3-26 人身売買ビジネスの歪み
「それで、貴様は何をやっている?」
「ご、ご主人様!」
躾を口にしていた男に、商人が嫌そうな声をかけると、男は商人に向かって深く頭を下げた。
「なんのために、貴様に奴隷どもの管理を任せたと思ってる?」
「も、申し訳ご、ございません!」
気絶するまで叩くのが管理だというのなら、始末におえないわけだが。
あれはただの暴力でしかない。力をふるうことで、恐怖を与えて人を縛っているだけだ。
それは決して指導でも管理でもない。
奴隷頭と呼ばれたその男は先ほどの強気な姿勢も消え、商人にぺこぺこと頭を下げるばかり。完全に怯えている。
主人に恐怖を与えられているから、他の奴隷にも恐怖を与えて従わせるのか。
これが身分による支配の実態とでもいうのか。
「うるさい。奴隷ごときが主人である者に逆らうな!」
商人が怒鳴りつけたのは、小屋にいる奴隷全員に聞かせるためだというのは明らかだった。
奴隷たちは怯えたように身を竦め、空気が固まったのがわかる。
「……なんで、ごときなんていわれなくちゃならないんだよ……」
そんな中、小さく響いたのはイリーの呻くような言葉だった。
止めようとするセフィの手を払いその場に立ち上がるイリーに、商人はゆっくりとその視線を向ける。
まずい、と俺が足を踏み出すより先に、イリーを庇うような位置にケインが立ちはだかった。
「どけ」
「子ども相手に、何をするつもりだ?」
「子どもでも奴隷に変わりはない。主人に逆らう奴隷なんざいらない。廃棄する」
その言葉にはっとしたようにルカヤが動いた。
ケインとイリーの間に入りこんでイリーを背中に庇うと、ケインを見上げ、すぐに商人に視線を戻す。
「――廃棄するぐらいなら」
ルカヤの視線に気づいたのかどうなのか、ケインは口を開いてそう口にして、一度視線を地面に落とした。
数瞬の間を置いて、苦いものを飲み込むような表情になって再び口を開いた。
「俺が買う!」
咄嗟に口にしようとして、やめかけた言葉を仕方なく口にした、そんな様子だった。
他に手がない――というよりは、焦りが出ているのかもしれない。ケイン自身もそれがわかっているのか、顔色は良くない。
話がかみ合ってない。商人との会話から感じるのはその感覚だ。
ケインが焦る理由もわかる。
「買う? 対して金も持ってなさそうだが――」
「言い値で買う!」
「ほう?」
商人はケインの台詞に興味を惹かれたのか、愉快そうな声をあげた。
奴隷頭を蹴りつけてその場に転がすと、ケインを睨み返す。
「言い値か……。じゃあ、その娘」
言いながら辺りを見回し、商人は迷うことなくセフィを指さした。
「それと交換だったら応じてやる」
「な……っ!?」
セフィは相変わらず無表情を保っていたが、ケインはあからさまに動揺をみせてしまった。
普段は本心を悟らせないようにふるまっているのに珍しい。――間違いなく悪手だということはケインもわかっているはず。
「人身売買は違法だ」
人身売買はラグエドでも禁止されていたはずだ。
ケインに助け舟を出すつもりで言った俺の言葉を、商人は鼻で笑い飛ばした。
「奴隷は人じゃない」
禁止されているのは奴隷以外の人身売買である。商人が言っていることは真っ当だ。
ただ、その言葉にはもううんざりだ。
商人の顔を眺めていても苛立ちが募るだけなので、ケインたちへと視線を移す。
「ああ、そうだ剣士、交換はお前でもいい」
突然向けられた商人の矛先に、意味がわからず一瞬うろたえそうになった。
俺に交換材料になるほどの価値があるわけが――と否定して、さっき商人が口にした内容を思い出して、剣奴か、と理解した。
この男、よっぽど闘技場が好きとみえる。
「そうだ、その娘も娼婦に落とすより剣奴にしてやろう。若い娘が無残にも切り刻まれる様は最高のショーに違いないからな」
悪趣味すぎる。
俺自身あの中で行われる”試合”を見たことはないが、既にこと切れた対戦相手に何度も刃を突き刺すようなむごたらしい試合もあると聞いたことがある。その方が観客が盛り上がるんだとか。
それをセフィにやらせて、しかも見世物にしようと言ってるのか。頭がおかしい。
「……いいですよ」
ケインが動揺を消そうと四苦八苦している中、あっさりとセフィは頷いた。
その言葉にケインもルカヤも、そしてイリーも声の主へと勢いよく振り向く。もちろん俺もだ。
一体何を言い出すんだ。そんな無茶苦茶な話を飲むか、普通。
「やめろ、バカ!」
「駄目だ! お姉ちゃんは奴隷がどれだけ酷い目にあわされるか知らないからそんな風に簡単に言えるんだ!」
ケインとルカヤが口々に諫めようとしているが当のセフィはいつもの調子だ。
何を考えているのかさっぱり読めない。
「奴隷になったらな、もう抜け出せない! どんなに頑張って努力しても、奴隷は一生奴隷のまま、人にはなれないんだ!!」
「ルカヤは人でしょ」
まるで自分の置かれた状況を嘆くように叫ぶルカヤに、セフィははっきりと言い放った。
「食事を食べて寝て、ゲームして楽しんだり、文字を学んだり、そういうことができる人」
「な……、そ、そんなの……」
困惑した様子でルカヤは彼女を見て俯いた。
ここではルカヤの困惑が正しい。
奴隷は人ではない。そういう常識の中、そういう環境の中、ここの人間は生きている、生かされている。
だが俺の感覚はセフィに近い。多分ケインも同じだろう。
「奴隷は人」だ。




