第四話
商人を見送ったあとの談話室――
父ホルスもナナミも、無言のまま革張りのソファへと深く腰を下ろす。
父が執事のセバスチャンに目で合図を送る。
だが、執事のセバスチャンは、その前に静かに手早く動き出していた。
長年、主に仕えてきたセバスチャン。
ホルスが今何を求めているのかを完璧に察している。
この執事さんは『セバスチャン・サリエリ』。
代々、この家に使えてくれている執事の家系の人だ。
今日も、屋敷の隅々まで目を配る。
たとえば、来客の到着前には部屋の調度を完璧に。
召使たちにはさりげなく指示を出す。
何事も滞りなく進むよう動いている。
だけど……
う~ん……
なんで、執事はみんな『セバスチャン』って名前なんだろうか?
まあ、確かに『セバスチャン』ってイメージなんだけど……
不思議だ……
やがて、銀のトレイに乗せられた二つのカップ。
それを。静かにテーブルへと置かれた。
湯気の向こう。
黄金色に輝く蜂蜜と紅茶の甘い香りがふわりと立ち上る。
ナナミはカップを両手で包み込むように持ち上げる。
その温かさでかじかんだ思考をわずかにほぐした。
一口、紅茶をすする。
喉を滑り落ちる甘い液体に少し気分が和らいだ。
けれど、それとは裏腹に胸中の空気は鉛のように重い。
「――父上、いかが思われますか?」
カップをソーサーに戻す澄んだ音。
ナナミはその音と元に沈黙を破った。
ナナミの問いに、ホルスは厳しい顔で答える。
「……聞いていたのか?」
「はい……思いもかけず、聞いていました。申し訳ございません、父上」
「よい、聞いていたのなら、話はやはい。わしは話に乗るつもりなど毛頭ない。だが……」
「他の貴族たち……ですね?」
「そうだな。無論、利に目が眩み、帝国の甘言に乗る愚か者も現れよう。だが、そう多くはない……と信じたい。それに長年この国に恩義を受けた者たちが、そう易々と裏切るとは思えん……もし、ありえるとするのならば、かつて政権争いに敗れ、不遇をかこっている者たちであろうな」
「ですが、憶測で物事を測るのは、少し危険ではないでしょうか? いくら恩があるとはいえ、状況次第でいくらでも変わることがあります」
「では、どうする? どう、見極める?」
「それは……」
どうするべきか?
いい手が思いつかない。
しかし、こんな疑心暗鬼のまま、もし帝国に責めいれられれば、間違いなく敗北する。
そもそも、わたしたちも疑われる。
そんなことになれば、帝国に傾倒している貴族に利用されるのではないか?
そして、最悪追い落とされて、わたしの平穏な毎日がなくな……
いや、そうじゃない!
そうなんだけど……
ああ……ほんとにもう……
まず、第一条件としてヴァーミリオン家が裏切ることはない!
それを、周りに示さないといけないだろう……
なにか……
なにか、示せるいい方法がないだろうか?
言葉に詰まり、思考を巡らせていた。
その時、セバスチャンが口を開く。
「その、旦那様。このような折に恐縮ですが……来月の王城で行われる『建国』を祝う式典は如何致しましょう?」
「……セバスチャン……お前ほんとに、時と場合を選ばないな……」
「ええ、差し出がましいと思いましたが、これも大事な職務ですので」
「わかった、わかった。大勢の貴族が出席する中、軍事顧問のワシが欠席など出来ようはずがないではないか……出席で頼む。まったく」
「承知致しました」
建国を祝う、式典?
一堂に貴族が会する……
それは――「見せる場」だ。
はっ!
……そうか!?
「………それですっ! それですよっ! 式典ですよっ、父上!」
「な、なんだ、突然っ! 式典がどうしたというのだ?」
「式典で、ヴァーミリオン家が決して裏切らないと喧伝すればいいのですよっ!」
「……なんの話だ?」
「今、説明します、父上っ! まずは――」
わたしは、今の自分の考えを父に伝える。
まずは、自分たちが帝国の商人の話には乗らない。
決して裏切らない。
そのことを、示す。
と、同時にこの話しを聞いて、動揺していそうな貴族をチェックしておく。
その他の理解していない貴族は放置で構わない。
他にもあるが、まずは『決して裏切らない!』。
これを、周りに周知させることが第一に置く。
それを、父に伝えたのだった。
「――で、どうですか? これは?」
「……ナナミ……」
眉間にシワを寄せ恐ろしい形相を見せる父。
――ゴクッ。
その表情に……
なにか、まずいことを言ったのではないかと固唾を飲んでしまった。
「でかしたっ! さすがワシの息子だっ! ワシは嬉しいぞぉ! セバスチャンもそう思うよなっ!」
「え、ええ……そうですね。さすが、旦那様の跡取りでいらっしゃいます(この溺愛ぷり……草超えて森)」
「よし、ナナミっ! ワシは決めたっ! お前も連れて行き、皆にお披露目を行うぞっ! 皆の驚く顔が見ものじゃのぅ~ わははは!」
「えええっ!!?」
思わず、声が裏返った。
「わ、わたしは、まだ――その、表に出るには早いと申しますか……!」
「何を言うかっ! あれほどの考えを持つ者を隠しておくなど、国家の損失じゃ!」
「国家規模で持ち上げないでくださいっ!?」
ずい、と距離を詰めてくる父。
逃げ場がない。
「安心せい! ワシの隣におればよい! 堂々としておれば、それでよいのじゃ!」
いや、それが一番無理なんですけど!?
「それにじゃ――」
ホルスは、にやりと笑う。
「他の連中の度肝を抜いてやりたいではないか」
「ち、父上……っ」
どうにか食い下がりたいナナミ。
だが――
「決定じゃ!」
びしっ、と指を突きつけられる。
「異論は認めん!」
「そ、そんな……!」
ああああああ……終わった。
完全に、終わった。
なんでこうなるの!?
目立たず、穏やかに。
それだけを願っていたはずなのに。
「……はぁ」
深く、深くため息をつく。
わたしの平穏な日常が、遠ざかっていく……
言葉を失うナナミをよそにホルスは満足げに笑った。
「いやぁ、楽しみじゃのぅ~!」
――そして。
ヴァーミリオン家の談話室に、豪快な笑い声が響き渡るのだった。




