表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

第六話

 窓の外は石畳の途切れた荒れた道がどこまでも続いていた。

 右手には美しい湖が見える。

 だが、そんな風景をみる余裕がナナミにはなかった。


 それは悪路の揺れが原因だった。

 しかし、原因はそれだけというわけでもなかった。


 ―――ガタンッ!


「いたっ!」


 そろそろ、おケツが半分に割れそうだよっ!

 

 アリティアの王城に向かっている馬車の中。

 ナナミは何度目かの大きな振動の痛みに声が漏れる。


「ああ、ナナミよ。痛かったか……すまぬ。おいっ! もっと静かに走らせれぬのかっ!」


 痛がるナナミの姿にホルスの怒声が飛ぶ。

 御者が……

 というか、セバスチャンさんなのだけど……


「これは、申し訳ございませぬ。少々、道がわるぅございまして……ですが、この悪路もそろそろ終わりますゆえ、もうしばらくの辛抱を」


 (まったく、事あるごとにそんな怒声を張るとは……)

 (これでは御者が断るのも納得です)

 (代わりに、わたくしが御者をするはめになるとは)

 (こっちの身にもなって欲しいものです。ほんとに)


 などど、思われているとは知らないナナミは別の事を考えていた。


 この人……謎な人だ……

 なんで、御者まで出来るんだよ。

 と言うか、御者に任せればいいのに……


 などと、思っていると振動が少なくなった。

 悪路を超えたのだろう。

 安心したナナミは少し物思いに耽っていた。


 ――訓練場での事。


 あの後、また訓練場に足を向けた。

 そして、それとなく少し助言をしてみた。


「……あの」


 思わず、声をかけていた。

 近くにいた騎士が振り返る。


「はい? いかがなさいましたか、ナナミ様」

「えっと……その……」


 ほんの一瞬、言葉に詰まる。

 だが、意を決して口を開いた。


「号令への反応が、少し遅れているように見えたのですが……もう少し、合わせることはできないのでしょうか?」


「……は?」


 一瞬、間があいた。


「いえ、その……実戦を考えると、僅かな遅れでも――」

「は、はぁ……そう、ですか?」


 明らかに困惑した表情。

 そして、どこか引いたような目。


 あ……空気が変わったのが分かる。


「いや、その……お言葉ですが、訓練は問題なく行われておりますので」


 やんわりと、だがはっきりと。

 『取り合わない』という意思表示だった。

 

「……あ、いえ」


 ナナミはわずかに視線を落とし、その場を取り繕う。


 やはり、自尊心を傷つけてしまったかな……

 わたしが父の息子だから、強くは出ては来ない。

 これが普通の子供なら、これだけでは済まなかっただろう。


「子供の戯言ですので……忘れてください。あはは」

「はぁ……」


 気の抜けた返事。

 それで、会話は終わった。


 ―――回想終了。


「はぁぁぁ……」


 ほんとに、早くなんとかしたいな。


 ―――ガラガラガラ。


 そう思いながらも馬車は滞りなく王城へと向かう。

 窓の外に見える王城はどこか遠く、重く感じられた。


 §§§


 王城に着いたわたしたちは、馬車をセバスチャンに任せた。

 わたしと父は控え室へと案内された。

 しばらくの休憩の後に、早速広間へと向かうのだった。


 ――アリティア王城、白亜の「大公の間」。

 

 かつては世界で最も美しいと言われたその広間。

 けれども、よく見れば柱の金箔が剥げ、壁のタペストリーは色褪せていた。

 まるで王国の衰退を象徴するような寂寥感(せきりょうかん)のある豪華さだ。


「……うわぁ、人、多すぎ」


 父の大きな手に引かれ、ナナミは会場に足を踏み入れる。


 周囲には着飾った貴族たちがひしめき合っている。

 彼らの視線は将軍ホルスの隣を歩く小さな子供——

 かつての「悪童」と噂されていた、ナナミに集中していた。


「おい、見ろよ。ヴァーミリオン卿の息子だぞ」

「例の、柱に頭をぶつけてまともになったとかいう……」

「ふん、どうせ数日もすれば元の猿に戻るだろうよ」


 ……猿……か。

 まぁ、あれは言われても仕方ないでしょ。


 ナナミの耳に入ってくる陰口。

 他人事のように涼しい顔でスルーする。

 実際、他人事だしね。


 気にせずにナナミは正面の玉座を見据えた。

 そこには、アリティア王国の象徴たちが並んでいる。


 中央に座るのは、やつれた顔の国王アラリクス。

 隣には鎧を纏ったような隙のない立ち姿の第一王子レオンハルト。

 その隣で退屈そうに扇子を揺らしている絶世の美女、第三王女セラフィナ。


 ホルスが玉座の前で膝を突く。

 と、同時にナナミも流れるような動作でそれに倣った。

 無駄のない、完璧な礼節に広間が少しだけどよめく。


「……面を上げよ、ホルス。それに、そなたの愛息も」


 国王の声は、どこか力がない。


 ナナミが顔を上げる。

 そこに国王と脇を固める兄妹の視線が突き刺さった。


「初めてお目にかかります、陛下。ナナミ・フォン・ヴァーミリオンにございます。建国記念の日、心よりお慶び申し上げます」


 ナナミの落ち着いた。

 それでいて、透き通った声が広間に響く。


 国王は驚いたように目を瞬かせる。

 レオンハルト王子は興味深げに身を乗り出した。

 セラフィナ王女に至っては、扇子の隙間から「ほう……」。

 と獲物を見つけたような笑みを漏らしている。


「……実に、理知的な瞳だ。噂の『神童』というのも、あながち誇張ではなさそうだな」


 レオンハルト王子が独り言のように呟く。


 え……?

 ど、どういうこと?

 なんで、知ってるの?

 動揺したナナミは言葉をどもってしまう。


「そ、そのようなことはありません。まだまだ、未熟の身。ご指導、ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」


 会場からどよめきたつ。

 今までの『悪童』の噂から『神童』の噂が真実であったためだ。

 中には『替え玉かっ!?』などと、燻しがるものも出る始末。


 いやいや……これ……

 絶対に、父の仕業だろ……

 それか、命令されたセバスチャン。

 このどちらか……

 いや、手際の良さでセバスチャンの根回しの結果か?

 どちらにしても、余計なことを……くぅ。


「おお、中々に謙虚ではないか」

「ほんと、よく教育されてますわね。ほほほ」


 ひとまずの挨拶が終わる。


「はぁぁぁ……」


 と、一息ついた跡に父を見る。

 すると、目を輝かせうるうると涙を貯めて喜んでいるみたいだった。

 その顔にキッと睨むと顔をそっぽを向け、素知らぬ顔をしていた。


 その顔を見た時、噂を流したのだとナナミは確信した。


「はぁぁぁ」


 挨拶が終わった時の安堵の溜息とは違う、呆れた溜息を吐くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