第7話 本物の勇者
翌朝、ようやくまともに寝れたセリアだったが、何やら外が騒がしい。慌てて部屋から出ようとすると、宿の主人が戸を叩きながら入ってきた。
「おい、外のアレ。アンタのせいじゃないの?」
「えっ、なんのことですか?」
心当たりは1つしかない。アイツだ。噂を聞きつけた野次馬が集まったのだろうか。
アイツの姿を探すが廊下に見当たらない。大分距離が離れているのだろうか。何か騒ぎを起こしているんじゃないか。呪いの発動を恐れつつもセリアは必死に宿の中を探し始めた。
「あの小人ならあっちだよ」
宿の主人が見かねて声を掛け物置の方を指差した。
「ありがとうございます!」
慌てて勇者の方へ駆けていく。物置が好きなんだろうか?たまたま転がって行っただけなのか?何を考えていたんだろうか。
「あんたらなんか追われてるのかい?」
「いえ、そんなことはないと思いますけど」
「はあ、これじゃあ店を開けられないからさっさと出て行っておくれ」
主人は部屋に置いてあった荷物を抱え裏口のそばへ放り投げた。
「こっから出ていきな。もう来ないでくれよ」
セリアは頭を下げながら勇者の腰を掴み宿を後にした。
昨日もらった紙切れを頼りに奴隷商の元へ向かう。裏口から一度通りへ戻り、宿前に集まった群衆の多さに驚きつつ裏通りへ入っていく。
勇者目当てと思われる野次馬が外に出ていたせいか、人気は少なかった。
ゴミと害虫まみれの道を進んでいくと、明らかに怪しい格子扉があった。
「紙に書かれてる通りに来たけど……」
異様な雰囲気を前にセリアは緊張していた。一方で勇者はこんな汚いところを歩かされたと不満そうにしていた。お前も大して変わらんだろうに。
セリアは息を飲み、ドアに手をかける。見た目通りの重い扉は体重をかけてようやく動き始めた。片手で開けるには重い。半分開いたところで中に入った。
薄暗い店の中には誰もいない。他に出入り口もなさそうだ。勇者はというと机に置いてあった人形をいじって遊んでいる。
「すいませーん!誰か居ますかー!」
セリアは大声で叫んだが、返事はない。
「うーん、誰も居ないのかな」
そう思った矢先、下の方から微かに声が聞こえた。下に誰かいるのだろうか。気になった彼女は持ってきたランプに火を付けた。足元に扉を見つけ、その先の階段から下へ降りた。
扉を開く音に気付いたのか、太った壮年の男が奥の方から駆けてきた。
「新しい商品を頼んだ覚えはないわよ」
そうセリアに言うと、もう一人の小人に目をやり――
「何これ?うちはゴブリンなんて扱ってないわよ」
突然現れた男に呆気に取られていたセリアが恐る恐る口を開く。
「あの、奴隷を売りに来たわけではなくて……」
「なに?買いに来たの?今売り物はないわよ。不良品以外は全部あの勇者に買われていったんだから」
「い、いえ、お聞きしたいことがありまして」
「はあ?なに?つまらないこと言ったら承知しないわよ」
セリアは自分の右肩に手を当てながら
「呪いを解く方法ってご存知ないですか?」
「アッハッハッハ。呪い?そうねえ少しはわかるかもねえ」
そう言いながら金ピカの下品な指輪まみれの手を前へ突き出す。セリアは首をかしげた。
「金よ金。わからないの?」
「いくら支払えばよろしいでしょうか?」
「そうねえ……」
セリアの服装を見ながら考える。するとまた扉を開く音がした。
「なあ、他の客が来てるのか?」
灰色のコートを着た男はそう言うと階段からおりてきた。
「あぁっ!勇者様よくいらっしゃいました」
「これは客か?商品か?」
「この1人と1匹は違いますよ。放っておいて商売の話をしましょう」
「こちらとしてはもうお前と取引をする気はないんだがな」
「それでは本日は何様でして?」
「例の呪術師の話を聞きたい。この間の取引条件だろう」
「そういえばそんなことを言っていましたね。すっかり忘れていましたよ」
「また適当なことを言って誤魔化すんじゃないだろうな」
「いえいえそんなことはございません。ああそうそうこの人たちも呪いをかけられて困っているそうですよ。見てあげてくださいな」
勇者と呼ばれる男はセリア、そしてゴブリンにしか見えない勇者をまじまじと観察した。
