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分岐  作者: りな


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3/5

田中麗奈

 最初に壊れたのは、声だった。


「おはよう」


 そう言っても、返事は返ってこない。

 目が合っても、すぐに逸らされる。


 ――シカト。


 それが始まりだった。


 机の中の教科書が消えた。

 次はノート。

 次は、制服の上履き。


「知らない?」


 聞けば、

 金森栞菜は肩をすくめて笑った。


「自己管理できてないんじゃない?」


 周りも笑った。


 麗奈は笑えなかった。



 ある日、

 体育の後、教室に戻ると、

 頭から冷たい水をかけられた。


 髪から滴る水が、

 床に落ちる。


「ごめん、手滑った」


 そう言ったのは、愛だった。


 謝罪の形をした攻撃。


 麗奈は、何も言えなかった。


 言えば、

 次はもっと酷くなると知っていたから。



 唯一、

 優しくしてくれたのが、光だった。


「大丈夫?」


 そう言って、

 タオルを差し出してくれた。


 笑顔が眩しかった。


 ――この人だけは、違う。


 そう、信じた。


 勇気を振り絞って、

 告白した。


 翌日、

 麗奈の名前は、SNSにあった。


 《ブスの勘違いw》

 《告白してきたw》

 《調子乗りすぎ》


 スクリーンショット付きで。


 光も、

 笑っていた。



 放課後、

 人気のない場所に呼び出され、


 突き飛ばされ、

 罵られ、

 蹴られた。


「身の程知れよ」


 誰かが言った。


 麗奈は、

 声も出なかった。



 父親は、

 突然仕事を失った。


「……圧が、かかった」


 それだけ言って、

 うつむいた。


 相手が誰か、

 言わなくても分かった。


 金森家。


 ――ああ、

 この世界は、最初から違っていた。



 麗奈は、顔を変えた。


 名前も、

 過去も、

 すべて置いてきた。


 そして――

 田中宗也と出会った。


 彼は、

 全部を知っていた。


 それでも、

 麗奈を選んだ。


 復讐は、偶然から始まった。


 上流階級向けのパーティに出席した夜。

 シャンパンのグラスを持つ手が、ふと止まった。


 ――金森栞菜。


 変わらない。

 自信に満ちた歩き方。

 自分が中心であることを疑わない目。


 向こうは、気づいていなかった。


 今の麗奈を、

 過去の「いじめていた麗奈」だとは。


「はじめまして」


 栞菜のほうから近づいてきた。


「すごく綺麗ですね。どちらの方?」


 その一言で、確信した。


 ――復讐は、向こうから入ってくる。


「麗奈です」


 名字は言わなかった。


 栞菜はすぐに判断した。

 上流階級。

 美人。

 身に着けているものは一流。


 友達にする価値がある。


 そんな目だった。


「今夜、素敵な演奏があるんです」


 栞菜が指差した先で、

 ピアノを弾いていたのは愛だった。


「有名なピアニストで、私の友達なんですよ」


 誇らしげな声。


「素敵ね」


 麗奈は微笑み言葉を続ける。


「あなたも、とても綺麗。彼氏さんも、さぞ自慢でしょう」


 栞菜は少しだけ頬を染めた。


「いない、とは言えないかな。もうすぐ手に入るから」


 視線が、会場の奥へ向く。


 そこにいたのは、宗也だった。


 麗奈は、わざと気づかないふりをする。


「狙ってる人?」


「まあね」


 麗奈はスマホを取り出す。

 仲の良い男性との写真が見えた


「もしかして……光?」


 栞菜の目が、わずかに揺れた。


「イケメンで人気モデルだし、お似合い」


「ただの友達よ」


 そう言いながら、否定は弱い。


「高校からの付き合いで、今日ピアノ弾いてる愛と、光と、由紀子って子と、ずっと一緒」


 懐かしそうに語る。


 麗奈は、にっこり笑った。


「今度、食事でもどう?」


 栞菜は即答した。


「ぜひ」



 食事の日。


 麗奈は、宗也が選んだドレスを纏った。

 アクセサリーも、靴も。


 完璧だった。


 栞菜は内心、歯噛みしていた。


 ――でも。


 宗也を落とせば、全部手に入る。


 そう思い直す。


 まだ知らない。

 目の前の女が、

 その男の妻だということを。


 その日、

 由紀子と光を紹介された。


 光は、露骨だった。


 麗奈から、目が離れない。


 その視線に気づいた瞬間、

 栞菜の苛立ちはさらに募った。


 由紀子は、違った。


 麗奈の手を見た瞬間、

 顔色が変わった。


 ――ほくろ。


 忘れられるはずがない。


 由紀子は、思い出してしまった。


 シカトしたこと。

 笑ったこと。

 見て見ぬふりをしたこと。


 夜、由紀子は呼び止められた。


「気づいてるでしょ」


 麗奈は、静かに言った。


「協力して」


「……しないと?」


「あなたが破滅する事になる、それに見たくない?彼らが破滅するところ」


 由紀子は、頷いた。


 あの頃と同じだった。

 逆らえない。

 ただ主人が麗奈に変わった


復讐が形になる前。


 ラウンジで一人、

 グラスを傾けていると、

 声をかけられた。


「綺麗になったね」


 知らない女。


「杏樹」


 それだけ名乗った。


「復讐する?」


 そう、静かに聞いてきた。


「私は、幸せです」


 麗奈は答えた。


 杏樹は、否定しなかった。


「生きてる人の復讐はね」


 去り際に言った。


「血は流れないけど、人生は死ぬ」




 愛の転落は、

 事故だった。


 由紀子が用意した仕事の話。

 無理なスケジュール。

 疲労。


 濡れた階段。

 転倒。


 手首。


 治らない怪我。


 誰も、犯罪だとは言わなかった。


 未来だけが、失われた。



 光は、壊れるのが早かった。


 麗奈に、本気になった。


 それでも、栞菜との関係はやすやすとは切れない。


 その矛盾が、

 誰かのスマホに撮られていた。


 栞菜と関係を持つ光。

 麗奈に迫る光。


 顔は伏せられている。

 でも、分かる人には分かる映像。


 拡散。

 炎上。


 光のモデルの仕事は消えた。



 最後に、栞菜だった。


 真実を知ったのは、

 宗也と並ぶ麗奈を見た時。


「……奥さん?」


 声が震えた。


 嫉妬が、理性を食い尽くす。


 栞菜は動いた。


 誘惑。


 接触。


 ――全部、記録された。


 既婚者。

 友達の夫。

 それを狙った女。


 情報は、

 正義の顔をした第三者から拡散された。


 栞菜は、社会的に終わった。


 夜、宗也が言った。


「満足できた?」


「いいえ」


 麗奈は、正直に答えた。


「ただ返してもらっただけ」


 それでいい。


 復讐は、

 人を救わない。


 ただ――

 奪われた人生を、

 自分の手に戻しただけだ。



 鏡の中の女は、

 もう怯えていなかった。


 それでも、

 胸の奥は、静かに痛む。


 生きている限り、

 それは消えない。


 それが、

 生きてる人の復讐の代償だった。



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