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第二話

 転生者だと認識して以来、ナナミの世界は一変した。


 かつて無為に過ごしていた時間。

 それは、今や知識への渇望を満たすための貴重な資源となった。

 彼は書庫に籠もり、この世界の歴史、地理、そして魔法の体系について、まるで乾いた砂が水を吸うように知識を吸収していった。


 ……この体はすごいな。

 次々と頭に入っていく。

 子供だからなのだろうか?

 それとも、実はこの子自身が優秀だったのだろうか?


「………」


 うーん、考えても分からない。

 けど、どっちでもいい。

 これだけ都合のいい体ならば、今のうちに詰めれるだけ詰め込もう。

 これから先、自分の生きたいように生きていけるために――


 ナナミはまた、読書へと戻るのであった。


 §§§


 ナナミが何かに取りつかれたように、勉学に励む一方。

 その変化を屋敷の使用人たちは戸惑っていた。

 前のナナミとの違いが誰の目にも明らかだったからだ。


「坊ちゃま、最近はまるで別人のようになられましたな」

「ええ、以前の悪戯三昧が嘘のように、一日中書物とにらめっこなさっている」

「あんなに勉強熱心になられるなんて……柱に頭をぶつけたのが、よほど良かったのかしら」


 そんな噂は、やがて父ホルスの耳にも届いた。

 息子が勉学に励む姿は、父として誇らしい以外の何ものでもない。


「ホルス様。ご機嫌がよろしいですね」

「そ、そうか? むふふ」

「ええ、とても(気持ち悪いくらいに……ボソ)」

「なにか言ったか?」

「いえ、別に……それよりも、ナナミさまはかわられましたね」


 話を逸らすように執事のセバスチャンが話を逸らす。


「ふふふ。そうであろうどうであろう。さすがは我が息子よ。この前までは、手の付けられない悪ガキ……い、いや、自由奔放な息子であったのに、嬉しい限りよ。何の心境の変化なのであろうな?」


(やはり、悪ガキだとは認識しておられたのですね)


「そうですね。何があったかは分かりませぬが、さすがお館様の御子息様といったところでしょうか」

「おお! 其方も、そう思うか? やはり我が息子は天才か! いずれは王家の学匠をも凌ぐやもしれぬぞ!」

 

(……すでに将来像を飛躍しておられるの、草)


「ええ、そうでありましょうとも」

「そうであろうそうであろう。くあぁ~はっはっ」


(親バカ、乙)


 このあとも、執務室では主の笑い声が絶えなかったのだった。


 §§§


 それから何日か過ぎた――

 

 ナナミは相変わらず、書庫に入り浸っていた。

 そのことに始めは皆、


「なにか悪いもの取り付かれたではないか?」と疑っていた。


 中には、自分にもおかしなものが取り付くかもと、祈祷すら始めるものいた。


 だが、それが毎日続く。

 そうなれば、それが日常となる。

 すると誰もナナミを燻しがらなくなった。

 むしろ、評判は一転し、勤勉で理知的な子供だと思われだした。


 その要因は、別にもある。


「おつかれさまです」

「え……あっ……はい! 恐縮です! 坊ちゃま!」


 ナナミが自ら、侍女たちとすれ違うたびに挨拶をしたからだ。

 侍女たちには、昔では考えられないことだった。

 侍従たちは、前のナナミを見かけると一礼していた。

 だが、挨拶など帰ってこなかった。

 それだけに、面食らっていたのだった。

 それが、毎回挨拶をする。

 そうなると、侍女たちのナナミに対する評価が変わっていったのだ。


 それに、侍女たちを気遣ったり。

 何かを落とした時は拾ったり、その他諸々。

 と、どんどんとナナミの評価があがった。


 そんな様子に侍女たちの間での噂が今と前で変わっていった。


「ああ、なんて可愛らしい子なの。ナナミ様」


 廊下を雑巾を握り締めながら歩く侍女の一人が足を止め、うっとりしながら話し出す。


「はっ!? あんた、前まで『あのクソガキ、死ねばいいのにっ!』とかいってなかったっけ?」

「なっ! あんただって! 胡散臭い呪術師から呪いの人形にナナミ様の名前を書いて拾った髪の毛をいれて、夜な夜な屋敷の離れた木に釘で打ち付けてたくせにっ!」

「なぁぁぁぁ! ななななんで、そんなこと、知ってるのよっ!」


 誰にも気づかれてない秘密の行動を知られていたと知り、相方の侍女は慌てふためく。


「そんなの、みんな知ってるわよ。あんたが夜な夜な抜け出してるのは有名だからねっ!」

「ええええっ……そんな……ばかな……」


 彼女にバレいるのみならず、館の全員に知られていた事実を知って、膝から崩れ落ちたのだった。


「………」


 あの、そういう事を話すのならもっと声を抑えてくれないかな……

 全部、聞こえてるのですが……

 

 ナナミは深いため息を一つ吐くと、何事もなかったかのように書庫へと足を向けた。


 ……まぁ、いいけどね。

 さて、気を取り直して続き続きと。


 ナナミが去ったあと、残された侍女たちがまた話し出す。


 廊下の隅で二人の侍女が雑巾を手に熱心に?

 ——というよりは、完全に手が止まった状態で話し込んでいた。


「……でも、今のナナミ様、素敵よね」


 手を止めた一人の次女が雑巾を丸めて胸に抱き、うっとりと天井を見上げる。


「うう……それは、分かるわ」


 もう一人は膝をついたまま、深く、深く同意するように頷いた。


「だよね。前は憎たらしい面しかみえなかったけど、よくよく見ると、元々、可愛らしいお顔立ちしてるのよね~」

「あ~それ、分かるわ~。あの言動で損をしていたわよね」

「うんうん。今はすごくいい子で可愛らしいっ! 抱きついてギュッってしたい」

 

 体をくねらせ悶えるように空中で何かを抱きしめるポーズをとる。


「たしかにね」

「……決めたっ!」

「何を?」

「わたし、ナナミ様の妾になるっ!」

「はぁぁぁ? あんた、何言ってんの?」


 聞き捨てならない一言に相方が勢いよく顔を上げた。


「年の差を知ってるの?」

「知ってるわ! でも、なるったらなる! 本妻は無理だろうけど妾なら……そこで、わたしの初めてをナナミ様に……」

「はっ? あんた、何歳まで処女でいるつもりなのよ? 干からびるわよ」


 呆れ果てた視線を向けて、処女を宣言した侍女を言葉で刺した。


「ななな! 失敬な!」

「それに、そんなババアの処女なんてナナミ様だって、お断りでしょ?」

「あ゛!? おい、今なんつった?」


 額に血管が浮き上がる音でも聞こえるかのように侍女の眉間にしわが寄った。


「なんでもないわよ! さぁ、仕事するわよ!」


 怒りで喚き散らしそうな侍女を華麗にスルーしながら、相方は足早に別の仕事場へと向かう。


「あ゛ん! にげんじゃないわよぁ~~~」


 逃げる背中を追いかけて、廊下をドタドタと駆けていく足音。


 そんな賑やかな——というより騒がしい声を、ナナミは少し離れた場所で聞き流していた。


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