「お前、もしかして転生者か?」
勇者は勇者に尋ねるが通じていないようだ。
「この人、言葉が通じないんです」
「なるほど、転生者なのに意思疎通ができないのか。」
勇者は呪いがかけられていないか、その小人のステータスを確認する。
「なんだこれは。本当に転生者なのか?」
ステータスは全て0、スキルもない。だが状態異常もない。呪いではなかった。
「名前は……柴崎……レイトで合っているのか?」
勇者は読み方に自信がなかった。だが0の羅列にレイという読みがすぐに頭を過ぎった。
「レイトという名前なのですね」
今更?という疑念を抱きつつも勇者は呆れ顔で呟く。
「自分の名前すら言えなかったのかコイツ……」
「それで呪いをかけられたってのは誰の話なんだ?」
「私です」
そう言って右肩に刻まれた文様を指さした。
「焼印か?ちょっと試してみるか」
勇者はその部分に触れ、治癒魔法をかけた。
「あっ!消えてる!」
「それは良かった。で呪いはそれだけか?」
「いえ、この人が死んだり、離れたりすると死ぬ呪いをかけられたんです。でも印が消えたってことはもう大丈夫なんですよね?」
「どうだろうな。そもそもフェイクじゃないか?」
「えっ?」
「何か兆候はあったのか?」
「距離を取ると頭が痛くなったりは……しましたけど」
「試してみるといい」
そう言って勇者はゴブリンを抱えて一番奥の檻まで歩いて行った。
「あれっ?何も感じない」
「なら問題なさそうだな」
元から大して効果のない呪いだったのか、先程ので解けたのかはわからないが、少なくとも死ぬようなものではなかったのだろう。
たったの数日だったが、これだけ酷い目に遭わされたことなんてなかった。今まで辛いことがあっても、達成感はあった。しかしコイツとの旅は短いながらも苦痛でしかなかった。それにあの王と極悪呪術師にはアイツをお返ししてやりたい。やりとり振り返るたび、沸々と怒りが起こってきた。
「あの怪しい男……」
「呪いを掛けたのはズマルか。上手く乗せられてあの勇者を押し付けられたわけだな」
「高額報酬に乗せられてしまった私も悪いんです。でもこんなのだったなんて知っていれば!」
勇者は腕を組んでしばらく思案を巡らせる。
「ちょうどいい。憎き王とあの呪術師に復讐しに行こう」
「えっ?いいんですか?」
「俺もあいつのせいで散々な目にあってるからな。今さっきも殺されかけたところだ」
利害が一致した2人は意気投合し、復讐の計画を進めることにした。その間、もう一方の勇者は檻の中の奴隷に興味津々だった。
「あのお、私は放置ですか?」
奴隷商が声を掛けた。
「あいつの情報、ちゃんと集めておいたんだろうな?」
「あっ、はい。只今お持ちします」
奴隷商は一冊のノートを勇者に手渡した。勇者は中身をサッと確認する。
「まあ、こんなもんか。おおよそ予想通り。裏は取れたな」
そのノートにはズマルの境遇や件の計画に関することがざっくりではあるが書かれていた。
「にしてもコイツは連れて行ったほうがいいのか?」
「きちんとあいつらにお返しするべきです!」
セリアは即答した。
奴隷商が二人の間から顔を覗かせて告げる。
「それでは、あの子は準備ができるまでうちでお預かりしましょう」
「いいんですか!?」
セリアは誰にも見せたこともないような笑顔を見せて言った。
「ほら、見てくださいよ」
勇者は檻の外から中にいる奴隷を食い入るように見つめている。
「あの獣人なかなか言うことを聞いてくれなかったのよね。あれなら行けそうじゃない?」
可哀想だなとは思ったが、セリアは安堵した。
「そういえば、勇者様の名前ってなんて言うんですか?」
「まだ名乗ってなかったな。岩崎煇。ヒカルでいい」
* * *
一方その頃、何度も刺客を送り込むも、全て躱されてしまっていたズマルは焦っていた。
「秘密を知られた以上、アイツを生かしておくわけにはいかない。アイツは絶対に邪魔してくる」
城の地下倉庫への階段を下っていく。その先には王の趣味として溜め込んでいた骨董品が不規則に並んでいた。
「少し早いが計画を前倒しするか。最悪の事態を想定して迎え撃つ準備もしておかなくては」




