第十七話 商人の条件
第十七話 商人の条件
千代が話を持ちかけたのは、城下で布や薬種を扱う店だった。
店先には反物や麻布が積まれ、奥の棚には小さな包みや壺が並んでいる。客の出入りは絶えず、店の者たちは品を確かめ、帳面を開き、荷をまとめる手を止めない。
景継は入口の脇で、その様子を眺めていた。診療に必要な物を買うだけなら、店へ来て代金を払えば済む。だが、今必要なのは一度きりの買い物ではなかった。
患者が増えれば布は減る。汚れた布を分け、洗い、乾かし、使えるものを選び直しても、消費そのものをなくすことはできない。必要なときに必要な量を手に入れられなければ、せっかく整えた手順も止まってしまう。
「お話は、千代殿から伺っております」
店の主人は、帳面を閉じて二人を奥へ通した。愛想は悪くないが、こちらの用向きを聞く前から品を差し出すような様子もなかった。
「治療に使う布が足りなくなっているそうで」
「はい。これからも必要になります。できれば、継続して融通していただきたいのです」
千代はそう答え、景継へ目を向けた。
景継は持参した紙を広げた。そこには、必要な布の種類と、今ある分、直近で不足する見込みが書き留めてある。まだ正確な消費量を見通せるほど記録はたまっていない。だからこそ、確かな数字と、見込みにすぎない数字を混ぜないようにしていた。
「まずは、この分をお願いしたい。すべてを一度に揃えていただく必要はありません。ただ、いつ、どの程度なら渡せるかを知りたいのです」
主人は紙を受け取り、目を走らせた。
「布は布でも、何でもよいわけではないのでしょうな」
「そうです。患者の傷に直接当てるものと、周囲を拭いたり、道具を扱ったりするものでは、必要な質も扱いも違います。こちらで用途を分けますので、そちらでは品の種類と量を確かめていただきたい」
「清潔なものを、という注文ですか」
「少なくとも、汚れや傷みのないものを。受け取った後の扱いはこちらで決めます」
主人はうなずいたものの、すぐに承知とは言わなかった。
「ご希望は分かります。しかし、店にある品を、すべてそちらのために取り置くわけにはまいりません。他にも買い手はおりますし、仕入れたものには代金を払わねばならない。売れるあてのない品を抱えれば、こちらが困ります」
「当然です」
景継は言い返さなかった。
医療に使うのだから、必要なものを優先してほしい。そう願うことはできる。だが、主人にも仕入れ先があり、店を維持するための支払いがある。善意だけで品を出してもらえば、次に必要になったとき、その店自体がなくなっているかもしれない。
千代が身を乗り出した。
「では、今ある分を買い取ることと、次に入る品について、入荷の見込みを知らせていただくことはできますか。こちらも、必要だからといって、いつまでも待たせるわけにはまいりません。間に合わないと分かれば、別の手立てを考えます」
「入荷の見込みはお伝えできます。ただし、約束はできません。仕入れ先から届かなければ、こちらにもどうにもならない」
「それは承知しています。届かなかったときに、いつまで待てばよいのかも分からない、という状態を避けたいのです」
主人は千代を見た。若い女だからと軽く扱うような目ではなかった。むしろ、どこまで条件を詰めるつもりなのか、測っているようだった。
「支払いは、いつになりますか」
千代は即答しなかった。景継の顔を見て、必要な分を確保することと、払える見通しのない約束をすることは別だと確かめるようにした。
「支払いを誰が担うか、どのような形で認められるかは、こちらでも確認が要ります。今ここで、必ず何日に払うとは申し上げられません」
「それでは、品を渡すわけにはいきませんな」
主人の声に、怒りはなかった。ただ、線を引いていた。
「こちらも商いです。品を渡して代金が戻らなければ、次の仕入れができなくなる。治療に使うと聞けば、こちらも力にはなりたい。ですが、店の者や仕入れ先を困らせてまで差し出すことはできません」
景継は主人の言葉を聞きながら、店の棚に目を向けた。品物が並んでいるからといって、すべてが自由に売れるわけではない。店にあるものにも、すでに買い手がついているかもしれない。次の荷が届くかどうかも、主人が決められることではなかった。
