第七話
……ほんとにっ!
余計なことしかしないな父上はっ!
あれから、わたしは数人の貴族に囲まれ対応をする羽目になった。
しばらく相手をしているとセバスチャンに呼ばれ父の元へ向かうことになった。
父も、様々な貴族たちの対応をしていた。
その話がおわる間、飲み物を頂くことにした。
「……まったく」
ナナミはグラスを傾ける。
キトルパラディの果汁がわずかに苦く喉を通った。
淡い黄金色の柑橘の果汁。
シャンデリアの光を反射して、手元のグラスがキラキラと揺れる。
「……これ、おいしいな」
グレープフルーツみたいな味でちょっと苦かった。
けど、それがよかった。
周りを見渡す。
大勢の貴族たちが歓談を楽しんでいる。
色とりどりのドレス。
豪華な正装がひしめき合い、会場は熱気と香水の匂いで満ちていた。
その内容は、なんともまぁ……
貴族らしい話題そのものだった。
「――あそこのご令嬢、また婚約が流れたそうですわ」
「まぁ……三度目でしたかしら?」
くすくすと笑い声が漏れる。
扇子の陰で交わされる密やかな嘲笑。
「それより聞いたか? あの商談」
「ああ、あれか。あれだけ豪語しておいて、あの様だ」
「はは、笑えるな」
ナナミはグラスを傾けながら、その声を聞き流す。
危険が迫っているというのに……楽しそうなことで。
いや……考え過ぎなのだろうか?
ただ、単に純粋に商談を……
いや、あの威圧のある雰囲気は言い知れぬ恐怖を感じていた。
杞憂ならいいのだけど……
そうしていると父の話も終わる。
そして、今回の目的。
ヴァーミリオン家が裏切らないと発言する場。
それは、王家の演説の壇上を借りることにした。
名目は――王家の繁栄と発展を祈念しての祝辞――
――建前は、そういうことになっている。
そして、父の祝辞を述べるために壇上にあがろうとした瞬間っ!
――ぐらり、と父の体が、大きく傾いた。
――バタン!
静まり返りかけた広間は騒然とする。
大きく肉厚な体躯が倒れ込む鈍い音が響き渡れば当然だ。
「………っ!」
ななななににぃぃぃ!!
「ちょ、ちょ……え……あ、えええっ!」
なにが起こったか分からないナナミ。
頭がパニパニ、パニック。
周囲の貴族たちからも、どよめきと悲鳴が上がる。
あたふたするナナミ。
そこに、倒れた父が口を開く。
話せると感じたナナミは少し落ち着きが戻る。
そして、その言葉に耳を傾けた。
「ナ、ナナミ……」
「な、なんでしょうかっ!? 父上っ!?」
「わ、わしは……腹が……」
「は、はいっ!」
「……超痛いんじゃ……」
「あ゛……ん!?」
ナナミは埒外の返答に呆気を通り越して絶句した。
「だからのう、ワシの代わりに祝辞を述べてくれぬか?」
「は? ………はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
うっそだろおまえっ!?
……ざっけんなよっ!!
父が倒れたのを見て、駆けつけたセバスチャン!
神妙な顔を浮かべ、口を開く。
ざわざわざわ――
「お静かに……皆さま、申し訳ございません。ただ今ホルス様が、以前より患っておられたはずの不治の病でお倒れになりました!」
はずのっ!? ってなんだよぉぉ!
「そして今、激痛が再発……ああっ! このままナナミ様が壇上に上がらねば、ホルス様は致命傷を負われるやもしれません!」
「いやいや……」
お前ら、ふざけるのもいい加減にしろよっ!!
って、声を上げて思いっきり文句を言いたいっ!
だが、こんな王の御前の場ではそれも出来ない。
周囲の視線はすでに「健気な息子」を見る同情のそれに変わっている。
その状況を作り出したふたりに無性に腹が立つっ!
「ぐ、ぐぅぅぅ……っ、セバスチャン……いた,たたた」
なんだよっ、その三文芝居っ!
