父さんだ!」
全然似合わない教会の神父服に身を包んだ三白眼の男が立ち尽くしていた。まさかあたしがこっちに寄ってくるとは思わなかったのか、大きく目を見開き、動揺を露わにしている。
最初の町で、あたしを拘束した光術師だ。確か、リーダーに捕まりそうになって、壁を壊して逃走したはず。
優しさの欠片もない三白眼。よく見ると年はクーちゃんやリーダーより下に見えた。どちらかというと、あたしに近い。あの時は殺されそうになった気がするけれど、今、まじまじと相対すると、そんな怖い空気はなかった。
「何であの距離で気づくんだよ!」
「背中がかゆくなったもん。あれってもしかして、光素の動きで視線を感じたのかな?」
「俺に聞くな!」
悲鳴を上げたその人は、あたしの額に向かって手を伸ばした。
あっ、前にやられたヤツだ!
ばちん、と電気を通される前に、あたしは叫んだ。
「〈エス〉!」
その瞬間、リーダーによって強化された防御が発動。
その人は、思いっきり吹っ飛んだ。そして、背中から壁に衝突して動かなくなってしまった。
あっ、これはやってしまったかも。
防御を解いて、慌てて駆け寄った。
ぐったりと壁にもたれ掛かる彼の手を取り、揺さぶる。
「大丈夫? ごめんね、またバチンてされると思って」
と、次の瞬間、彼はぱっと目を開けてあたしの手首を掴み返した。
「痛っ……」
「それを覚えてて、よく俺の近くに寄ってきたな。捕まえろと言ってるようなもんだ」
後ろ手に拘束され、あたしは壁に押しつけられた。
まずい、完全に油断した。
胸の底が一気に冷える。リーダーとクーちゃんが怒っている顔が浮かんだ。
でも、不思議な事に、命の危険は感じなかった。刺された時に、本物の殺意に触れてしまったせいだろうか。この人からは、あたしを殺そうとする意志を感じない。
多少、乱暴はされるかもしれないが。
「せっかくだ、あの中央監査に復讐してやる。お前をエサにすれば、あいつはきっと来るだろう」
それだけはやめて! きっと二人とも来てくれるだろうけど、絶対に怒られるから!
抵抗むなしく、その人はあたしの背中に手を当て、再び光術を流し込んだ。
バチン、と大きな音がして、ショックで意識が混濁する。
ああ、この人は雷の光術師なんだな。
最後の意識で、そんな事を思いながら。
ぱちりと目を覚ました時、自分の居場所が一瞬、分からなかった。体が芯まで冷えている。もう夜になってしまったのだろうか。地面に布を一枚、敷いた上に転がされている。
周囲を見ると、どうやら洞窟の中のようだった。色が黒っぽいから、変成岩か何かだろう。頭の中に地図を描き、グーリュネンとの位置関係を測る。あの花崗岩体によって変成したあたりではないだろうか。
洞窟内に明かりはなく、三白眼の人の姿もない。
「……あーあ、どう考えてもリーダーに怒られるよね」
不可抗力とはいえ、相当油断していたのだ。
自分の命が狙われる危険があると分かってから、余計に油断するようになったなんて、笑えない――あの殺意を知ってから、それ以外の害意が薄くなってしまったなんて。
こういうの、開きなおりっていうのかなあ。
と、そのとき、あたしは気づいた。
洞窟の壁に、桜の花びらのような模様が浮かび上がっている。
まさか、この洞窟……!
「桜石だ!」




