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転生したら滅亡間近な王国でした ~小さな軍師の憂鬱~  作者:
零章 リブリア平原の戦い
3/15

カンナエの戦いの再現②

 ナナミの父の進撃の号令が上がった。

 それに応じ、ヴァルデリア軍もまた大地を踏みしめる。


 整然と進む歩兵の列。

 鉄と革の擦れる音、槍先の光――それらが平原に規律を刻み込む。

 一歩一歩が、激突を告げる鐘の音のように重く響いた。


 だが、その均整を破る異音が戦場に轟く。

 地を震わせる蹄の轟き。

 風を裂く咆哮のような叫び。


 ――右翼に展開するアリティア王国最強、『蝙蝠部隊』である。

 黒き影は疾風に乗り、平原を切り裂くように駆け抜けた。


 狙うは同じ右翼の帝国騎兵。


「目標は敵右翼の騎兵! 他には目もくれるな!」

「「応ッ!」」

「弓騎兵、魔術騎兵は最後尾につけ! 盾持ちは前へ、突撃を防げ!」

「「はっ!」」

「飛び道具が来れば盾と魔術で防御! 隙あらば逆に叩き込め! その後、槍騎兵で一気に瓦解させるぞ!」

「「「おおおおおっ!!!」」」


 隊長ハスターの声に、黒騎兵たちが雄叫びを上げた。

 影は一つにまとまり、敵へと牙を剥く。


 ――ドドドドドドッ!


 太陽を背にしたその姿は、まさしく黒翼の群れ。

 槍を構えた騎兵は群蝠のごとく直進し、帝国騎兵へと迫る。


 ヴァルデリア帝国の騎兵もまた、怯まず正面から受け止めにかかる。


 ――瞬間、平原は轟音に包まれた。

 鉄と肉が衝突しようとしいた。

 地が震え、戦場が咆哮を上げた。


 §§§


 轟音――

 地を揺るがす蹄の響き。

 それは、ヴァルデリア帝国軍の鼓膜を震わせた。

 平原を切り裂く黒い潮流――『蝙蝠部隊』の騎兵たちが疾風の如く突撃する。


 凄まじい気迫。

 その気迫に帝国の将兵たちの反応は一瞬遅れた。


 我に返った指揮官が怒声に近い命令を飛ばす。


「弓を構えよ!  魔術師部隊、前へ!  あの黒い悪魔どもに炎で焼き払ってやれっ! 敵を近づけるなっ!」


 号令とともに空は無数の矢。

 空は黒く染まり、灼熱の炎が壁となって迫る。

 鋼と火焔の死の嵐。

 

