宝石泥棒(2)
桜石。
その名の通り、花びらを広げた桜のような形をした結晶だ。マグマの貫入による熱変成によって出来た菫青石という鉱物が風化することによって、その形を保ったまま別の鉱物に置換されたもの。
菫青石は三角柱が6つ集まった六角形の結晶のなのだけれど、風化の過程でそれぞれが少し離れ、まるで花びらのように広がるのだ。
縦に切った断面は、まさに桜の花のよう。
あたしは雷の光素が残るせいで重い体を引きずり、壁際に這い寄った。
リーダーに会いたい。こんな重い体ではロクに観察も出来ない。早くリーダーに会って、光素の調節をして欲しい。
桜石は、近くで見ると、全体があたしの掌くらいもあった。
こんな大きな桜石、見たことないよ!
異世界万歳!
再びあたしが感動に打ち震えていると、不意に人の気配がした。
武道の達人じゃあるまいし、向こうの世界で人の気配を感じるなんて事、今までなかった。
おそらくあたしは、無意識的に光素の動きを感じている。少しずつ、体が、意識が、この世界に馴染みつつある――光素に満たされたこの世界に。
視線の方向にいたのは、三白眼の神父さんだった。
「おかえりなさい」
あたしが言うと、神父さんは怪訝な顔をこちらに向けた。なんでお前に出迎えられねばならんのだ、と言いたげだ。
「俺はお前を問答無用で捕らえたんだぞ。もう少しくらい警戒したらどうだ?」
息を切らしてるのは、何かから逃げてきたから?
「でも、あなたはあたしを傷つけようとはしてないでしょう? 前回も、気絶させただけだったし。他の人を殺したのはあなたじゃなかったんだね」
首を傾げながらそう言うと、その人は舌打ちした。
あたしは気にせず続けた。同じ年くらいのこの人に、同情もある。
「リーダーが言ってたけど、あなたは雇われの光術師なんだって? もっとまっとうなお仕事しようよ。国営ギルドだって人手不足だし、たぶん雇ってもらえるよ?」
「いいんだよ、次の雇い主はもう見つけてんだ」
「どんな人?」
「さあ? 話だと、元領主、って言ってたが、腕の立つ光術師を集めてるようだ。何をするかはよく知らんが、鉱山都市ロヴァニエミにいるらしいぜ」
彼は、担いでいた大きな袋を地面におろした。
「それは?」
「あ? 宝石に決まってんだろ。盗んできたんだよ」
宝石、ってもしかして。
「ここ2日間町に現れた宝石泥棒って、あなたなの?」
「ああ、そうだろうな。光術に使う宝石が足りなかったから、拝借してきたんだ」
彼は持ってきた袋を洞窟に置いてあったリュックに詰め込んだ。
そして、置いてあったランプに灯をともす。
「そういや、あいつがいたな。中央監査の光術師。国営ギルドからの依頼で警護してたのか知らんが、俺様が簡単に捕まるかっての」
「リーダーに会ったの?」
「ああ。お前を預かってる、っていったら、怖い顔してたぜ。そろそろ探しに来るかもな。ま、この近辺には光術の網が張ってあるから、近づいたらすぐに分かるが」
その言葉で、あたしは違和感を覚えた。
「クーちゃんはいなかったの? 会ったのは、リーダーだけ?」
「ああ、そうだ。仲間がいたんだったら、ちょうど見なかったな。気配もなかった」
とってきた宝石を見聞するその人を見て、あたしは口を閉ざす。
それ、たぶん、クーちゃんもいたよ。隠れてたんだと思う。光素からだがないから気配もないしね……
もしクーちゃんがいたとして、あたしが捕まった事を聞いたらどうするか。
――まずい
「クーちゃん、いるんでしょ」
向こうの世界より、身体能力が格段に上がっている弟が、ただの光術師を取り逃すとは思えない。
何より、リーダーがこの人に負けるとも思えない。
逃げられたとしたら、きっとあたしの居場所を探るために泳がせただけだ。捕まったらきっと、この人は酷い目に遭わされてしまう。
「何言ってんだ? 光素体が近づいた反応はないぞ?」
「そりゃないよ。だってクーちゃん、光術が全く効かないんだもん」
「はあ? 何だそれ。そんな人間いるのか?」
いるんだよ、と言う前に、あたしは後ろから口を塞がれた。
それは強制ではなく、やさしくあたしの言葉を止める大きな手。
「りー姉、しゃべりすぎだよ。それに、気を抜きすぎ。またこんな目に遭って……ルースも怒ってたよ?」
頭の上から弟の声。
「……反省してます」
しおらしく力を抜き、後ろから抱き止めてくれたクーちゃんに身を預けた。
あたしを抱える腕に、少し力がこもっている。
うん、クーちゃんも怒ってるね! ごめんね!
