第六話
窓の外は石畳の途切れた荒れた道がどこまでも続いていた。
右手には美しい湖が見える。
だが、そんな風景をみる余裕がナナミにはなかった。
それは悪路の揺れが原因だった。
しかし、原因はそれだけというわけでもなかった。
―――ガタンッ!
「いたっ!」
そろそろ、おケツが半分に割れそうだよっ!
アリティアの王城に向かっている馬車の中。
ナナミは何度目かの大きな振動の痛みに声が漏れる。
「ああ、ナナミよ。痛かったか……すまぬ。おいっ! もっと静かに走らせれぬのかっ!」
痛がるナナミの姿にホルスの怒声が飛ぶ。
御者が……
というか、セバスチャンさんなのだけど……
「これは、申し訳ございませぬ。少々、道がわるぅございまして……ですが、この悪路もそろそろ終わりますゆえ、もうしばらくの辛抱を」
(まったく、事あるごとにそんな怒声を張るとは……)
(これでは御者が断るのも納得です)
(代わりに、わたくしが御者をするはめになるとは)
(こっちの身にもなって欲しいものです。ほんとに)
などど、思われているとは知らないナナミは別の事を考えていた。
この人……謎な人だ……
なんで、御者まで出来るんだよ。
と言うか、御者に任せればいいのに……
などと、思っていると振動が少なくなった。
悪路を超えたのだろう。
安心したナナミは少し物思いに耽っていた。
――訓練場での事。
あの後、また訓練場に足を向けた。
そして、それとなく少し助言をしてみた。
「……あの」
思わず、声をかけていた。
近くにいた騎士が振り返る。
「はい? いかがなさいましたか、ナナミ様」
「えっと……その……」
ほんの一瞬、言葉に詰まる。
だが、意を決して口を開いた。
「号令への反応が、少し遅れているように見えたのですが……もう少し、合わせることはできないのでしょうか?」
「……は?」
一瞬、間があいた。
「いえ、その……実戦を考えると、僅かな遅れでも――」
「は、はぁ……そう、ですか?」
明らかに困惑した表情。
そして、どこか引いたような目。
あ……空気が変わったのが分かる。
「いや、その……お言葉ですが、訓練は問題なく行われておりますので」
やんわりと、だがはっきりと。
『取り合わない』という意思表示だった。
「……あ、いえ」
ナナミはわずかに視線を落とし、その場を取り繕う。
やはり、自尊心を傷つけてしまったかな……
わたしが父の息子だから、強くは出ては来ない。
これが普通の子供なら、これだけでは済まなかっただろう。
「子供の戯言ですので……忘れてください。あはは」
「はぁ……」
気の抜けた返事。
それで、会話は終わった。
―――回想終了。
「はぁぁぁ……」
ほんとに、早くなんとかしたいな。
―――ガラガラガラ。
そう思いながらも馬車は滞りなく王城へと向かう。
窓の外に見える王城はどこか遠く、重く感じられた。
§§§
王城に着いたわたしたちは、馬車をセバスチャンに任せた。
わたしと父は控え室へと案内された。
しばらくの休憩の後に、早速広間へと向かうのだった。
――アリティア王城、白亜の「大公の間」。
かつては世界で最も美しいと言われたその広間。
けれども、よく見れば柱の金箔が剥げ、壁のタペストリーは色褪せていた。
まるで王国の衰退を象徴するような寂寥感のある豪華さだ。
「……うわぁ、人、多すぎ」
父の大きな手に引かれ、ナナミは会場に足を踏み入れる。
周囲には着飾った貴族たちがひしめき合っている。
彼らの視線は将軍ホルスの隣を歩く小さな子供——
かつての「悪童」と噂されていた、ナナミに集中していた。
「おい、見ろよ。ヴァーミリオン卿の息子だぞ」
「例の、柱に頭をぶつけてまともになったとかいう……」
「ふん、どうせ数日もすれば元の猿に戻るだろうよ」
……猿……か。
まぁ、あれは言われても仕方ないでしょ。
ナナミの耳に入ってくる陰口。
他人事のように涼しい顔でスルーする。
実際、他人事だしね。
気にせずにナナミは正面の玉座を見据えた。
そこには、アリティア王国の象徴たちが並んでいる。
中央に座るのは、やつれた顔の国王アラリクス。
隣には鎧を纏ったような隙のない立ち姿の第一王子レオンハルト。
その隣で退屈そうに扇子を揺らしている絶世の美女、第三王女セラフィナ。
ホルスが玉座の前で膝を突く。
と、同時にナナミも流れるような動作でそれに倣った。
無駄のない、完璧な礼節に広間が少しだけどよめく。
「……面を上げよ、ホルス。それに、そなたの愛息も」
国王の声は、どこか力がない。
ナナミが顔を上げる。
そこに国王と脇を固める兄妹の視線が突き刺さった。
「初めてお目にかかります、陛下。ナナミ・フォン・ヴァーミリオンにございます。建国記念の日、心よりお慶び申し上げます」
ナナミの落ち着いた。
それでいて、透き通った声が広間に響く。
国王は驚いたように目を瞬かせる。
レオンハルト王子は興味深げに身を乗り出した。
セラフィナ王女に至っては、扇子の隙間から「ほう……」。
と獲物を見つけたような笑みを漏らしている。
「……実に、理知的な瞳だ。噂の『神童』というのも、あながち誇張ではなさそうだな」
レオンハルト王子が独り言のように呟く。
え……?
ど、どういうこと?
なんで、知ってるの?
動揺したナナミは言葉をどもってしまう。
「そ、そのようなことはありません。まだまだ、未熟の身。ご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」
会場からどよめきたつ。
今までの『悪童』の噂から『神童』の噂が真実であったためだ。
中には『替え玉かっ!?』などと、燻しがるものも出る始末。
いやいや……これ……
絶対に、父の仕業だろ……
それか、命令されたセバスチャン。
このどちらか……
いや、手際の良さでセバスチャンの根回しの結果か?
どちらにしても、余計なことを……くぅ。
「おお、中々に謙虚ではないか」
「ほんと、よく教育されてますわね。ほほほ」
ひとまずの挨拶が終わる。
「はぁぁぁ……」
と、一息ついた跡に父を見る。
すると、目を輝かせうるうると涙を貯めて喜んでいるみたいだった。
その顔にキッと睨むと顔をそっぽを向け、素知らぬ顔をしていた。
その顔を見た時、噂を流したのだとナナミは確信した。
「はぁぁぁ」
挨拶が終わった時の安堵の溜息とは違う、呆れた溜息を吐くのだった。




