4-7 知っておいてほしいこと
セフィと交互に睡眠をとって、何故か人の気配があった方がよく眠れるということに気づく。
気づけば朝だった。休憩を後にしてもらってよかったのだろう。途中で起きることは不可能だったかもしれない。
近くに流れる川で顔を洗い、火の始末をして出発する。
昨日とは打って変わって考えがはっきりしている。きちんと寝ることの重要性を暗示されているような、そんなことわかりきったことなのに。
歩調はゆっくりと先に進める。気が急いている今急げば急ぐほどペースを崩すことは明らかだ。ペースを崩せばその分休憩を必要とする。結局は休みなく歩き続けられるのが一番効率がいい。
全部基本的なことだ。寓話や昔話で教訓とされていて、子どもだってそんな基本的なことはわかっている。
「チケット、無駄になったな」
セフィが購入した馬車のチケットは使うことができなかった。思いついたそのことを口にしてみる。
いつまでも黙ったままなのが気まずかったからだ。
「払い戻しができるそうなので、あと別の便に振り替えることも可能だそうです」
「そうか、それならよかった」
そういえばそんな話を聞いたことがあったような気がする。
こちらの国の交通事情には明るくない。訪れたことなど数えるほどだったし、移動は基本乗馬だった。
「セフィは馬に乗れるのか?」
「……乗ったことは、ないです。でも多分練習すれば乗れるんじゃないかなと」
わざわざ馬車を使わず馬だけでの方が移動しやすい。思いついて尋ねてみればそういう返答だった。
確かにセフィに器用だ。すぐに乗れるようになるかもしれない。
だが、馬に乗るのも集中力を要する。突然眠りに落ちる可能性があるセフィでは危険すぎるだろう。
仕方ない、このまま徒歩と馬車の移動で進んでいくしかないのだろう。
「いつか」
欠けた魂を取り戻した、いつか、やはりこれも言いかけてやめる。
訪れるのかどうかもわからない話をするのはやめよう。
セフィが全部を取り戻したら、もっと気楽なるのだろうか、それとももっと面倒な話になるのだろうか。
その時、俺は生きているのだろうか。
町に到着したのはすっかり日が落ちてからだった。
暗い中にぼんやりと宿る明かりを頼りに酒場にたどり着いた。一日何も食べていない。
何かを食べなければ、と、空いている席に座り適当に注文をした。繁盛しているようで、混みあっている中、空席があったのはありがたい。
そんなことを考えながら、向かいの席に腰を下ろしたセフィを眺めた。
相変わらずぼんやりしているが、慣れない雰囲気に落ち着かないのか視線をあちらこちらと向けている姿は、幼い子どもとそう変わらないように見えた。
飲み物とパン生地を揚げただけのおつまみを運んできた女性に尋ねてみれば、この酒場は宿屋も経営しているらしい。
街道沿いの町にはそういう宿泊施設が多いのを知っていたため聞いてみたのだが、正解だったようだ。
幸いなことに部屋は空いているという話だったので二部屋確保することもできた。
部屋は一人部屋しかないらしい。丁度良かった。
アルコールの入っていないお茶をセフィに差し出し、とにかく少しでも食べるように促せばおっかなびっくりと言った様子でそれでも素直に揚げたパンを口に運んでいた。
塩味がきいていて素朴な味だ。だいたいどこの酒場にもある定番のメニューだ。
俺も摘まんで食べてみる。
だいたいどこでも同じような味だからか、慣れた味に少しだけ安心して俺も冷たい茶を飲む。
さすがに酒を飲む気にはなれなかった。今は酔いたくない。
「おいしいです」
「場所によって少しずつ違うんだ。海の近くだったら海苔が入ったり、チーズを入れているところもあったな」
「そうなんですか」
感心したように頷いてセフィはもう一つに手を伸ばした。
珍しく食べようとする姿に驚いたが、それは特に触れないで俺ももう一つ摘まんで口に入れた。
作り置きだろう、すっかり冷めていて揚げ物なのにさくっとしていない。どちらかといえばべちゃっとしているが、これはその方がいいとさえ思えるのが不思議だ。
「揚げたてじゃないのにおいしい……?」
不思議な感覚なのだろう。不可解だと言いたげなセフィに思わず苦笑が漏れる。
表情はないのに、今日はセフィの心情がよくわかるような気がした。
こういう風にしていれば普通の娘なのに、と率直に思う。いつものどこか張りつめた雰囲気が今は随分和らいでいる。外にいるときの変な緊張感もない。
「正直に言えば、俺は本調子じゃない」
「?」
何の意識もせずに出てしまった言葉に戸惑ったのはセフィもそうだが俺自身もそうだった。
言い出してしまったから、ここで言葉を止めるのもおかしいような気がした。
どこかできちんと説明をしなければならないと思っていたことでもあった。
「知ってのとおり、しばらく酒浸りになったせいもあって、どこかまだ感覚が狂っている部分がある」
「……そんな動きができているのに?」
信じられない、といった様子で呟くセフィは、よほど驚いたのか摘まんでいた三つ目の揚げパンをテーブルの上に落としている。
そんなに驚くようなことだろうか。この娘には俺がどんな風に見えているのか少しだけ気になった。
「以前の感覚がまだ抜けきれなくて、身体がついてこなかったりする。生死を分ける危機的状況においては、それは命取りになる」
「……はい」
神妙な雰囲気で頷くセフィに、俺も頷いて続けた。
「それに察知するのが少しだけ遅いような気がしている。気付けば危機が目の前にある、そんな感じだ。それを知っておいてくれ」
知っているのと知らないのとでは、大きく違う。
俺がそこまで頼りにならないとセフィが知っていることこそが大事なことで。だからどうこうしてほしいというわけでもない。
セフィは戸惑いを隠さず、それでも頷いた。元々素直な性質なのかもしれない。




