3-35 いつの日か相まみえる
何日に一度か共同墓地への埋葬が起こなわれるそうで、棺は墓守に預けることになるらしい。
「ったく面倒くせえこと押し付けやがって」
「よろしくお願いします」
医師の悪態を気にする風もなくセフィは深々と頭を下げた。
この年寄りは口は悪いが大変面倒見の良い質だ。俺も軽く頭を下げておく。
「ルカヤが罹った熱病が流行っている」
「知ってる。でもオレはそっちは専門じゃないんでね、診ない」
気を付けろという意味で告げたつもりだが、医師は少し違う意味で受け取ったようだ。
顔を逸らしそんなことを言う医師に、セフィが少し躊躇いつつも口を開く。
「……感染力は強いですが、死に至る病というわけではないんです、多分」
「だろうな、変な斑点がでているわけでも出血があるわけでもねえ。奴隷は看病されることもなく死ぬんだろうが」
本当に口が悪い医師だ。呆れるを通り越して感心すらしてしまう。
セフィは無表情のまま小さく頷いている。
目線をさりげなく医師からそらしている辺り辟易しているのかもしれないが。
「しかしよく知ってんな小娘? うちで働くか? ……無理か。楽ができるかと思ったんだがなあ」
舌打ちしているが、身寄りがいなくなったセフィの今後を心配しての言葉なんだろう、多分。
「まあ、いつでもこき使ってやるから行く場所がなきゃいつでも来い」
「ありがとうございます」
いつもの調子でセフィは礼を口にして、もう一度頭を下げた。
顔をあげたセフィと目があった。
まだ片付けが残っていた。
医師に別れを告げ、借りていた一軒家へと向かう。
セフィと二人、並んで歩くのは何だか変な感覚だった。
ケインがいない。
「出発前にもう少し寝るか。さすがに疲れた」
あれこれ考えたいがうまく考えがまとまらない。
眠れる時に寝た方がいい。
〈虫〉と戦うためにも体調は万全に整えておきたい。
反論することもなく、セフィは頷いた。
処分するものは処分をして、荷物をまとめてようやく出発である。
家の鍵を家主に戻し、――家主はセフィが把握していてくれたので助かった。――あとはもう思い残すこともない。
裏通りをすり抜けるように街道へと向かう。
「おい」
建物と建物の間の隙間から声をかけられ、剣の柄に触れながら足を止めそちらに目をやった。
そうして、警戒しすぎている自分を自覚する。
ここで警戒を解くわけにもいかずただ声の方を見るだけだ。
セフィも足を止め、俺につられるように声の方を見やる。
半歩足を引いたのは、緊張しているからなのか。
――あまり良くない。
警戒しすぎな俺も、緊張しているセフィも。
だが、仕方ないとも思う。
この環境に慣れていない。
待っている時間はさほどではなかったように感じる。闇の中からゆっくりと歩み寄ってくる影があった。
「……『アル』」
あの商人が作り出した、『英雄アルノルト』を模した奴隷だった。
最後に見た時から相貌が大きく異なっている。――ように見えた。
もっと表情が死んでいたように思う。今は異様にぎらついた目が空虚な顔立ちの中浮いている。
かすかに鼻腔をつくような生臭さは血の臭いだ。
アルが着ているものを黒褐色に染めているのは血液か。
セフィを背中にかばうような形で『アル』と対峙する。
『アル』の目は、俺を見ているようで別のところを見ている。
まるで焦点があっていないような目だ。
「……あんたに礼を言いたかった」
「礼?」
「主人に――あの男にとどめをささなかったこと、心から感謝している」
とどめを刺さなかったことを、感謝?
言っている意味が理解できない。
「どういう意味だ?」
「おかげでこの手でとどめをさすことができた」
「……は?」
意味はわからないが、この男の纏う得体のしれなさ不気味でしかない。
……とどめ? ――まさか、衣服にこびりついている血は……?
「あの男をこの手で八つ裂きにできて、オレはオレを取り戻せた!」
「……八つ、裂き……?」
背後で呆然としたように、セフィがその言葉を繰り返す。
小さい声だが『アル』の耳に届くには十分だったのか、『アル』はそれを聞いて得意げに笑った。
「そうだ、娘、あれを切り刻んでやった。あんたたちのお仲間をやったあの男を! 感謝してもいいだろう?」
――完全に、狂っている。
目つきも、言葉も、その態度も、全部が。
「あの男の言いなりの『アル』として生きてきて、オレには自分というものがなかった。だがあんたに敗北してから聞こえるようになったんだ」
「……聞こえる?」
「『オレを作った、この男を消せ』と。そうすればオレはオレになれるのだと!」
「あの男は、――死んだ、のか?」
あの商人が死んだことが想像すらできない。
『アル』はそんな俺の様子がおかしいのか、上機嫌そうに言葉を紡ぐ。
「ああ、いい声で喚いて死んでいった!」
「ケインを、殺した、あの人が――死ん……だ?」
セフィも信じられないのだろう。
声音に戸惑いが混ざっている。
「オレは自由だ! もう誰かの影ではない!」
雄たけびをあげるこの男を、このまま野放しにしていいものかと一瞬悩んだ。
その一瞬で、『アル』は距離を一気に詰めて俺の背後のセフィの手を掴むと容易く捻り上げた。
「感謝しろ!」
「……!」
「お前はあれを殺そうとしただろう! 憎かったんだろう!」
「やめろ!」
『アル』の腕に抜いた剣を押し当てれば、あっさりセフィを解放して一歩退いた。
「今は気分がいいからあんたたちとやり合う気はない。しまってくれ」
手を離されたセフィがその場にしゃがみ込んでいるのを見て、警戒を解かずに剣は鞘におさめる。
ふ、と『アル』はその口元に弧を描いて見せた。この場で笑うのか。
「『アル』いや、お前の名前は?」
「忘れた。でもいずれ思い出す。思い出したら教えてやろう。その時には、あんたを倒す時かもしれないけどな。アルノルトの息子――あんたもいつかは倒す、そしてオレが本物になる」
そう吐き捨てると、その目に狂気をたたえた男は闇の中に消えていった。
相対すれば底冷えのするような不気味さがあった。
「セフィ、大丈夫か」
「……はい」
手を差し伸べる前に、セフィは立ち上がると身に着けている物の土埃を払った。
「――狂ってる」
完全に自らの狂気に飲み込まれている。次に会うことなどないように祈りたいぐらいだ。
しかし、多分そういう相手ほど会ってしまう気がする。
自分をなくすのも、取り戻すのも俺とは無関係な場所で勝手にやってくれという気分だ。
商人が英雄アルノルトを模したのがあれなのだから、商人が亡き今、父の息子というだけで俺を巻き込むなと。
「ヒューさん」
「行こう」
セフィに呼びかけて再び足を進める。
彼女も何かを考えていたようだったが、少し遅れて俺の後ろに続いた。
「商人のことは気にするな」
「……でも……」
半分あてずっぽうで告げたが、セフィはそれが引っかかっていたようだ。
憎かった、か。憎くて当然だろう。目の前で身内を殺されて、しかも嘲笑されて、憎むなという方が無理がある。
「あれが勝手に言っているだけだ。まだ生きているかもしれない。そもそも、あんな性格だ。誰に刺されても不思議じゃない」
「……」
「やらなきゃならないことがあるんだろう」
敢えて冷たく言い放てば、セフィも何も言えないようだった。
まだ、途中だ。
止まらずに進む。それだけだ。




