4-6 閉塞感
目の前で揺らめく炎を見つめていれば、忘れかけていた眠気がやってきた。
炎を挟んだ地面にはセフィが転がっている。完全に寝入っている。いつものことだから特段気に掛ける必要もないだろう。
眠気に抗うつもりもなくうつらうつらと心地よさに身を委ねながらも炎を見ていた。
あれから、あの男を斬って、騒ぎが大きくなったあの場から崩れ落ちたセフィを拾い上げて逃げ出した先がこの野営だ。
こんなことばかりを繰り返すのか、と、諦め半分な気持ちで座ってどれぐらいだろうか。完全に暗くなって辺りは静かだ。
全然、先に進めない。足踏みしているような状態が歯がゆい。
うまく行かない。
頭ではわかっている。そんなはじめから何もかもスムーズに事は進まない。それでも今まではそこそこうまくやれていたから余計。
ケインも、商人も、心底恨むぞ、という気分だった。
人が一人欠けただけで、組織が駄目になることがあるのは知識として持っていた。だがわが身に降りかかれば本当にどうしたらいいのかわからなくなる。暗闇の中明かりを求めて藻掻いているような気分になる。そういえば崩壊しかけた時の対処法なんてどこにも書いてなかったし、誰も教えてはくれなかった。
「きつい、な」
思わず弱音が口からこぼれ落ちる。
まだ生きている。動ける。体力だって尽きてない。
だが、これが続くのであれば行きつく先は――。
「……」
目を開いたセフィと目が合って、思わず息を飲んだ。
今のを、聞いていた、のか?
何も言わずに起き上がるセフィはいつもの無表情で何を考えているのかわからない。
気まずい、ような気がする。
「――あんな感情で<虫>を呼ぶんだな」
とりあえず思いついた話題を振れば、セフィは目をこすりながらもうなずいている。
「負の感情を、増幅する、と」
「そうだな」
失恋の痛みもまた負の感情か。
そうだとすれば、負の感情なんてどこにでもある。だから<虫>もどこにでも湧いて出て来るということか。
以前ケインも言っていたが、そんなものどうやって防ぎ続けろというのだ。
「きついな、本当に」
方向性がおかしな方向へ進んでいたが、あれは単に人を愛しすぎた純粋さゆえの破壊衝動だ。
それなのに、<虫>に魅入られ、そしてその果てが――。
それも、全部時が戻れば元に戻るのならば、こんな感傷に浸る必要などないのだろうか。
無理にきまってんだろ、そんなの。ケインならあっけらかんとそう笑い飛ばしそうだと思った。
そう思って、改めてここにあいつがいないことに気づく。当然だ。死んだのだから。もう、息を吹き返すことがない。
急に呼吸ができなくなってしまったように息苦しくなった。
ケインも、そして、故郷の全てがもういないのだと改めて突きつけられた気分だった。
わかっていたはずなのに、理解ができていなかった。そんな感じだった。
いや、わかっている。もう彼らに会うことはできない。全てを終わらせるまでは、だ。
だが、このまま、潰えてしまったら?
俺が今歩いているルートはどう考えてもジリ貧だ。先が見えない。暗闇の中にいるように。
このまま進んで、終わらせられることは、できるのか。
考えるな。
慌てて思い浮かんだそれを打ち消す。
考えずに進むしかない。考えたら足も手も止まってしまう。それは確実に最悪な終わりを意味する。
「……<虫>を、ルカヤがやったみたいに、<虫>を振り払う方法がわかれば、希望が見える気がします」
「<虫>を振り払う?」
そうだ。ルカヤも、そしてかつてアルヴァーも発生していた<虫>をかき消した。
あれは一体何がどうなっていたのだろうか。どちらのケースも必死だったから深く考えることがなかったが、そうだ、それは不可能ではない。
「はい。消去するだけではなくて、人が<虫>に勝つ手段になるんじゃないでしょうか」
「……<虫>に勝つ」
闇雲に消すことだけではない手段、か。
ルカヤの時は、ケインの説得によるものだったと思う。イリーの存在も大きかった。滅ぼさなくてもいい、とそう思う強い意思なのだろうか。
<虫>の力を使わなくてもいいと思う気持ち、なのか。
アルヴァーの時は「俺は俺だ!」と錯乱していたようにも見えていた。あれも、<虫>を否定していたようにも思う。
「<虫>を否定する、強い意思があれば、<虫>に勝てるのか」
「わかりません。でも、その可能性は否定できません」
もし、それが事実ならば、<虫>を自分自身で消し去る方法があるとすれば、増殖も抑えられるかもしれない。
ただ、それをどうやって周知させるかはわからない。わかったとしても別の問題は立ちはだかる。
だが、助けられるかもしれない。時を戻らなくても、消さなくても。
セフィの言うように希望だと思った。例えうまく行かなくても。
「ただ、世界がなくなってしまえばいいと思うほど思い詰めた状態で、力を否定できるほど、人は強くないです」
「……」
「脆弱で身を寄せ合って何とか生きているのが人間だと教わりました。身を寄せていたその先が無くなってしまったら、否定できるんでしょうか」
「……それは」
言いかけてやめた。それは、自分自身のことを言っているのか、と、正面から聞けるほど彼女の内面に触れたいとは思えない。
否定できなかったとしても、希望は希望だ。
可能性が低くても、他の方法が選べるというのは、その方法を探せるというのは希望だと言っていいに違いない。
そんなものにすがるほど、現状が閉塞されているのだという自覚はあった。




