4-3 大丈夫
眠りに落ちているセフィを抱えて移動をするか、それともしばらくここにとどまるか、どうしたものかと考えて、この場にとどまることにした。
眠れたことで体力は回復しているから移動することも不可能ではない。ただ、なぜか脱力してしまって力が入らないようなそんな感じがあった。
これ以上動きたくない。できれば何もしたくない。
だが、いつまでもそうやってもいられないことはわかっていた。
街道から少し外れた湖畔だ。
今日は良く晴れた。日なたは汗ばむほどの陽気。さすがに直射日光の下転がしておくのも忍びないと、セフィを木陰へと移動させる。今回は刃物で突かれるようなことがなくて一安心だ。
飛び回る虫の羽音が耳障りなぐらいで、あとは静かだった。
セフィと距離を取りその場に座りこみ、ぼんやりと空を見上げた。
常に眠気との戦いだった昨日までは、ただ足を進めることだけを考えればよかったのに、中途半端に体力を回復させてしまうと思考能力が戻ってくる。
できれば考えることなく、いられたらよかったのかもしれない。
今だけだ。こうやって座っている時間だけ、ぼんやり過ごしたい。せめてセフィが目を覚ますまでは。この少女を野放しにはできない。そうやって気にかけている間は何も考えずに体は動く。
なんでこんなに弱いんだろう。
酒に逃げた時、とりとめなくそんなことを考えていたことを思い出した。
崩れるのは一瞬だ。
まだ終わっていない、と昨日のセフィの声が耳に残っている。
最後の最後まで戦えるように――。
崩れても。終わらない。
ふっと笑いが漏れた。
俺も相当イカれている。
戦おうとしているのは、戦うことしかできないから?
どうなんだろう、なるべく戦うことができるから戦うと言い切りたい。
先程セフィは、〈虫〉が表に出たのは自分のせいだと言っていた。だから戦わなければならない、と。
戦わなければいけないから戦う、か。
本当は理由なんてどうでもいいのかもしれない。
<虫>を全て消滅させれば失ってしまったものを全て取り戻せるから、だから戦う。ひたすらに何も考えず。
考えずに、いられたら、どれだけいいか。
立ち止まって物を考える時間なんて、なかった。考えないようにしていた、が正しいか。
誰かを失うこと、それはまだ幼い頃、父親を亡くしたあの時に一生分味わったと思っていた。
顔見知りが病に倒れやがて消えていくのを、あの感覚を今でも鮮明に覚えている。
人々は病を恐れ、そして死を恐れた。俺も、幼いながらも死に怯えていた、ただの子どもだった。
母も、ミルドレットも、ディノも、ドニもエセルも、師匠も、それは、故郷の全てを飲み込んで、そしてケインも――。
その死がなかったことになったとしても、この苦しみを忘れることはないのかもしれない。
俺が生きている限り、ずっと。
失ったその場所を、何かで埋めなければ、自分が欠けた存在であると気づいてしまえば、もう足を踏み出すことを恐れてしまう。
完全な形でなければまともに歩くこともできないと、そう思ってしまう。
そんなわけがないのに。
失った物は他の物で埋めることなんてできない。
「ヒューさん……」
か細い声に我に返って俯いてしまっていた顔を上げる。
セフィが上体を起こし、真っ直ぐに俺を見ていた。
相変わらず何の感情もうかがえないその目で。
目が覚めたのか。小さく息をつく。セフィが起きればもう考えなくてもいいのかもしれない。
「……出発、しましょう……」
俺の顔を見て何かを察したのか、セフィは俺から目をそらして小さくそう告げた。
いつまでもここにはいられない。それはわかっていた。
だが立ち上がることは少しだけためらってしまったのも事実だった。
尻込みに戸惑っている間にもセフィは立ち上がると手早く荷物をまとめていっている。
セフィが動いているのに、俺が立ち止まってなどいられない。ようやく重い腰を上げて火の後始末を確認した。
街道まで戻ればあとは道に沿って歩くしかない。
重い足を引きずるような心地で先を急ぐ。
そういえばこのまま進んでも砂漠の都市とやらには入れない可能性があるのか。
で、あるのなら何のために足を進めているのだろう。
疑問に思っていても足は止まらない。先へ先へと進めていく。
気持ちが急いているせいか、歩調が速くなっていた。
慌てて速度を緩め、少し遅れてしまったセフィへと振り返る。
「大丈夫です」
俺の視線の意図を察したのか、いつもの調子でセフィはそう返してきた。
やはりそれを言うのか。
決して「大丈夫」ではない。本人はわかっているのか。
その「大丈夫」だって、自分に言い聞かせているような言葉のようにも聞こえる。
本当は大丈夫じゃないんだろう、と問いかけたところで、突っぱねられることは何となく予想ができた。
まだ未熟だ、と言ってしまえば本人は不服だろうが、俺から見ればまだ子どもの域を出ていない。きついのならそう示してくれれば年長者としてできる限り支援はできるだろう。そこは頼ればいい。
ましてや少女だ。体力も気力も、俺と比べれば桁違いに少ない。
それなのに、一切泣き言も言わず足を進めている。しかも、どうやら俺が気を遣わているような気配もある。
俺の方が「大丈夫」であるはずなのに。
少しだけ気持ちが沈んでいるのは、仕方がないのだろう。そんな簡単に身近な人間の死を受け入れることはできない。
だが、それに囚われて動きを止めることはできない。
俺が生きている限り、止まらない。それが、願いだから。