やるなら、もっと上手く演技しろよっ!
と、怒りを含んだ目を向ける。
だが……二人共目を逸らす。
うわ、目も合わさないっ!
父の耳元でセバスチャンが「いい感じですぞ」と囁いた気がした。
あんたら、息ぴったりだなっ!!
結局――ナナミは押し切られる。
二人の猿芝居に呆れたナナミは了承した。
「はぁぁぁ……わかりましたっ。分かりましたよ……まったく……壇上に上がりますよ!」
「おお……! ホルス様……ナナミ様が壇上に向かわれましたぞ! なんと、勇ましい」
「おおっ、不思議だっ……痛みが……消えてゆく……!」
嘘を付けっ!
初めから痛くないだろうに……
怒りに拳をブルブルと打ち震わせていたナナミ。
しかし、次の瞬間。
「ふぅぅぅ……」
体中の力を抜き怒りを抑え深く息を吐いた。
そうやって、ナナミは気持ちを切り替えた。
ここは、我が家の行く末に関わる。
そう、自分に言い聞かせる。
一旦、気持ちを落ちるけるために目を閉じ、やるべき事を思い浮かべる。
――まずは、疑念を向けられないよう予防線を張る。
これが全てだ。
失敗は許されない。
ここはある意味、戦場だ。
思考を整理する。
状況、観衆、目的――
すべてを頭の中で並べる。
ゆっくりと目を開き、そして再び深く息を吐く。
「はぁぁぁ……よしっ!」
その瞳から、迷いは消えていた。
一歩、踏み出す。カツン、と小さな靴音が広い会場に響く。
その瞬間、ナナミの中で何かが切り替わった。
子供ではない。
ヴァーミリオン家を背負う名代としての顔に。
その小さな体に視線が集まる。
数百の瞳が、まるで一斉に向けられた照明のように自分を射抜く。
だが、一切の動緯を見せることはない。
堂々と壇上へと歩みを進めた。
壇上に上がり、全体を見下ろす。
赤い絨毯が敷かれた壇上。
そこは想像以上に高く、広間を見渡す景色は圧巻だった。
――ゴクッ。
その圧倒的な人の視線に萎縮する。
ナナミに集まる視線に気後れし、逃げ出しそうになる。
最前列に並ぶ王族たちの、冷徹とも言える威厳が肌を刺す。
ほんとに……
なんて事をしてくれたんだよ……父上は。
しかし、その三文芝居を思い出した。
すると、あれだけ癇に障っていた父上達の演技。
それを思い出すと今度は妙に滑稽だったと思えてきた。
ははは……バカな父上たちだな。
ほんとに……
――おかげで、少し楽になったじゃないか。
「はは……」
あれだけ緊張していたナナミの緊張が解れた。
さて……と、それでは始めますか――
そして、意を決して丁寧に静かに祝辞を読み上げていく。
時に軽やかに、時に感情的に。
喜怒哀楽を上手く表現しながら読み進める。
ナナミの声は魔術を帯びたかのように透き通り、巨大な広間の隅々まで染み渡っていった。
そして――
「先日、我がヴァーミリオン家に珍しい客人が訪れました。その客人はなんと帝国の大商人というではないですか。そこで――」
すらすらと、概要を読み聞かせていく。
「――その商人は宝剣を献上したいと仰られましたが、我が家には王家から賜われた大事な宝剣がございます。それを、差し置いてその方の宝剣など受け取れるはずが御座いません。きっぱりと断りを入れ、謝罪を申し上げました。我らはアリティアの繁栄。ひいては発展を――」
この行――
この行が大事なのだ。
王家より賜った宝剣がある。
それを差し置いて、他国の品など受け取れるはずがない。
――つまり。
ヴァーミリオン家は、帝国に与することはない。
どうせ、噂は広がる。
ならば最初に示すことで、信用は自然と刻まれる。
後は、貴族達を注意深く観察するだけだ。
まず目に飛び込んできたのは数名の高位貴族たち。
