3-25 似ている
「ケインさん!」
答えが出ないまま、ただ眺めているしかできないこの状況を切り裂くようにルカヤが助けを求めるようにケインを呼ぶ。
ケインはもう一度深い息をついて、小屋の中に足を踏み込んだ。
「どーした、ルカヤ。おっと、躾の最中でしたっけ? 邪魔しますよ」
おどけた声を出しながら、小屋の奥へと進んでいくとケインはルカヤの横にしゃがみこんだ。
そして、イリーの様子を一瞥して、板を手に今は唖然としている男へと顔を向けた。
「商品だっつってんのに、傷つけてどうするんだよ。女の子だろ、やりようによっちゃもっと金になるってのに」
「金ぇ? 非力なガキがどうやって金を生むっていうんだ?」
「なんともまあ、純粋な発想で。なんか自分が汚れた人間みたいで嫌になるわ」
投げやりに言ってケインはセフィに向かって手招きした。
「心が汚い兄ちゃんで悪いな」
「知ってる」
呼ばれるままにセフィも小屋の中に入りこんでいくと、イリーの様子をうかがうようにその場にしゃがむ。
「そんなの、今更」
「ひっでえ。なあルカヤ、お前も今にイリーにこんな風にあしらわれるようになるんだぞ?」
「兄ちゃんに酷いことなんて言わないよ」
おどけたように言ったケインの言葉はイリーの弱弱しい声に即座に否定されてしまう。
「だってさ、よかったなルカヤ」
そうからかう様にルカヤに告げ、ケインは躾を行っている男へその顔を向けた。
「体目当てで買う奴がいるから高く売れるんだよ、女は。知らなかったのか?」
わざとだろう、ケインは声を張り上げて男に言い放つ。
「いくらでも使い道はあるってのに、あーあ、こんなに傷つけて……。ご主人さまの許可、とってんの?」
「……そ、それは、それよりもお前たちは、だ、誰だ!? なんだどこから!」
ケインの舌先三寸に丸め込まれそうになっていた男だが、煙に巻くより我に返る方がはやかったようだ。
「大事な商品を拾ったから届けに来たってのにその言いぐさはなんだよ?」
「うるさい!」
男が板切れを振るうが、ケインは目をそらすことなくそれが自分の肩に打ち付けられるのを見ていた。
痛かったのか、ケインは少しだけ顔をしかめ、「あーあ」とため息混じりに小さくこぼして息を吸った。
「鞭の方が痛いな。思い出しちまっただろうが、ヤな記憶」
「ケイン――」
「動くな。今はイリーだけ見とけ」
立ち上がりかけていたセフィに冷たく言い放ち、もう一度ケインは大きくため息をついた。
「それで、あんた責任取れんの?」
「それは一見悪くないような話で、だいぶ割に合わないんだよ」
近づいてくる気配には気づいていた。小屋の壁を背にいつでも抜けるよう剣をつかんで構える。
先日酒場で見かけた細身の男、この家の主――兄妹の主人が小屋にたどり着き、開口一番そう言った。
「ったく、こんな夜更けになんの騒ぎだ?」
「お宅の奴隷の坊やが、帰りたいって騒いだんで連れてきたんですよ」
「そんなガキに売りをさせろって? 随分と人の心がないやつだな」
ケインの話には取り合わず商人は挑発するように鼻で笑う。
「まさか。育てて高く売るって寸法っすよ」
「悪いが、育ちきるまでの経費の方が高い。だが、女の奴隷が高い理由が分かった。利用価値が別にあるのか」
「それに気づかないなんて商売向いてないんじゃないですか?」
負けずにケインも挑発しているが、商人は反応という反応を一切見せなかった。
「お前、この間あいつの店で騒いでたやつか、なんでここに?」
ケインの顔を覚えていたのか、商人はそう言って、次に俺に視線を向けた。
値踏みするように目に射抜かれて、居心地の悪さを覚えたが、負けじと目を睨みつけておく。
目を逸らしたら負けてしまいそうなそんな気がした。
「剣士か。普通の奴隷なんかよりよっぽど金になるだろうな」
金になる、と聞いて思い浮かんだのは剣奴だ。
人々の娯楽として命を懸けて戦う奴隷。
戦って勝てば賞金が手に入ると言う話は有名である。
「剣奴か」
「そう。スポンサーになれば、勝てば勝つほど金が手に入る」
「そんな都合よく勝てるわけがない」
「――お前は、似ている」
その言葉に含まれている何かに。少しだけぞっとした。
剣奴、そして似ている、と言えば、無敗を誇る伝説の剣奴の話だろう。
父子だから似ていて当然。だが、俺は父とは違う。
「似ているから、それだけでも、間違いなく儲けは出る。例え伝説ほど強くなくてある程度は金は生み出せる。金が欲しければ言え」
「命を賭けるほどは困ってない」
会話がかみあってない。その感覚が、少し苛立たしい。言っていることを全部無視されているような感じがした。わざとなのか、それともそういう性格なのか。
あまり長くは話していなくない相手であることは間違いない。
「アルノルトは死んだんだろ」
「フィルツになんてくれてやるべきじゃなかったんだ」
「生きていたとしても、もう引退している」
「闘技場で死ぬべきだった」
病じゃなくて戦いで、と、それは。何度も聞いた言葉だった。それこそ飽きるほど。
俺が黙りこむと、商人は俺を無視するように小屋の中に足を踏み入れた。




