3-27 不気味な用心棒
「こざかしい小娘め」
「やめろ!」
セフィに手を伸ばす商人を必死の形相でケインが制止しようとする。その気持ちはわかるが、それは暗に弱みを商人に見せつけるだけだ。
下衆な笑みで口元を歪ませ、商人が掴んだのはイリーの手だった。
素早く引き寄せるとイリーの首に腕を回しその動きを封じる。
「交渉決裂だ」
承認ははっきりとそう言い放ち、イリーの鼻先にいつの間にか手にしていた短剣の切っ先を突き付けた。
「見せしめだ、良い声で泣け」
今から起こることを感じとっているのか、イリーは小刻みに震え短剣を見据えている。
足を踏み出そうとしたところで――。
「剣士、動くなよ。動いたら一突きで終わらすぞ」
「っ!」
商人が脅しではない言葉で俺を牽制した。
踏み出した足で地面を踏みつけて、勢いを殺す。
商人は俺の動きを警戒している。下手に動けば宣言通りにするだろう。
目線を動かし、縋るようにセフィを見てしまう。
今この場で動けるのはセフィしか――だがそれに頼るのはどうなんだ。
俺の内心の葛藤に応えるかのように、セフィは動いた。
小刀を抜きながらも、商人に向かって大きく踏み込み、商人の手にある短剣を叩く。弾かれた短剣に商人が注意を向けたのを見て、もう一撃短剣を叩きながらも、イリーをその腕の中から救出した。
一撃は軽いが、とにかく速い。多分俺でもあれの全てを避けるのは無理そうだ。
イリーを後方にいるケインの方へと押しやって、セフィは向かってくる商人に向かって再度構えた。
構えも何もなく振り回しているだけのような商人の攻撃を、やりにくそうな様子で何とか小刀で受け流し、セフィはじりじりと後退している。
やりにくさはよくわかる。素人の太刀筋ほど読みづらいものはない。思いもよらないところから剣が振るわれる。
商人の注意がセフィに向かっている今ならば、動けるのか。
小屋の中に飛び込もうとした瞬間、右手から生じた殺気に、咄嗟に鞘から引き抜いた剣で防ぐ。
剣から伝わる衝撃に、一歩退いて構えた。その襲撃者の姿を確認しながらも間合いを詰める。
獲物は長剣か。
首に例の首輪が巻かれているからこいつも奴隷なのだろう。構えがまともであることから心得がある者だと推察した。
表情がないのでわかりにくいが、まだ若いのかもしれない。俺と同じぐらいの身長――やや高めかもしれない。
気持ち悪いなと感じたのは一瞬だ。
太刀筋が誰かに似ている、と分析したのと同時に覚えたのはその不快感だった。
「ご主人様、ご命令を」
感情のこもらない声で、そいつはセフィと対峙している商人にそう尋ねた。
この感情のなさはセフィに似ている。が、似て非なるものだ。
「それを足止めしろ」
「かしこまりました」
返答と同時に、俺に向かってその剣を振るう。受けずにそれを躱して素早く銅を目掛けて突きだしたが切っ先を弾かれ軌道をずらされる。
隙が生まれるのは承知の上だ。迫りくる刃にひるまずもう一歩間合いを詰めて、剣の柄を持つ左手を掴んで捻った。
そいつの剣の軌跡が大きく外れるのを見て、そのまま体を捩じり肩口をそいつに向けると勢いのまま体当たりをしかける。
避ける余裕もなく、ぶつかった衝撃を反動にして体勢を立て直し、男に向かって剣を振るった。
慌てて上体を起こした男はその一撃を己の剣で受け押し返す。
想像以上の力で押し返されて一歩後退すれば、男は立ち上がり様剣を振り上げてくる。もう一歩後方に跳躍して、それも躱して仕切り直しだ。
思っていた以上に力もあれば、俊敏さもある。決して侮ってはいけない相手ではある。
だが、先ほどから感じるこの不快さはなんだ。
「アル」
商人が短剣を振り回しながら、男をそう呼んだ。
その名前に、ああ、そうか、と理解する。
父の太刀筋に似ている。
この男、そういう風に作られているということか。
いや、作られているというのは語弊がある。商人がそういう風にさせている、とでもいうべきか。
「早く片を付けてこの娘を取り押さえろ」
「かしこまりました」
感情を見せず、真っ直ぐに向かってくるのは幼かった頃に見ていた父のそれによく似ている。
見ていただけだ。教わっていない。だから俺の剣のほとんどは師匠から教わったもので、父を継いではいない。
それなのに、ここに父の剣技を継いでいる者がいる。
『アル』が振るってくる剣をすべて剣で受けながら機を窺う。
父に比べればその腕はかなり劣っている、とは思う。断言できないのは俺が父親のことをほとんど覚えていないからだ。
あの商人の言い方から、だいぶ英雄アルノルトに執心があるように感じていたが、まさかそれを作りだすなんて誰が思うか。
気持ち悪いのは、その思考か。
「あああああ!」
小屋の中から上がった複数の悲鳴に我に返った。思索にふけってしまっていた。
打ちかかる剣を押し返し、バランスを崩した『アル』の鳩尾をめがけて剣の柄を叩きつけた。
呻き声をあげ屈みこむ『アル』はそのまま放置し、小屋へと飛び込んだ。