青ざめた顔が証明していた。
おそらく真っ先に接触したであろう連中……だと思われる。
その手は小刻みに震え、隣の者と狼狽したような視線を交わしていた。
まるで、間接的に裏切り者ですと証明しているようだった。
一方、眉間に皺を寄せ、値踏みするような鋭い視線の一団。
これは、この王国を支える保守派の武官たちだ。
彼らの瞳には、まだ信頼はない。
だが、私が口にした「宝剣」の比喩。
それが、彼らの矜持に触れたと思える。
疑念が驚きへと変わりつつあるのが見て取れた。
そして次に中央、第一王子レオンハルトの瞳。
それは、獲物を射抜くように澄んでいた。
彼は周囲の動揺をあえて楽しんでいる様子だった。
薄く唇の端を吊り上げている。
……なるほど。
あの王子、この場を利用して、誰が帝国と繋がっているか「炙り出し」を始めたな。
そして最後は、圧倒的多数の何も気づいていない貴族たち。
わたしの演説も「可愛らしく背伸びしたい子供」その程度にしか思っていない。
彼らにとっての関心事は、噂話と自身の保身と見栄。
風が吹けば強い方に流れるだけ。
文字通りの日和見。
まぁ……敵に追い詰められなければ、今は気にする必要はない。
そんな中でもナナミの言葉は放たれ続ける。
そのたびに貴族たちの間で静かな波紋のように広がっていく。
それは単なる驚きではない。
アリティアという腐りかけた盤面が、小石によって大きく揺らぎ始めた証だった。
と……それを父上が話す計画だったのに……
あの、エセたぬき親父の大馬鹿野郎がっ!
なにが『超ハラがいたい』だっ!
三文芝居もいい加減にしろってのっ!
……まぁ、もう終わるからいいや。
はぁぁぁ……
「――以上、未熟ながら祝意を述べさせていただきました」
締めの言葉を述べた跡、深く一礼する。
すると一瞬の静寂。
広間を支配する静まり返る空間。
そんな空気の中で、蝋燭の芯が爆ぜる音だけが小さく聞こえた。
その静寂を破ったのは第一王子の拍手だった。
そして、次に訪れたのは拍手の嵐。
王子の拍手を皮切りに次々と拍手が巻き起こった。
耳を劈くような歓声が、会場を震わせる。
「すばらしいっ! まだ、年端もいかないというのになんと立派な」
「我が息子にも、その才の一端を分け与えて欲しいものだっ!」
ナナミの祝辞に大勢の貴族たちの賛辞が飛んでいた。
その視線を受けながら、ナナミは悠然と壇上を降りていく。
壇上を降りると、すっかり体調が良くなった父が泣いていた。
「うおおん。ナナミさまが……ナナミさまが……ご立派になれました。おおおん」
と、号泣するセバスチャンもいた。
「ナナミよっ! 我が屍を乗り超えて、よくぞやり遂げた! 父は……父は……」
「あ、もういいです。そういうの……だから、普通にしてください」
と、軽くあしらったのだった。
ったく……
ほんとにしょうがない人たちだな。
「ふふ……」
自分の役目をしっかりと終わらせた余韻なのか、ナナミは自然と笑みが溢れた。
……ん?
と、違和感を感じるナナミ。
それは、こちらを見ているような視線だった。
その視線の先を辿る。
人の波の隙間。
巨大な円柱の陰。
順番に辿ると小さな影が揺れた。
注意深く、その場を観察していると一人の女の子と目が合った。
だが、その途端に目を逸らされ、人の影に隠れられた。
その後、ひょこっと顔を半分出して見つめてくる。
「………フ、フヒェ」
こちらを見るなり、不気味な笑顔を浮かべられる。
こ、こわい……
な、なにか、あの子に変なことしたかな?
覚えがないのですがっ。
そんな、被害妄想を浮かべていたナナミ。
けれどその一瞬。
その瞳には――どこか、羨望のような色が宿っていた。




