4-1 まるで不協和音のような
焚火を挟んだ向こう側に、セフィが小さな寝息をあげている。
徒歩での道のりは遠く、街道沿いに歩いても次の町までたどり着くまでにかなりの時間を有する。
ただでさえ、今は彼女が普通ではない。
とっくに限界を迎えているのだ。
乗合馬車の停留所で〈虫〉を発生させた老婆がいたため、いつものように消し去ったがそのまま何食わぬ顔をして馬車に乗ることもできず、徒歩以外の選択肢がなくなった。
馬車に乗ることができればもう少し楽はできるのだろうか。
何も言わず、淡々とした様子でセフィは生きているけれど、ぼんやりとしている時間が長い。そして眠りに落ちる頻度も増えた。
抱きかかえて進んでもいいが、俺自身の体力もそんなにもたないだろう。
セフィが寝ている分、俺は深い眠りに落ちることはない。眠れないのだ。
うたた寝はしているのだろう。だが、風で木が揺れただけで眠気が失せてしまう。
気を張りすぎているのは自分でもわかっている。だが、どうしようもない。
自嘲して炎に薪を放りこんでいれば、目を覚ましたらしく起き上がったセフィと目があった。
彼女も長い時間眠れていない。線が切れたように眠りに落ちて、短い時間で起きて、その繰り返しだ。
「ごめんなさい。寝て、しまって……」
「眠れるならもう少し寝ておいた方がいい」
ぱちぱちと木をはじけさせながら燃える炎は近くにいれば暖かい。が、肌が乾燥するせいかしゃべるたびに頬がぴりぴりした。
「ヒューさんこそ少しは寝ないと……」
「細切れで睡眠はとれる」
嘘ではない。
眠らない状態でどこまで動けるか。足元に横たえてある剣に目をやる。一振りだけだ。それでも剣があれば絶対に負けない。そうなろうとしてきた。だから俺の限界はもう少し先だと断言できる。もう少し進める。
「寝てください」
セフィにしては強い口調でそう言ってその場に立ち上がった。
「火の番、私にだってできます。だから。せめて横になって」
炎の迂回するように俺の横まで歩み寄ってくるとその場にしゃがんで今までセフィが敷いていた布をその場に広げた。
「どうぞ」
「……」
「どうぞ」
いつになく強気で言い切られると断るのにも躊躇う。仕方ない付き合ってやるかと大人しく転がれば、目の上をその手で覆われてしまった。
「目を閉じてください。それだけでも疲れは取れるんです」
「手をどけてくれ」
「駄目です。目を閉じて」
仕方ない、言われたとおりにしよう。
おとなしく目を閉じる。閉じてもセフィの手は俺の瞼の上から動く気配もなかった。
冷たい手だな。
眠っていたのに、温かくはないのか。
「まだ、終わりじゃないんです」
そんなことを、彼女は言う。
「まだ、続いているんです」
抑揚のない、その小さい声は辺りのあらゆる音にかき消されそうになりながらも俺の耳に届く。
「やめることはできないから――」
だんだん彼女の声が遠ざかっていくような感覚に、そのまま身を任せた。
ふらっと足を踏み外して落ちていくような、そんな感じで。
「最後の最後まで戦えるように休める時には休んでください」
まるでイカれた戦士の言葉だ。
幼さが残る娘の口から出るような言葉では決してない。
でも俺も、いかれているのかもしれない。
瞼を通して目に入る日の光に目が覚めた。
寝てしまっていたようだった。
起き上がってみれば、昨夜に比べて体が随分と軽い。
睡眠がいかに大事なのか思い知った。
セフィの姿はない。
焚火はすっかり炭だらけで細い煙をあげるのみである。
これだけ明るければもう火はが消えていても体温の保持の面でも獣対策の面でも問題はない。
背後から近づく気配に気づくのが遅れ、おいてある剣に飛びつくような形で慌てて振り返れば、ゆっくり近づいてきたであろうセフィがいつものぼんやりとした表情で立っていた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう?」
なぜか、髪は水が滴るほど濡れている状態である。着ているものは乾いているのに。
「水浴びをしがてら魚でも取ろうかと思ったんですけど。無理でした」
「……だろうな」
水の中にいる魚が素手で捕まるわけはない。
それを決行しようとするとは、見た目に比例せず豪胆とでもいえばいいのか。
セフィは布を頭にかぶって焚火の跡に近づいていくとその辺りに落ちていた枝をおもむろに炭になった薪の中に突っ込んで、何かを転がして外に出した。
真っ黒ないびつなボールみたいなものを二つ、灰の中から出して平らな大きな石の上に並べた。
一体何をしているのだろう、と注目していれば、いつもの小刀を取り出し、黒い塊のそれを半分に割った。
「……魚採れなかったんで、とりあえずの食事です」
「……」
割られたそれを見ればやや黄色を帯びた白い物体。熱いのか湯気があがっている。
「芋です。皮は食べられませんが、中はおいしいはずです。もう少し冷めてからどうぞ」
「……そういう使い方をしていいのか、刀……」
「……手入れをすれば、大丈夫、です」
本来の使い方以外をするなと、多分何度か言われている反応だな、と思った。
そういえばこういう時に使うであろうナイフはルカヤに渡してしまっていたか。
「簡易的なナイフなら持ってる。言ってくれ」
装備品の一つである小さなナイフは常に持ち歩いている。後で取り出して譲ってやることにしよう。
「あと魚は素手で取るのはまず無理だ」
「……はい。思い知りました」
何でこんな初歩的なことを説明しているのか、訳が分からない気持ちではある。
釣りという発想がないのはなぜだ。
「近くに川があるのか?」
できれば俺も全部を洗い流したい気持ちで問いかければ、近くに湖があるという返答を得た。
なんだか、朝から無駄に疲れる。
結構大きな湖だ。
あたりの地面が湖の水をぶちまけたかのように濡れているのは先にセフィが水浴びをした跡だからだろうか。
大きな湖だ。ところどころ木々に周囲を覆われているとはいえ開けた場所だと思う。あの娘はここで本当に水浴びをしていたと?
「危機感!」
思わず叱りつけに行きそうな衝動に駆られたが、それは無理やり押さえつけた。俺が叱ってどうする、と考える理性は残っていた。
この場で脱ぐのは俺でも躊躇う。
とりあえず服はきたまま湖の水で顔を洗ってみる。冷たい。まるでセフィの手のようだった。
休める時には休んで、最後の最後で戦え、か。
そんな言葉を普通に口にできるのは、一体どんな思考回路からなんだろう。
もう少し落ち着いた娘かと思っていたが、あれはケインが押さえつけていたからこそだったのか。
ざぶざぶと水をかぶっているとだんだん頭が冷えてきた。
冷静に考えて、水浴びは止めておこう。




