第63話 二人の夜――凍える体、燃えぬ炎
レンドルはふと、目が覚めた。
少し寝よう、そういって眠りについたのを覚えている。
焚き火はまだ燃えている。だが、炎が小さくなっていた。
外を見ると、空はまだ暗い。雨音は続いている。
ジークは、膝を抱えたまま眠っていた。
よかった。
レンドルは枯れ木を足そうと手を伸ばした。その時、樹洞の奥、ジークの背中側の根から、細い水の筋が伝い流れているのが見えた。雨が土を染み込み、根を伝ってジークの背中へと、静かに滴り続けていたのだ。
これでは、身体が冷えてしまう。
レンドルはゆっくりと近づいた。つんと、嫌な臭いがした。
「ジーク、手を触るぞ」
冷たい。ひんやりとしている。指先だけでなく、腕も、肩も、芯から冷えきっていた。
根から伝った水が、ずっとジークの背を濡らし続けていたのだ。体全体が冷え切っているのも、当然だった。
肩口の包帯に目をやる。血が滲んで、帯が変色していた。
触れると湿っている。
レンドルはジークの肩をそっと揺らした。
崩れるように、ジークが横に倒れた。
顔が蒼白だった。
額に手を当てると、熱い。
肩口に顔を近づけると、臭いが鼻先をかすめた。レンドルは腰の短剣を引き抜き、包帯を断ち切った。
「く……何が深くないだ。……俺は、あの言葉を信じすぎていた」
銀狼の大きな口に噛まれて、大丈夫なはずがない。
牙を砕いただけで、たまたま助かっただけじゃないか。
俺はなんて浅はかな―――いまは後悔じゃない。
深く、息を吸う。
「ジーク、起きろ」
一瞬、まつ毛が揺れた。うっすらと目が開く。だが、光がない。
「……ディネット……待ってて……薬草を……」
意識が混濁している。
くそっ。ポーションなんかないぞ。どうする。
――だめだ、焦るな。冷静になれ。
今、ジークが薬草といった。ルリア草だ。傷にも、解熱にも使える。
雨は止んでいない。枯れ木も残り少ない。行くしかない。
レンドルはジークの外套を手に取り、頭から被った。傘代わりになる。短剣を握り、外へ出た。
青き月が雲に隠れている。光がない。何も見えない。
レンドルは指先に魔力を集める。昨夜、ジークに教わったばかりの火の魔法。小さな炎を灯し、地面を照らした。
ルリア草を探す。手のひらのような形の葉、とジークが言っていた。
見つからない。どこに生えているのか、もっとちゃんと聞いておけばよかった。
足元を照らしながら進む。何度か炎が消えた。雨が当たると、魔力の操作が乱れる。
――あった。
手のひら形の葉が、根元の陰に固まっている。
そうだ――毒草がある、とジークは言っていた。見た目はほとんど一緒だと。
どう見分ける。
思い出せ。……確か、苦みがある、と聞いたような気がした。あるいは、それは母さんに飲まされたときの味の記憶か。どちらか分からない。
試すしかない。
一枚摘んで、口に含む。噛む。苦みがない。
吐き出す。
違う。これは偽物だ。それとも俺の記憶が間違っているのか。
川のそばで口を濯ぎながら、別の株を探す。何枚か摘んでは試した。苦みは出ない。
だんだん、視界がぼやけてきた。頭が重い。めまいがする。毒草のせいか。
――ジークを助けるんだ。
ふらつきながら炎を灯し直し、足元を照らした。
ベリーだ。
赤い実が、根元に固まっている。
ジークが言っていた。ベリーはルリア草と一緒に採る、と。
足元を見ると、その隣に手のひら形の葉が生えていた。
頼む。
一枚摘んで噛む。苦みが、舌の奥に広がった。
これだ。
急いで数枚摘む。症状が出始めている自分のために、一枚をそのまま噛みながら、残りをまとめて握った。
さあ、戻ろう。
あれ。
どちらへ行けば、戻れるのか。
炎を灯す。木々が揺れている。どこから来たのか、分からない。樹洞はどっちだ。ジークはどこだ。
レンドルは、その場に膝をついた。
意識が、遠ざかっていく。
火は消えた。




