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4-4 手段は選べない

「……私、わからないことだらけで、迷惑をたくさん、かけると思うんです」


 大丈夫だと言い切って会話が終わりだと思っていたため、セフィがその先を続けたのは意外だった。

 

「地理は大体しか頭に入っていません。砂漠の外の常識も、全然わかってない、と思います」

「……」


 自覚があったのか。

 砂漠の外、ということは砂漠の民は俺が知っている世界とは全く違う常識の中生きているということなのだろうか。

 ケインにそういうところはなかったと思う。セフィも『世間知らずなお嬢さん』ぐらいの範囲にも見えるが、もっとずれているのか。


「何よりも、<虫>を解き放ったその時に、意識の半分ぐらい食い尽くされて、意識を保つので精一杯です」

「!」

「……感情を出せば意識が保てません。だから、こう、なんです」

「感情を、消してるのか? 意識的に?」


 尋ねれば、セフィは一度頷いた。

 そんなことができるということが信じられなかった。感情を殺しつづけるなんて。


「感情の大半は<虫>に飲み込まれているので、そこまで難しいことではありません。半分しかない意識をある程度は制御できます。リソース――あ、ええっと、意識の分量をどう分配させるかを自分で決められるので」

「ああ」


 持てる全てを<虫>の殲滅に注いでいるように見える、とケインが言っていた。やはり意図的にそういうこともやれる、と。


「……効率の低下は否めませんが、そういう、生きるという方面にも意識を振ってなるべくご迷惑をかけないようにはするつもりです」


 だから、何だか妙な行動をしているのだろうか。

 少しだけ空回りしているような気もする。

 そういう方面を今まで面倒を見ていたのがケインなのだろう。そして、そのケインの役割を他の誰かに押し付けるつもりはないのだと、セフィは言っているのだろう。

 別に頼られたいという願望があるわけでもない。俺にはケインみたいにやるのは無理だ。

 だが、そんな彼女は――

 

「……私、根性はある方だと思うんです」


 言われなくても、何となくそれはわかる。ような気がする。

 

「反動はあるけれど、無理も多少はできます。頑張れば」

「そこまでしなくても」

「……無理をしてでも、やらなければ、ならない、ん、です」


 今までの強い口調から打って変わって、消え入りそうな声音で、そう言ってセフィは俯いた。

 俯いてもその足を止めることはない。


「そうしないと、願いは、叶わないから。違いますか?」

「……」


 多少の無理をしないと、願いは叶わない。

 セフィの言うとおり、だとは思えなかった。不思議と。

 自分は願いを叶えるために、どんな手段を使うことも躊躇わないと決めているのに。どんな手でも使わなければ、ならないのならば。そう思っているのは確かだ。

 だが、他人がそれをやろうとしているのを見ているのは――いい気分ではない。


「私にも願いがあるんです。家族を元通りにしたい。――滅茶苦茶になってしまった、故郷を元通りにしたい。それは罪滅ぼしの気持ちもあります。それは私の希望なのも確かなんです」


 言葉を切ってセフィはもう一度俺を見た。

 目は虚ろなままだ。だが強い意思があるのが分かる。


「だから、無理も、します。手段だって、選べないなら、選びません」


 そう言い切る彼女は、――痛々しい。

 ずっと感じていた。

 罪滅ぼし、だというが、セフィの言っているそれは決して罪ではない。許しを乞うものでもない。


 ただ、〈虫〉に家族を奪われ故郷を壊され、そして、今は兄を亡くしてたった一人になってしまった少女だ。魂まで欠けてしまい普通の生活を送ることすらできない。一人の哀れな娘に過ぎない。それなのに、自己憐憫に浸るでもなく、ただひたすら前を向いている。

 その姿はとても痛々しく映る。


 そういえばケインもそう言っていた。「見ていてつらい」。まさしくそれだ。

 罪悪感がセフィを急き立てるのか、それとも、欠けた魂がそうさせるのか。


 だが、何も言えない。ただ、自分の為すべきことに必死になっている彼女に何を言っても本当の意味で彼女の心に届くことはない。

 それでも、「何もできない」わけではない、のかもしれない。

 『もし俺が死んだらセフィのこと頼むな』なんて軽い口調で言ってくれたがとんでもない、「お願い」だと今ならわかる。軽く引き受けてしまった俺も俺だ。

 だが、この危なっかしい娘を見ている限りは、俺の欠けてしまった時間も埋まる。俺も俺でいられる。


 それは、とても、歪なものであることはわかっている。

 セフィを気にかけていることで、俺は俺を保つ。俺自身を他の誰かに任せてしまうことと同じ意味だ。


 だが、それに希望めいたものを見出してしまったのも、また事実だった。

 言いたいことを言い終えたのか、そのまま口を噤んで歩き続けるセフィにかける言葉もなく俺も無言で歩く。

 このまま歩いて町へ行って、休んでまた進んで。

 行きつく場所はわからない。だがセフィが言う通り「大丈夫」なのだろう。


 まだ、しばらくは「大丈夫」なはずだ。

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