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4-5 ありえない

 日が暮れて、暗くなるころ町に到着することができた。

 急ぎ足で宿を探し休める部屋を押さえれば後は眠るだけだ。当然部屋は別室だ。

 とにかく寝るようにと言い含めるようにセフィを部屋へと押し込めて、俺も自分の部屋に入りそのままベッドの上に転がった。


 一人だ。

 ここのところずっと誰かがいるのが当たり前だったから、静かに感じられて落ち着かない。

 騒々しい方が落ち着くのか。

 空腹を覚えていたが、ベッドに縛り付けられたように体が動かなかった。

 自覚はなかったが、疲れていたのだろう。うとうとと浅い眠りにいざなわれるがすぐにすぐに覚醒する。

 昨日までと同じだ。浅いところまでしか眠りにおちることができない。


 昨晩はぐっすり眠れたのに、ぐっすり眠れたから今は眠れないのだろうか。

 それでも睡眠が小刻みでもそこまで問題ではない。全く寝ないよりはましなはず。そう言い聞かせながら目を閉時続ける。


 何度か浅い眠りと覚醒を繰り返しているうちに、気づけば外が白んできたことに気づいた。

 焦っても仕方ないのはわかっているのに、気持ちばかりが焦る。

 それでも意地で目を閉じ続けた。もう眠れないとはわかっていた。


 ある程度明るくなってから起き上がれば、瞼が重い。眠れないのに体は眠りを求めている。

 眠れる時に寝るのは基本なのに、その基本すらこなせない。情けないと笑えばいいのか。

 まだまどろんでいる体を叩き起こす意味でも水を浴びようと思い立ち上がった。


 

 * * *


 

「おはようございます」


 部屋を出た途端に、呼びかけられて足を止める。

 声でわかっていたがセフィだ。俺が動き出すのを部屋の外で待っていたのだろうか。

 歩み寄ってくるその顔には幸いなことに疲労の色はないように見えた。

 ちゃんと眠ったのか、と口にしかけてやめた。そこまで面倒を見る必要はあるのだろうか。踏み込んでいいのか、悪いのか、判断がつかないのはあまり眠れていないせいなのか。


「おはよう」


 いつから待っていたんだとも聞けず、挨拶のみを口にすれば沈黙が落ちる。

 躊躇うようにセフィは視線を一瞬だけ下に落としたが、すぐに真っ直ぐに俺を見上げた。


「……何か食べませんか?」



 宿が提供するパンを適当に食べて、前後に並んで馬車乗り場まで歩く。

 チケットは昨日のうちにセフィが購入していたというのだから驚いた。法外な値段をふっかけられていたのかもしれないが、何となく聞けなかった。ただ金銭の取り扱いに関しては早めに話し合いをする必要があるとは思った。やはり何となく危なっかしいと思ってしまう。セフィ本人からしてみれば大きなお世話なんだろうが。


 やはりセフィと二人だけというのは慣れない。ケインがいない。それだけのことなのに。

 気配に、ふと後ろを振り返った。


「セフィ」


 咄嗟に手首を掴んで引き寄せると背中にかばう。セフィの背後からその肩を掴もうとしていたのか、空ぶった手を呆然と見やっているその人物と目が合った。

 若い男だった。二十歳かそのぐらいだろう、特徴という特徴がないごく普通の市民といった様子の男だった。やつれて頬がこけているのが特徴といえば特徴なのか。

 背後から突然セフィの肩を掴もうとしていたのが目に入ったから思わず庇ったのだが、少し過敏になりすぎているのだろうか。

 往来で若い娘に声をかけようとするのは、普通にあることなのかもしれない。いきなり触れるのはどうなんだ。


「知り合いか?」

「……いいえ」


 背後のセフィに問いかければ平坦にそう返ってきた。

 赤の他人、ということは、どういう意図があったというのか。


 「知り合いに似ていたので」


 セフィの返答を聞いてか、男はそんな言い訳のようなことを口にして眉根をさげている。

 常套句だが、セフィを一瞬だけ見やった目つきは少しだけおかしい、ように見える。年頃の娘というのはこういう面倒もあるのか。この辺りの市民と比べてセフィはやや色素が薄い。目立つと言えば目立つのだろう。だからこそ知り合いに似ているわけがないと言えるのだが。

 そういう意味合いではなくとも、この男は何かが危険であると勘が告げていた。どこかおかしい。


「――なんで僕を捨てたんだ」

「え?」


 突然膨らんだ殺気に、先に手が動いていた。

 突き出された包丁を掴む手を捻り上げてその刃物を下に落とさせる。地面に落ちた包丁を蹴りつけて離れたところに転がして、男の手首を解放した。


「突然、何のつもりだ」

「僕から去っていくなんて許せない! 行くんだったら、一緒に死んでやる!」


 セフィに伸ばしかけた手は振り払って一歩後退する。

 こいつは、不味いな。

 男に刃物を取り出したことに気づいた通行人たちは悲鳴を上げて方々に逃げ出しているか、恐怖か興味か足を止めている者、様々だ。

 騒ぎになってしまった。


「人違いだ!」

「関係ない。他の男と一緒にいる女なんて、全部全部――」

「! な、んで……?」


 背後のセフィから乾いた声があがる。

 なんで? 完全に同意だ。なぜ、これで<虫>が発生する!?

 男からたちあがる陽炎のようなそれに思わず絶句して固まってしまった。

 

「全部壊してやる!!」


 いや、気持ちはわからなくもない。が。

 それで世界を全て破壊したいなんて、思うのだろうか。


「僕を捨てたあの女も、いずれ僕を捨てるであろうすべての女も! 僕からあの女を奪っていく男どもも、みんな!」

「……待て。本当にちょっとだけ考え直せ」


 わからなくないとは思ったが、やっぱり違う。何で、そんな。ありえないだろこんなの。

 

 「ヒューさん」


 後ろからセフィの短い注意の声が飛んできた。同時に手を叩きつけるような音がしたのと共に、男から立ち上り広がりつつあった<虫>が少しずつ圧縮されていく。

 わかっている。――――もう自棄にも近いが、やってやる! やるしかないんだったら、やる!


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