こんな時、クーちゃんが何をしようとするかあたしは学習していた。
「この人、悪い人じゃないよ。殺さないで」
「殺さないよ? ちょっと痛い目見せるだけ。それにりー姉、宝石を盗んだ時点で悪いヤツだよ」
うーん、それもそうだ。
光術が全く効かない、という言葉を疑いつつ、目の前にいる弟の姿に驚愕している神父さんは、目を白黒差せながら叫んだ。
「お前……何者だ?!」
「オレ? オレはねえ、りー姉の弟で、中央監査のクォント・ベイ。国営ギルドから、アンタを捕まえろって依頼されてるんだ」
にっこりと笑ったクーちゃん。
「ま、宝石泥棒以前に、りー姉を捕縛した時点でアウトだけど」
「あれ、そういえば、リーダーは?」
「すぐ来るよ」
せっかくオレが助けに来たのに、何でルースの話するの、とすねるクーちゃん。
違うよ。あたしは雷の光素のせいで重くなってしまった体を治してほしいだけです。
と、そのとき、神父さんがはっと洞窟の入り口を見た。
「先に行くんじゃねーよ、クォント。体力差を考えろっての」
そこへ、軽く息を乱しながら、ルースが駆け込んできた。
クーちゃんは、すねた表情のままあたしをルースに押しつける。
「りー姉はオレよりルースがいいんでしょ」
「違うよ、クーちゃん!」
「……何の話をしてやがんですか、お前らは。姉弟だろ、仲良くしろよ。間男と出会った彼氏みてーな台詞言ってんじゃねーですよ」
リーダーは呆れながらもあたしを受け取って、すぐに気づいた。
「ああ、光素が乱れてんな。ちょっとじっとしてろ」
そうしてすぐ、首筋に手を当てる。
ルースの手は熱い。クーちゃんとの温度差に、イヤでも意識してしまう。奥底に封印しようとしている心が敏感に反応する。
心臓がどきんと跳ねて、胸がきゅうっと熱くなる。
そんな、当たり前に触れないでよ……あたしの気持ちも知らないで。
悶々としながらも、あたしは振れたところから流れ込んでくる光素の心地よい感触に身をゆだねた。
そうやって楽しそうにしているのが気に食わなかったらしい。
「俺を無視してんじゃねぇー!」
神父さんがとうとうブチ切れらっしゃった。
ああ、二人が来たから、安心して忘れるところだった。あたし、捕まってたんだった。
「ここで会ったが百年目! 覚悟しやがれ!」
その人は、右手首にはめていた腕輪の宝石を撫でた。
「〈荒れし海より 濁る川より 覆い尽くさん黒雲を 仰ぎ見るは黒熊〉」
長い詠唱。
クーちゃんならその間にちょいっとやっつけてしまいそうだけれど、今はすねているので、ルースに向かって放たれるであろうその攻撃を邪魔しようともしなかった。
まだあたしの光素の調節をしているリーダーだったけれど、詠唱が終わりそうになった頃、小さく解除コードをつぶやいた。
その瞬間、神父さんが青い光の球に包まれる。あれは防御の光術だ。
自分を守るのではなく、相手を包むこともできるんだ。
「〈爪と牙を 研ぎ澄ませ 天より降りる 鷹を捕えよ〉!」
それに気づかず、集中して詠唱しきった神父さん。
その全身から雷撃が放たれ――
「ぎゃあああああ!」
周囲の壁に反射して、すべて自分に戻ってきていた。
ばちばちばち、と凄まじい音がして、閃光が洞窟内を照らし出す。天井、壁、そこかしこに見られる桜石の結晶を浮かび上がらせた。
なんて神秘的な光景だろう。
その景色に見とれている間に、神父さんは自分の攻撃を受け、ゆっくりと地面に倒れ伏した。
どんまい。
「……さすが、3日目にまんまと飛び込んでくる馬鹿は違うな」
リーダーがしみじみと呟いて、クーちゃんが神父さんの体を起こす。
「オレが連れてくよ。りー姉は、ルースが連れていって」
あ、クーちゃんがまだすねてる。
普段、甘えてくるばっかりの弟がすねているのも可愛いものです。あたしは姉の余裕で微笑ましく見つめていた。
が、クーちゃんが肩を支えていた神父さんが、ぱっと目を開けた。
そして、目くらましの光術を発動する。
「しまった、コイツの耐性の高さを忘れてた!」
洞窟から溢れ出す光の洪水。
光が収まった時には、神父さんの姿は消えていた。




