第5話 弱すぎることは強さなのかもしれない
絶望に打ちひしがれていたセリアだったが、逃げることはできない。とにかく呪いを解くしかこの状況を打破することはできないのだ。
地図を取り出し、ここから一番近い街へ向かうことにした。治安が悪いらしいが却ってこういう場所の方が情報は得られるかもしれない。
勇者が城で好き放題やっていたのも環境が悪かっただけで、ちゃんと接すれば意外とまともな人なのかもしれない。悪く考えるのはやめて、とにかく前へ進もうとそう思ったのだった。
早く呪いを解いて、コイツを捨ててしまおうという思いと、なんとかなるんじゃないかという希望が入り混じる中、彼女の過酷な旅は始まった。
ただその希望は想像の斜め上で打ち破られることは、この時の彼女は知る由もなかった。
「えーっと。私はセリア。あなたは?」
勇者は首を傾げる。言葉が通じていなくても察してくれそうなものだが彼には無理だ。
色々話しかけてみるが、勇者は顔をニヤニヤさせるだけで何も伝わらない。
セリアは諦めて、とにかく先へ進むことにした。
「ほら、行くよ」
ついてくるようにジェスチャーするも動こうとしない。セリアは痺れを切らして勇者の腕を引っ張って強引に歩かせ始めた。
ロクに整備されていない街道は連日の大量の馬車の往来で酷い有様だ。そんな凸凹道を2人は歩く。
無数の轍に足を取られてまともに歩けない。そんな勇者と腕を組んで無理矢理にでも彼女は歩かせている。そうしないと何度も転んで一向に前へ進めないからだ。
正直言って彼女の心はすでに折れかけている。ただしどうすることも出来ないのでわずかな希望に縋るしかないのだ。一方、勇者は腕を組まれて顔をにやつかせていた。
今日は人通りが少ないからか、茂みからはモンスターたちが顔を覗かせる。が、幸運にも姿を現さない。子供相手にちょっかいをかけてくる野兎すら興味を抱かずに素通りする。
相手にされてないのだろうか。こんなの初めてだと呆れたセリアであったが、これ幸いと前に進むことにした。
そう思っていた矢先、4体のゴブリンが現れる。
セリアにとってはたいしたことのない相手だが、今日は足手纏いがいる。いや足手纏いの方がマシかもしれない。適当な言葉が見つからないが要らない存在であることは確かだ。
後ろに最大限気を配りながら、ゴブリンを1体、2体と片付けていく。セリアは慣れた手つきで短剣を振るう。しかし後ろにいる足手纏いに気を取られるせいで普段の3倍は疲れる。主に精神的な意味で。
ゴブリンたちはこちらを舐めていたのだろうか、残りの2体はすぐに逃げていった。
あっさり片付いて安堵した彼女は後ろを振り返ると、隠れていた1体のゴブリンがアイツに絡んでいた。
ゴブリンはアイツの周りをぐるぐる回って様子を伺っている。アイツはというと身をブルブルと震わせて今にも失禁してしまいそうだ。
手を出さないのは同族だと思っているのだろうか。
ゴブリンが勇者の顔を覗き込むと――
「ギョェッー!」
あまりの臭さに思わず後退りしてしまった。
その隙にセリアはゴブリンの心臓を一突きした。
勇者は安心したのか、緊張が解れて股間の辺りの色が変わり始めた。
「えっ?」
そのシミはズボン全体へ広がり、地面へ滴り落ちる。
セリアは言葉が出ない。出たところでアイツには通じないが。
今まで請けたどの依頼よりもキツい、精神的にしんどい。敵は圧倒的に弱く簡単なのに命の危険と隣り合わせという矛盾し切った状況。もう怒りの感情はとうに飛び越えて、呆れと絶望だけが彼女の頭を支配した。
同じ人間だと思ってはいけない。コレは赤ちゃんよりも手間のかかる、とりあえず人間の形をしている醜い愛玩動物だと。そう思わずにはいられなかった。
これは依頼ではない介護だ。慈善事業だ。明らかに割に合わない報酬とリスクにそう思い込むしか心の平静を保つことは出来なかった。
悪臭が更に増したアレと腕を組んで歩くのはさすがに憚られる。そう思ったので後ろから棒を突きながら進むことにした。
勇者は転けまくって歩くことが嫌になり駄々を捏ねているようだ。セリアは知らないふりをして急かした。
少し歩いていくと水場があったので、そこで勇者を水浴びさせることにした。
なかなか水の中へ入りたがらない。なぜか勇者はセリアの手を取ろうとする。一緒に水浴びしたいんだろうか。当然そんなのは御免なので彼女は棒で突いて水へ入るように誘導する。
「アビャッ」
足を滑らせたのか奇声を発し、全身水の中へ倒れた。
そして彼は服を脱ぎ始める。当然脱いだ服はそのまま水の中へ放置だ。
「え?流されちゃうけど?」
色々想像を巡らせたセリアは慌てて水の中の服を取りに行く。数歩離れるごとに頭の痛みが増していくが、それを気にしている余裕はなかった。
そして勇者は服を全て脱ぎ終わると、裸のまま外へ出た。
やっとの思いで服を拾い集めた彼女の目の前にはアレの生まれたままの姿があった。
セリアは叫びたい一心だったがなんとか抑える。
勇者も気づいたのか、申し訳程度に股間を隠した。いや単に恥ずかしかっただけかもしれんわ。
セリアは汚物のように摘んできた服を放り投げ、目配せし勇者へ絞るように促す。
理解できないのか、そのまま着ようとするが、上手く着れるはずもない。仕方ないので絞って乾かすことにした。
服が乾く頃には日も暮れそうだ。今日はこれ以上進むのは無理だろう。そう思って野営の準備をし始めた。
アイツはというと準備するセリアを尻目に切り株をベッドにして爆睡していた。
唯一と思われる勇者の特技にセリアはある意味尊敬を覚えた。
「いびき、うるさいなあ」
今夜は一睡も出来なさそうだ。
持ってきたわずかな食料を口へ運び、とりあえず横になる。
体力的には余裕があるが精神はボロボロだ。しかし外で寝ている勇者を放置するわけにも行かず、夜通し番をするしかないのだ。
「明日には絶対に街に着いて宿に泊まる!」
そう誓った彼女だったが、宿に泊まったらそれはそれで問題になりそうだとはまだ考えもしなかったのであった。