「代金の扱いが決まるまでは、先に支払える分だけを買います。継続してお願いする分については、こちらで責任を持つ者と相談し、改めて条件をお伝えします」
主人は景継の顔を見てから、紙を机へ戻した。
「それなら話はできます。今ある布のうち、売れるものを確かめましょう。ただし、今日お渡しできる量は限られます」
「お願いします」
主人が店の者を呼ぶと、奥から別の帳面が運ばれてきた。布の種類と残りの量が一つずつ確認される。景継は用途に照らして必要なものを選び、千代は品ごとの値と渡せる時期を確かめた。
最初に考えていた量には届かなかった。それでも、何が手に入り、何が手に入らないのかは分かった。曖昧な期待を抱いて帰るより、次に取るべき手を考えやすい。
話がまとまりかけたところで、主人が別の包みを示した。
「薬種も必要だと聞いております。こちらも見ていかれますか」
景継は包みを開く前に、千代と顔を見合わせた。
「品の名と、どこから仕入れたものかを伺いたい。薬として使えるかどうかは、こちらで確かめます。名前だけで、すぐに買うとは決められません」
「それは構いませんが、すべての品について、仕入れ先や効き目を保証できるわけではありません」
「保証できないものがあるのは分かっています。分からないことを、分からないまま確かめたいのです」
主人は小さくうなずき、包みを一つずつ机へ置いた。
景継は品の名、量、値を聞き、分かる範囲で紙に記した。薬種の名を知っていることと、目の前の品が期待する働きをすることは同じではない。必要だからと急いで買い集めれば、使いどころの分からないものばかり増えるおそれもあった。
すべてを選び終えた頃には、店先の客が何度か入れ替わっていた。
買い取れる布と、追加で確認する薬種。次の入荷について知らせてもらう約束。それが、この場で得られたものだった。診療に必要な物資が十分に揃ったわけではないが、何も得られなかったわけでもない。
店を出ると、千代は包みの数を確かめた。
「思っていたより、少なくなりましたね」
「必要な量をすぐに揃えられるとは、初めから限らなかった」
「ええ。ただ、こちらが必要だと伝えるだけでは、相手は動けません。代金も、品を運ぶ手間もあります。次に何を頼むか、もう少し分けて考えなければ」
千代は包みを持ち直した。
「一軒だけでは足りませんね。別の店にも、同じように話を聞いてみます」
「頼めるか」
「頼むだけならできます。でも、同じ条件で引き受けてもらえるとは限りません。店ごとに持っている品も違いますし、こちらを信用してくれるかどうかも違うでしょう」
景継はうなずいた。
一つの店から必要な物をすべて集めることができれば、話は簡単だ。しかし、その店の仕入れが滞れば、診療に必要なものもまとめて止まる。品を分けて頼めば手間は増えるが、ひとつの途絶がすべてを止める危険は小さくなる。
「まずは、どこから何を買えるのかを整理しよう。届く時期も、分かる範囲で残しておきたい」
「それなら、私がまとめます。頼んだものと、実際に届いたものを別に記しておきます」
「頼む」
二人が治療所へ戻ると、綾が入口近くで、洗い終えた布を分けていた。清潔なものと、まだ使う前に確かめる必要のあるものが、別々に置かれている。
「手に入りましたか」
「少しだけ。これで当面の不足を埋められるかは、使い方と患者の数次第だ」
景継が答えると、綾は包みを見てから、布を置く場所を空けた。
「なら、こちらも無駄にしないようにします。けれど、足りないものを足りないままにしておけば、いずれ手が止まります」
「そうならないように、調達先を増やす」
景継はそう答え、千代が持ち帰った品を確かめるため、机の上を片づけた。
治療を続けるには、患者を診るだけでは足りない。布を分ける者、品を運ぶ者、代金を用意する者、それぞれが動ける条件を整えなければならない。
今日、手に入った品はわずかだった。
それでも、次に何を尋ね、誰と話し、どこを確かめるべきかは、少しずつ見え始めていた。