 しかし、その渦中にあっても、隊長ハスターの口元には獲物を前にした捕食者の笑みが浮かんでいた。


「怯むな!  風で矢を逸らし、水壁で弾け!  炎は魔法障壁で防ぎきれ!」


 鋭い声が飛ぶ。

 その声に全員が騎乗した魔術騎兵たちが即座に反応。

 猛烈な突風が矢の軌道を歪ませる。

 きらめく水の膜が残りの矢を無力化する。


 前衛の騎兵たちは盾を構えつつ魔法障壁を展開し、押し寄せる炎を轟音とともに霧散させた。


 攻撃を凌ぎきった刹那、ハスターは敵の後衛へ命令を叩きつける。


「よしっ! 今度はこちらの番だっ! 弓騎兵、魔術騎兵、遠慮はいらんっ! 倍にして返してやれっ!」


 矢と火球の豪雨が、混乱する帝国軍後方へ降り注ぐ。

 予期せぬ反撃に指揮系統は麻痺。

 隊列は見る影もなく乱れた。

 その隙を見逃さず、ハスターは鬨の声を上げる。


「今だっ!  騎兵隊、突撃!」


 帝国軍の指揮官は苦々しく顔を歪めた。

 やむなく騎兵に突撃を命じる。

 鋼と馬肉の絶望的な波が押し寄せる。

 だが、ハスターはその光景すら計算の内だった。


 最後の指示を放つ。


「よし今だっ! 足元を崩せ!」


 魔術騎兵全員が杖で相手騎兵の地面を指した。

 本来は帝国騎兵が駆ける固い大地。

 だが、一瞬にして底なしの泥濘へと変貌。

 嘶きとともに馬は足を取られる。

 と、同時に騎士たちは次々ともんどりうって倒れる。

 陣形は完全に崩壊。

 もはや組織的な抵抗は不可能だった。

 泥の中でもがく兵士たち。


 そこに、容赦なく、弓を居かけ、魔術を行使していく。

 阿鼻叫喚の惨状。

 その様子をよそに、蝙蝠部隊は黒い影となりぬかるみを避けながら駆け抜けていった。


「はは、隊長、彼らも中々やりますな」


 副官ケーヘンヒラーが、馬を並べながら愉快そうに笑う。


「ああ、まったくだ。ふふ」


 ハスターは泥濘の先で、なおも抵抗を試みる残存騎兵へと顎をしゃくった。


「さて……これで、第一幕は終わった。続いて、第二幕の幕開けと行こうかっ! さあ、諸君! 観客(てき)を失望させるな!  我らが最高の演技(せんとう))を見せてやろう! 血塗られて演目だがな。ふふ。ぬかるなよっ!」

「はっ!」


 ハスターは抜き放った剣の切っ先を敵に向け、腹の底から咆哮した。


「全員突撃ィィィ、いくぞぉぉぉぉ!!」

「「「おおおおおっっっ」」」



 目指すは残った帝国騎兵。

 その側面へ、ハスターは突撃の号令を飛ばした。


「側面から叩き潰せっ!  遠慮は無用だっ! 突っ込めぇぇぇ!!」


 黒き騎兵たちは一糸乱れぬ隊形で敵の側面に襲いかかる。

 衝撃に耐えられない帝国騎兵。

 陣形はもろくも崩れ、次々と馬ごと倒れ込む。


 槍は折れ、盾は砕け、鉄と革の防壁は粉々に吹き飛んだ。


 逃げ惑う兵士たちを、蝙蝠部隊は容赦なく蹂躙する。

 短時間で、帝国騎兵の士気は完全に喪失。

 組織だった抵抗はもはや不可能となった。


 ここまでの所要時間は三十分も経っていなかった。


 §§§


 ――ザシュ!


「がぁぁぁ……」


 血飛沫が舞い、断末魔が平原の風に溶けていく。

 ハスターが振るった凶刃。

 それは、敵兵の鎧ごと肉を断ち、沈黙させた。

 刃に付着した血糊を荒々しく振り払い、彼は周囲を見渡す。


 そこには、もはや敵と呼べる存在はない。

 ただ泥の中でもがく敗残兵の姿があるだけだった。


「ケーヘンヒラー! いるか!」


 ハスターの鋭い声に、すぐさま副官が駆け寄る。

 その鎧にも返り血が点々と付着していた。


「はっ! ここに。いかがなさいましたか」

「ここはもう終わりだ。被害報告を上げろ」

「御意。詳細な確認はこれからですが、見たところこちらの被害は軽微かと。思いのほか、呆気ない幕切れでしたな」


 軽口を叩くケーヘンヒラーの言葉。

 それを聞いて、ハスターは槍の穂先で泥に沈む敵兵を指し、ふっと鼻を鳴らした。


「そう思えるのは、我らが誇る弓騎兵と魔術騎兵のおかげだ。彼らがいなければ、懐にすら入れず、無駄に兵を失っていたやもしれん」

「たしかに……付け焼刃とはいえ。あの部隊は目を見張るものがあります」

「ああ、全くだ。我が指揮官殿には、いつも驚かされてばかりだよ」


 ハスターの脳裏に、あの幼き軍師――ナナミの顔が浮かぶ。

 その怜悧な瞳を思い出し、彼の口元に自然と笑みがこぼれた。


「ですな」


 副官もまた、静かに同意する。


「よし! ケーヘンヒラー! 兵を再編しろ。次は左翼の調理に取り掛かるぞ!」

「はっ! 直ちに!」


 迅速に動き出そうとする副官。

 それを、ハスターは呼び止めた。


「それと、傷ついた兵と魔力の尽きた術者は後方へ下げろ。ここから先は、余力のある者だけで行く」

「はっ! 承知いたしました!」


 今度こそ、ケーヘンヒラーは戦場を駆け、兵たちに指示を飛ばしていく。

 その背を見送りながら、ハスターは思考を巡らせた。


(敵の騎兵は、そのほとんどが右翼に集中していた。となれば、今頃、手薄な我らの左翼が苦戦を強いられているはずだ)


 胸にわずかな不安がよぎる。

 だが、それ以上に――全身を駆け巡る勝利の予感が、彼の心を奮い立たせていた。

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