第五話
式典の出席が決まってから数日後――
ナナミは憂鬱だった。
はぁぁ……
何故、わたしも式典に出ないといけなくなるかなぁ……
ほんとに、父上ときたら……はぁ。
それにセバスチャンさんも――
「こんなこともあろうかと、既にナナミ様の衣装を用意しております(キリッ」
「………」
いやいや……
用意周到すぎるでしょ!
先回りするにも程があるよ……まったく。
本来であれば――
他の貴族の子弟が公の場に姿を見せるのは、十歳を過ぎてからが普通だ。
それまでは、落ち着きもない。
騒いだり、泣きだしたりと。
下手をすれば「家の恥』になりかねない。
「………」
せめて、目立たないように大人しくしていよう……うん。
――コトッ。
「ナナミ様。紅茶の追加はいかがでしょうか? (チラチラッ」
前に廊下で喚いていたメイドの一人のルルさん。
お茶のおかわりを勧めてくる。
「いえ、けっこ……うっ……」
そう告げようとした瞬間。
もの凄い悲しそうな表情を浮かべられた……
今にも崩れ落ちそうな雰囲気に、居た堪れなくなり追加に流された……
「で、では、お言葉に甘えて頂きます……」
その言葉を聞いた瞬間。
小躍りでもしそうな勢い。
それと満面の笑みを浮かべ、喜んでおかわりを入れてくれた。
……の、飲みづらい。
ルルさんがジーっとこちらを見つめてくる……
飲み終わるのを待っているようにさえ感じる。
えもいえない気分の中、ゆっくりとカップを傾けるのだった。
ジィィィィ……
§§§
――からからから。
紅茶が乗せられていた台車を下げながら、ルルさんは部屋を退出していった。
……あのあと、六杯も飲む羽目になった。
だが、さすがに満足したのか、ルルさんは恍惚の表情を浮かべていた。
ちょっと、キモコワかった……
扉の向こうで、ルルさんが他のメイドと話している声が聞こえてきた。
「やっべ、アンニュイな表情のナナミさま。尊い尊すぎるぅぅ! ああ~ん。ルルのものになってぇぇ」
「……あんた、まだ言ってるの?」
「だってぇ! さっきのあの表情見た!? 世界が救われたわよ!?」
「救われてないっての。むしろ色々破壊されたわよ」
「ああ~ん! もう世界が終わってもいいっ!」
「……いや、おまえが終わってるんだよ」
「なんでもいいっ! わたしがナナミ様を幸せにするんだからっ!」
「はいはい、その前にまずは仕事しようね」
「ちょっとぉぉ! まだ語り足りないんだけどぉぉ!」
――ぱたぱたと、足音が遠ざかっていく。
「………」
……全部、聞こえてるんだけど。
ナナミは、そっとカップを置いた。
……外、出よう。
静かに、席を立つのだった。
§§§
「ナナミ様、どうですか? 勇壮な我らの騎士団の姿は?」
「え、ええ、素晴らしいですね」
一人で演習場へ赴こうとしたのだが。
どうやら、問題があるらしい。
そらそうだよな。
屋敷の中とは言え、子供が一人で放置なんて出来なよね。
とくに、父の事があるしね……
そこで、騎士見習いのアルベルトさんが案内に付いた。
それはいいのだけれども……
演習風景に、そこはかとなく違和感を持ってしまう。
――ドドドドドドドド。
騎乗の訓練。
別の場所では剣や槍の訓練。
はたまた弓兵は弓の訓練。
それぞれ、独自に。
また、息を合わせた集団での訓練に勤しんでいた。
……のだが。
この数十年……いや、百数十年になるだろうか?
戦いらしい戦いはなかった。
いわゆる平和な時代だ。
あったとしても、盗賊などとの戦闘くらいかも知れない。
そんな所もあるのだろうか?
どこか、わたしの目にはゆるく感じてしまう。
こんなものなのだろうか?
訓練の基準というものが分からないため、判断が出来ない。
けれど、どこか気が緩んでいるように感じていた。
たとえば――
剣の訓練に目を向ける。
打ち込みを外した兵がいた。
だが、それに対する叱責は軽い。
「おいおい、しっかりしろよ」
そんな気の抜けた声とともに、周囲から小さな笑いが漏れる。
……そんなのでいいのかな?
もし、これが実戦であれば。
その一瞬の隙が、命取りになるはずだ。
ナナミは、わずかに眉をひそめた。
視線を、騎馬隊へと移す。
――ドドドドドドドド。
地を鳴らす蹄の音。
整った隊列。
見事な行進。
……たしかに綺麗だ。
そう、綺麗なのだ。
だが――
急な方向転換。
速度の緩急。
そういった「崩し』が一切ない。
まるで、見せるためだけに整えられた動き。
そんなものなのかな?
けれど……
実戦での不測の事態に、対応できないのではないか。
と、そんな疑心が生まれる。
そして――弓兵。
弦を引き、放つ。
矢は的に当たっている。
当たっている……だが。
狙っている、というより……
当たっているだけ?
連射の間隔はばらつき、
隣との呼吸も合っていない。
それに、次弾が遅い……
ように、思える。
雨のように降り注ぐはずの矢。
なのに……ぽつり、ぽつりと散発的に放たれているだけだ。
「うう~ん……」
気づけば、ナナミは無言でそれらを見つめていた。
胸の奥に、言いようのない違和感が広がっていく。
……これは、本当に――
そこで、言葉を飲み込む。
だが、その疑念だけは、確かに残った。
§§§
「ありがとう、ございます。アルベルト様」
「いえっ! これも任務ですのでっ! ではっ!」
わたしは、外に出るときにお供についてくれたアルベルトさんにお礼を言って屋敷に入った。
アルベルトさんも、ビシっと姿勢を正し敬礼をして去っていった。
――バタン。
部屋に戻りゆっくりと扉を閉める。
真っ直ぐに机に向かい、椅子に座る。
「……兵の訓練はあれでいいのだろうか?」
……分からない。
なんて言えばいいのだろうか?
そう、部活の感覚。
それも、目標を定めていない部活。
これが、県大会優勝……
いや、全国優勝を目指しているというのなら話は別だ。
だが……
あれは、目標もなく、ただ訓練をしている。
だから、緊張感が薄い。
そう思わざるを得ない。
だからと言って、わたしになにが出来るのだろうか?
なんの肩書きもないこんな子供が言ったところで、鼻に付くだけだ。
むしろ、あの人たちのプライドを傷つけ、疎まれる。
「はぁぁ……どこかに戦闘のプロはいないのだろうか?」
今はまだいい。
だが、いつかは来てしまう。
そのいつか、が来てから焦っても遅いんだ。
今のうちになんとか……
「はぁぁぁ……」
ナナミは何もできないもどかしさに、二度目のため息を吐くのだった。




