3-28 まだ
「セフィ!」
壁際に集まっていた奴隷の一人を切りつける商人、そしてそれを何とか阻止しようとしているが、奴隷を盾にされて近づけないでいる様子のセフィの様子が見えた。
セフィが倒れたわけではないと少しだけ安堵した。とても安心していい状況ではないことはわかってはいる。
経験不足の娘の手に余ると判断し、足を止めることなく商人へと一直線に進んだ。
「何をしてる!アル! 」
背後から『アル』が追ってきているのはわかっている。今は商人を何とかする方が先だ。
あとわずかのところで盾にしていた奴隷を俺に突き倒すといたぶっていた奴隷にもう一度斬りつけ商人は俺とは別の方向に足を向けるのがわかった。
行かせるか、と倒れ込んできた奴隷を受け流すような形でその場に座らせて商人を追う。
後ろから追ってきた『アル』の前にはセフィが立ち塞がった。
「深追いはするな」
「……はい」
むざむざ商人にやらせてしまったことを悔いているのかもしれない。
あの動きを読めない商人よりは『アル』の方が組し易い部分はある。信頼して任せてもいいか。
「くっ!」
焦った様子を見せながら商人はケインへと近づくと驚愕するケインを突き飛ばし、近くにいたイリーの手首を乱暴に掴んで引っ張った。
「おい!」
この場で一番小さく非力な彼女を人質とするのは当然ともいえる。
追いすがろうとするケインを手にした短剣で牽制しながら商人は更に小屋の奥へとイリーを引きずって行き、首輪を掴み短剣の切っ先を突きつけた。
「武器を捨てろ! コイツがどうなってもいいのか!?」
完全に悪役の台詞だ。
仕方なく足を止めて、それを口にした商人を睨み付けた。
先に動いたのはセフィだ。
交えていた『アル』の剣をこともなげに弾き返し、手にしていた小刀をぽいっと放り投げた。
思い切りがよすぎる。目の前に剣を持った奴がいるのに。もしかしたら頭がうまく回ってないのか?
感情を消していると思われる『アル』すらもその潔さに戸惑っているようにも見えた。
剣がなくとも――と、俺も抜き身の剣を下へと放り投げた。
「妙な真似をするなよ?」
その場にいる全てを見回し、商人はそう再度脅しをかけてくる。
どうにか隙を見てあの刃物をどうにかしないと同じことの繰り返しだ。
「イ、イリーを、離してください!!」
ルカヤが叫んだ。
「どうか、妹を! オレが代わりになりますから! どうか! お願いします!」
懇願し、その場にひざまずいて頭をさげるルカヤ。商人はそんなルカヤを見下ろして、すぐに嘲るように鼻で笑った。
「奴隷の話を聞く耳などない」
「兄、ちゃん……!」
真っ青な顔色ををしたイリーはルカヤを見て、小さくしゃくりあげた。怯えているのがよくわかる。どうにかしてやりたいが、今俺が動けば『アル』も動くのだろう。今はこちらを警戒しているが斬りかかってくるようなことはない。丸腰の相手にどうこうするつもりがないのかもしれない。
「な、んで、だよっ」
「ルカヤ」
商人に突き飛ばされたケインがようやく上半身を起こし、ルカヤに駆けつけようとした、その時――――ぞくっと、背中を寒気が駆け抜けた。
これは、この、感じは……!
瞬く間に恐怖が胸中に広がっていくのを止めようと、無意識にだろうか、歯をきつくかみしめていた自分を自覚した。
この感覚には慣れない。何よりも先に怯えが反応する。
〈虫〉だ。
「なんでだよ! なんでっ!!」
この世の不条理に、どうやっても覆せない大きなそれに、憤りを覚えたのか、それを嘆くように声にだして誰にでもなく問いかけるルカヤ。
そのルカヤの頭上に〈虫〉が、あの陽炎のようなもやもやが立ち上っていた。
「なんでいつもオレたちはこうなんだ! 奴隷だからって! こんなの」
「ルカヤ!」
その名前を叫ぶが、こちらを一瞥もしない。
もう全てを〈虫〉に持っていかれたとでもいうのか。そんな――。
そんなのは――。
「奴隷だから助からない。だったら、こんな世界は――」
俺だってそんなのはもうたくさんだ!
「人じゃないから、人でいられない、こんな世界なんて――」
「……ルカヤ……」
セフィもその名を呼ぶ。
届いているのかどうなのか。
「こんな世界、なくなってしまえばいいっ!!」
ルカヤの絶叫が辺りに大きく響き渡った。




