3-23 奴隷商人の家
「イリーに会いたいんです……」
目を覚ました翌日の夕方、セフィが作った鶏肉のトマトシチューを食べ終えたルカヤがそうぽつりと呟いた。
ルカヤはケインに文字を教えて貰ったり、昨日と違うゲームに興じたりして一日を過ごしていた。だが、昨日に引き続きイリーは姿を見せなかった。
ルカヤの表情がだんだん曇っていっていることは気づいていた。
「もしかしたら、イリーも病気になってるかもしれないって考えだしたら止まらなくって」
「朝になったら、連れてってやる」
「でも、もし――」
本音を言えば、ルカヤをあの商人のところに戻すのには抵抗があった。
だがいつまでもここに置いておくわけにもいかない。
俺たちにもやらなければならないことがある。それにこの幼い兄妹を巻き込みたくもない。
「後でお前を拾ったあそこ、念のため確認しに行ってくる」
「昼間確認したら、子どもの姿はなかった」
俺がケインのセリフにそう付け加えるとケインは一瞬驚いたような目を俺に向けた。
その可能性も考えて昼間に意を決して確認をしに行ったのだ。遺体の数は増えていたが、子どものものはなかった。
生きている者もあそこにはいなかった。
「本来は町に出ることすら難しいんだろ」
「……」
だから来ることができないだけで、イリーは無事だと、そう言われてもルカヤの顔色は悪いままだ。
「なあ、ルカヤ」
ケインはルカヤの横の椅子から立ち上がり、ルカヤの向かいに座っていたセフィの肩に手を置いた。
セフィが立ち上がるとケインは空いた椅子へ滑り込むように座り、ルカヤと向かい合う。
「これを渡しておく」
そう言って懐から封筒を取り出すと、ケインはそれをルカヤに差し出した。
一体何を、と思いながらも成り行きを見守っていたら、セフィがケインが先ほどまで座っていた椅子を俺のところまで運んでくると「どうぞ」と差し出してきた。
人の数よりも椅子の数が少ないため、今日も立ち食いをしていたが気にしてくれていたらしい。
ありがたく座らせてもらった。
「なんですか、これ?」
「乗合馬車のチケットと紹介状」
「?」
意味がわからないというようにルカヤは目を白黒させて、俺やセフィを見回した。が答えられるわけもなく。
「紹介状?」
どうしたらいいのかわからない様子のルカヤに代わって尋ねてやる。
「先生。俺の恩師というか、考古学の勉強やってる偉い人。作業する人間が集まらないっつってたから、ルカヤ、お前発掘作業の手伝い、やってみるつもりはないか?」
以前発掘現場に一人でいたケインの師の姿が思い起こされた。明らかに人手不足ではあったと思う。
あれはここから遠く離れたネルイだから、馬車のチケットも用意してあるというわけか。
「勿論イリーも連れてだ。先生宛の手紙に書いておいた」
「そ、……そんなの……」
ルカヤは動揺しているのか、少し声が震えている。
「勿論、行くも行かないもお前の自由だし、俺ができるのはここまで。この町から、お前の主人から逃げて、ちゃんと先生のとこまでたどり着けるかはお前次第」
「オレ、の、自由……?」
「見たことすらない土地だろ、ネルイだし。そんな簡単に行ける場所じゃない。でもって先生も移動するかもしれないから。もういないかもしれない。そんな綱渡りみたいな道だ。渡るんなら覚悟を決めろ。妹を守れるのはお前だけなんだからな」
ケインにそう言われて、しばらく唖然としていたが、ややあってルカヤはテーブルの上の封筒を手に取った。
「ありがとう……ございます……! こんなに良くしていただいて、どう、すればいいのか……」
「泣くなよ。泣くなら先生のとこに無事着いてから泣け」
「はい!」
泣くのをこらえたのか、怒ったような顔つきになってルカヤは一度力強くうなずいた。
「どうして、こんなに、よくしてくれるんですか?」
「俺も、兄ちゃんだから、かな」
「……過保護すぎる」
ケインの答えに、横に突っ立ったままのセフィが小さくこぼしたのが何だかおかしくて、吹き出しそうになるのをこらえるのに苦労した。
献身的に妹の面倒を見ていたが、まさか妹本人からはそう思われていたとは。
「……そう、思いませんか?」
こっそりと横から問いかけられれば頷くしかない。
「思う」
「……やっぱり。もう少し……落ち着いてほしいです……」
妹にもそう思われていたのか。なんというか、兄の方も色々気を揉んでいるように思えたが妹も色々思うところがあるのか。
「……やっぱりオレ」
受け取った封筒を大事に服の内側にしまい込むと、決心がついたような顔でルカヤは立ち上がった。
ケインに頭を下げると、素早く踵を返し玄関へと向かった。
「は?」
完全に不意を突かれきょとんとするケインをしり目に、最初に動いたのはセフィだった。
大きく足を踏み出し食堂を駆け抜けると、玄関へと向かう。
俺も立てかけてあった剣を手に取りながら、ケインに向かって声を張り上げた。
「追うぞ!」
* * *
ルカヤもそれを追いかけていったセフィも、二人とも影も形もない。
「行く場所はわかってる!」
ケインに誘導されるがまま夜の裏通りを駆ける。
人の気配すらないのはありがたい。
それにしても、ルカヤにしろセフィにしろ、勢いがありすぎる。
裏通りから表通りに入り、そびえたつ邸宅を前に足を止めた。
ずいぶんな豪邸だ。
「天下のフローレス家とどっちが豪邸なんだよ?」
そんなことを揶揄するように問いかけてくるケインを見やって小さくため息を吐いた。
緊張をほぐすためなのだろうか、わかっていて聞いてくるのはやめてもらいたい。
ミルドレットの家。あれは贅の限りを尽くしたと言っても過言ではなかったな、蘇ってしまった記憶にかぶりをふりつつ口を開いた。
「当然、フローレス家だな」
「……普通に答えるか?」
「聞いてきたのはそっちだろ」
邸宅は当然のように塀に囲まれている。広大な土地の中央に邸宅がぽつんと建っている。庭がやけに広い。
こんな夜更けに正面から入るはずもない。裏口があるのかもしれない。
壁に沿ってさらに走る。
正面から見て真裏の辺りで、何やら言い争う二人の影を見つけ駆け寄った。




