4-8 改めて誓う
「――同じって、言われたこと、考えてたんです」
ぽつり、と今度はセフィが思いついたことを口にした、そんな様子で言葉を紡いだ。
「あの時、アイリ様と、あの商人が、同じだって、言われたこと――考えていたんです」
「ああ」
セフィが怒りに身を任せて商人を手にかけようとしていたあの時、か。
力ずくで止めたくてセフィをその場に転がしてしまったせいで、少しだけ罪悪感はある。
だが止めたことに後悔はない。
「同じことを、かつて父――いえ、師に言われた、と思い出して」
やはり教わってはいたのか。俺の師とも知己の仲であったというセフィの父がそういう教えをしていたとしても不思議はない。むしろ剣を握るもの全てそういう教えを受けているはずだと思っていた。
「覚悟ができていない、というのはそのとおりです。私、思っていたよりもずっと何もできないのだと、思い知りました……」
俯きそう告げるセフィは、そう自分を分析できる分思っていた以上にずっと大人びているのだと思う。
柔軟に受け止められる素直さや、若さもすべて俺にはないものだ。少しだけ羨ましいような気にもなる。まだ未来があるというのは可能性があるのは――いやそれすらも先があるかどうかも。
「でも、覚悟を決めないと」
「そのままでもいい」
心を決めた様子だったが、一応否定をしておく。
そのままでもいい。できればそのまま、覚悟など決める必要などないように。それが、ケインの願いだ。それは叶えたい。俺の我儘だとしても。
「別に、覚悟なんてしなくてもいい」
「でも――」
「ケインがそう願っていた。戻れないところへは行かせない」
言い切ればセフィは押し黙った。それ以上は何も言えないのだろう。だが、やはり納得はしていない様子ではあった。
人にそれを押し付けることに罪悪感を覚えるのだろうか。俺に負担をかけていると思っているのだろうか。
その辺りの微細な心の動きはわからない。
俺は俺でケインの遺志を継いでいくだけだ。
このままのセフィを守ろう。できれば欠けた魂を取り戻すまでは。最低でも俺が生きている間中は。
バツが悪そうにテーブルに落ちた揚げパンを再び摘まみ上げ口に放り込んだ、年相応ともいえる目の前の娘のそのままを、ケインと約束したとおり守ろう。
どんなにきつくても、それは違えてはいけないものだ。
酒場から宿泊施設は少し離れたところにあるらしい。
街灯もない路地をのんびり歩く。外を歩いていたペースよりもさらにゆっくりと、だ。
「星」
後ろでセフィが何気なく呟いた声に空を仰ぎ見る。満天の星、だった。
晴れ渡った空全体に広がる星々を見上げて、そういえば星空なんてどれぐらいぶりに見たのだろうと過去に想いを馳せる。
いつも疲れ切って自宅に帰る時に坂道を登っている時に見上げる、そのぐらいの思い出だ。極限まで使い倒された疲労感と、帰ってきたいう安堵感が混じり合ったなんとも微妙な気持ちも一緒によみがえった。
今はそこまで疲れてもいないし、見慣れてもいない風景に安心する気持ちなど芽生えるはずもない。
ただ、こうやってしばらくは歩いていくのだろうな、という予感があった。それだけだった。
だから気を抜いていたのだろうか。
「ヒューさん!」
感じ取るのはなぜかセフィの方が先なのは、情けなくもある。
小刀を抜いたのが音で伝わる。
奇妙な感覚がした。<虫>が発生した時と同じような、背筋が寒くなるようなそんな感覚だった。
一体なんだ?
疑問が先に浮かんで、身構えるのが一瞬遅れた。
それが命取りだ、とそう思っていたことが現実に起こるとは――。
突然目の前を覆い尽くすように広がった陽炎のようなそれに、一太刀食らわせるよりも早く飲まれていた。
激痛を覚えたのは、飲み込まれた感覚の後だった。
腕だ、右腕、剣を持っていた感覚がそのまま消失する。視線を向ければ<虫>が右腕にまとわりついていたのが見えた。
叫び出しそうなほどの痛みをなんとか自制しながらも落ちた剣を逆の手で拾い上げて振るう。剣に触れれば触れた部分だけ<虫>は消えるが、またすぐに増殖して逆に増えているようにも見える。
セフィが手を合わせて力を使っているのが視界の端に見えた。だが、この量を彼女のあの力でどうにかできるのだろうか。
そんなことを客観的に考えているうちに、全てが<虫>に覆い尽くされたように見えた。
「ヒューさんっ!」
悲鳴のようなセフィの叫びが聞こえたような、聞こえなかったような。
曖昧な感じのまま、闇に包まれた。




