3-34 望むなら、全てを捨てて
「ありがとうございます。……首輪のこと頭から抜け落ちていました」
「ああ」
俺の手から二人の首輪を回収しセフィも俺に頭を下げる。
その声音には疲労が窺えた。
「疲れたなら少し寝たらどうだ?」
「……そう、ですね」
疲れを否定することなく、セフィは今までルカヤたちが寝ていたベンチに腰を下ろした。
俯いて大きく深呼吸をすると、顔をあげて俺を見た。
「ヒューさんは?」
「まだ、動ける」
「……」
俺の答えに何も答えずセフィは再び俯いた。
そろそろ本当に意識を保っていることすら難しい状態なのではないだろうか。
今までの様子を考えれば今起きて言葉を交わしていることすら奇跡的だろう。
こんな状態で聞くべきではないかもしれない、そう思いながらも俺は座っている彼女の前に膝をついて呼びかけていた。
「セフィ」
濁った目が真っすぐに俺を見たのがわかる。
相変わらず感情が灯らない目だった。稀にその強い意志を垣間見ることができる目。
「これから、どうする?」
もし、仮に、「もう無理だ」と言うようであれば、それでもいいと思った。
どこか少しでも平穏に暮らせる場所があるのであれば、連れて行ってやってもいい。
フィルツの辺境の村ならばそれも叶うだろう。
王都が消えてどうなっているのか――ラグエドの侵略を許している可能性も捨てきれない、が、それでも。
「すべてが終わるまで、<虫>の増殖を阻止し続けます」
やはり、その返答か。
セフィが、そう答えることは予想していた。
「やめる」と言って欲しい、と、どこかで願っていたのだろう。
聞いた瞬間少しだけ落胆した。
「もしもヒューさんが降りるのなら、その剣をください」
「俺は降りない」
俺に向かって手を差し出すセフィに、俺も強い口調で言い放った。
全部を終わらせなければ手に入らない願いがある。
だからここでやめるつもりなんてない。
「でも――」
「話は終わりだ」
何かを言い出しそうなセフィを遮って短く告げる。
お互いの意思は確認した。これ以上の論議は不要である。
「ケインに頼まれている」
膝の上で、ルカヤたちから回収した首輪を弄っているセフィの手が目に映った。
その手を取ろうと伸ばしかけた手を止めて、俺は立ち上がった。
慰めなんてきっと意味を成さない。
「もしも自分が死んだら、セフィのことを頼む、と」
「そう……なんですか。きっと、冗談ですよ」
「だろうな」
冗談半分だったんだろう。わかっていても、それを守ろうと思うのは、それもケインの遺志だから。
それでいいんだと思う。思いたい。
「――私、大丈夫です」
何を思ったのか、唐突にセフィはそう言った。
とても大丈夫そうには見えない様子で言われても、聞いてやる義理なんかない。
「大丈夫です――だから」
「色々と片づけがあるから、今のうちに寝ておけ」
命令口調で告げれば、反論することもなくセフィは口を噤んで残されていた毛布に大人しく包まった。
「……少し寝ます。……無理、しないで、ください――」
言いながらもあっという間に眠りに落ちるセフィを見下ろし、深いため息が漏れた。
セフィに告げたとおり、やらなければならないことは多い。
これからどうしたらいいのか、考えることすらおぼつかない。
「勝手にくたばりやがって」
ほとんど八つ当たりのように呟いて、俺はもう一度大きくため息をついた。
外が白けてきた頃、医師が物音をたてながら戻ってきた。
待合室のベンチに座っていたら少し寝入ってしまっていたようだ。音に驚いて立ち上がれば医師が診察室につながる扉から顔をだして舌打ちしているのが目に入った。
「小娘、死体処理はできるか?」
「……知識だけなら」
セフィも物音で目を覚ましたのか、毛布から抜け出して医師からの問いかけにそう返事をした。
「頭でっかちか。縫合は? 傷の縫合!」
「やり方だけなら」
「ああ! もうそれでいい! 手伝え」
まだ完全に眠りからさめていない様子でセフィは医師に命令されるがまま、診察室へと歩いていった。
死体処理、か。
……身内にさせるのか?
さすがにそれはどうなんだと思いながらもセフィの後を追う。
「死体はすぐに腐敗するからな、時間勝負だ、わかってんだろ?」
「はい」
「大男! 服脱がすから手伝え!」
やはり俺もか。
医師に檄を飛ばされつつも言われるがままに指示に従っているうちに処理は完了したらしい。
脱がせた服を再度着せてやって、医師が運んできた樽のような棺に入れれば完了だ。
「泣いても笑ってもこれが最期だ。好きなだけお別れでもなんでもやれ」
医師はそんな風に言い放って、「待合室の準備してくる」と言って診察室を出て行った。
言い方、とは思うが何も言わずにセフィを見やる。
これは俺も席を外した方がいいのだろうか。
「あ」
何かを思いついたかのように、セフィは不意に、ケインの胸元に手を突っ込んで何かを探っているような動きをとった。それは服を整えるというより、そこに何かがあると知っているように。
いきなり何を、と思ったがそれは言わないでいた方がいいのか。
目当てのものがあったようで、ケインの懐のあたりからとりだしたそれを大事そう両手で抱えるセフィを見やれば、セフィはその視線に気づいたのか気まずそうに視線を逸らした。
「それは?」
「通信――ええ、と、砂漠の民の、大事な秘密道具……です」
秘密道具?
下手な誤魔化しだが言及するのはやめておいた。
セフィの片手に収まるほどの大きさの黒い板は、単なる平べったい板にしか見えない。
「……お別れ、……もう済ませたので」
「そうか」
まだ息のあるうちにたくさん話かけていたが、あれが「お別れ」だったのだろうか。
それを尋ねる気にもならず、ただ頷いて応える。
「ヒューさんは?」
「俺も改めて言うようなことはない」
言わなくてもいいようなことまでケインには話しているような気がする。だからというわけではないが、ここで言わなければならないことはない。
全身消毒を済ませたケインの顔には苦悶の色がなく、穏やかな顔つきにも見えるのが救いのように思えた。
「全部終われば、時間が戻れば、また会えるんです」
そうだ。全てが終われば時間が巻き戻る。
それは、ケインの死もなくなるということなのか?
かなり都合の良すぎる話だ、だが、俺の願いも同じところにある。
「だから、今ここで止めるわけにはいかない」
半ば自分に言い聞かせるようにセフィは言い切った。
俺も同意見だった。例え何があったとしても、ここでやめるわけにはいかない。
〈虫〉を消滅させ続けなければならない。




